第38話 修行をしよう!2

横抱きにされた私は、そのままフロースに渡される。まるで荷物のようだ。


「じゃぁ行くよ」


一体どこへ、と問う前に眼下に広がるガレール領。何とも長閑な風景だ。

ここが展望台なら、素直に感動していたかも知れないーーーけれど。


頬を冷たい風が撫でていく。太陽に近い筈なのに、地上よりもかなり寒い。

なんで?って考える前に見てしまった真下。人が米粒のようだ。アハハ。


恐々とフロースを見ると、とても良い笑顔で言ってくれた。


「じゃ、行ってらっしゃい」

「へっ?」


またもや一体どこへ?と、今度は問うどころか疑問符を浮かべた時点で、フロースは私をあっさりと落とした。


ーーーそう、私は青褪める余裕すら無く、真っ逆さまに落ちたのである。


「&#!%?$@!#&?ーーー!」


絶叫などない、もはや声にすらならず、意識が薄くなる直前、落下が緩やかに速度を落とした。


そのままゆっくりと下降して、誰かの腕に受け止められる。


感じる人肌の体温に、漸く心音が戻って来たように感じて、ドコドコと破裂するんじゃないかって位に煩い。

けど、この安心感、いや筋肉の安定感はラインハルトだ。


「フィア、大丈夫か?」


ラインハルトの美しさが気にならない程、大丈夫じゃありません。

未だ口の利けない私は、何とか気力をかき集めて首を横に振った。

ーーーのに。


「まだ大丈夫ですね。極限状態には程遠い。フィア様、魔素は大気に、そこらじゅうに存在します。前世、地球にはない物です。それを感じて下さい。大丈夫です。危機に陥れば本能が動きます」


えっと、どの辺が大丈夫なのかなっ。

この方法で魔素を感じるって、そんな隙無いんじゃないかなーっ。


「御安心下さい、フィア様には傷一つ負わせません。こうしてラインハルトも私も、地上で待機してます。修行の邪魔になってはと、コソコソ隠れていますが、メルガルドも風の精霊を集めて見守っていますし」



魔素を感じるよりも先に確実に走馬灯を見る事が出来そうだよね、私。

それに、ロウの背後に、『どれだけ心配したと思ってるんだアアン!?この心労の毛先位はキリキリしやがれ、アンポンタンが!』って見えます。私、ちゃんと謝ったよね?え、ダメなの?


「ん、フィア頑張れ、夕食にはプリン作ってもらうから」


そう言ったラインハルトのふんわりとした微笑を見たと思ったら、フロースの腕に横抱きにされていました。


すみません、全然御安心できません。そもそも極限状態と安心って、矛盾しませんかね?


「今度はもうちょい高度上げてるから。行ってらっしゃい!」


「ーーーーーーふぇ?」


フロースさん、手なんぞ振って、貴方はどこかのテーマパークのアトラクションのお兄さんですか?


「ーーーねぇぇええエエええ!?」


修行って真逆のヒモ無しバンジーーー!?

神様って実はSっ気が強いの?疑惑が芽生えた瞬間だった。










日も傾き始めて、フロースが今日はこれで最後かなって、言う。

私といえば、もう好きにしてくれ、の境地だ。

もう何十度目かもわからない位に落ちまくり、気力も体力ももはや私には無く、魔素を感じようとする事すら不可能に思えた。


本日最後の行ってらっしゃいを無感動に聞いて、私は重力に逆らう事なく地上へと落下した。


酸素が不足した感じで意識が遠くなる。眠いのと良く似てて、でも違う。

背中が背骨にそってゾクッと震える。

息が詰まったように苦しい。酸素を求めて口を開くが苦しさは収まらなかった。

ただ、最後に目を閉じてしまう前、凝った空気を視た気がした。


何度めかの落下の後に、ロウが言った事を思い出す。


ーーーフィア様は意識も魂と呼ばれるものも、魔素を知っていますよ。異界渡りを二度もしているのですから。記憶に無くても、憶えています。


そして温もりのある、腕の中で私は気を失った。










こんな事を繰り返し、何日も落下日和が続いたある時、流石に鈍い私も、ああ、これが魔素だ、ってわかるようになった。ううん、ーーー身体が思い出した、に近いかも知れない。


もう落下ーーー訓練?はしなくても良いと言われ、そしてなんと、今日一日はお休みだって!


やっとご飯が食べられる!

だってね?落ちるんだよ?食べて大変な事になったの一度や二度かないからね。

電信柱を探す羽目になるから、あんまり食が進まなくて、スープや、すりおろしの果物とヨーグルトとかを少し胃に入れるだけだったんだ。


これはティティも一緒で、食べると吐いてしまうとかで、似たような食事だった。お互いに頑張ったね!

ティティも漸く身体が慣れてきたとかで、食事も普通に戻していくとか。


ラインハルト達も私に合わせて、同じ物を食べてたから、申し訳なさもあったし、普通に食べて良いのにって言っても笑ってるだけだったんだもの。

申し訳ないやら、焦るやらで物凄いプレッシャーがあったし、本当に良かったよ。魔素を感じられて。


アレ?もしかして、プレッシャーかける意味もあったとか!?


兎に角、私は今日からお肉もお魚もいっぱい食べるんだ!公爵家のご飯美味しいし!


ーーーと、思ってた私は朝の食事を見て泣いた。


「せ、せめて、ベーコンか、ソーセージはあると思ってたのに•••」



朝食だし、軽い物だ。ガッツリの肉なんて出ないってわかってはいたけど。


「固形物は徐々に増やしていきましょうね」


私はグシっと袖口で涙を拭った。




トマトの入ったパン粥を食べ、温めたミルクに蜂蜜を入れて貰う。


食事が終わるのを見計らっていたのか、メルガルドがワゴンに大量の果物らしき、甘い香りのする物を運んできた。


色も形も膨張したバナナみたいなそれは、みたいなでは無く、そのままバナナだという。


「このバナナって、突然変異なんだ。普通のバナナの隣にひょっこり生ってたりするんだよね。僕が今朝南に行って採ってきたの。メルガルド様と一緒に」


カリンが居ないのは気がついていたけど、何かのお使いでも頼まれたのかなって思ってたら、本当にお使いでしたか。

メルガルドも行ってたんだね。そう言えば、やけに静かな朝だった。


「ありがとう、カリン、メルガルド」


カリンはニッコリ笑って返事をくれたけど、メルガルドは姫様の為ならば演説が入りそうだったので、私は慌てた。アレは結構恥ずかしいんです。


「メルガルド、早く食べてみたいな!」




目の前に置かれた変異バナナ、どうやら果肉がかなり柔らかいみたいで、どうやって食べようか悩んでいたら、ラインハルトがナイフで皮の一面を削いでくれた。

ここまでは普通のバナナと同じだけど、中身はねっとりとクリームみたいだ。甘くていい匂い。美味しそう!


「ーーーフィア」


おっと、口元にスプーンが。

自分で食べれます。食べられますが、甘い誘惑には勝てないのです。


パクっと口に入れた瞬間、顔がホニャンっと崩れる。


「んー!美味しい、これ、好き!」


私がそう言ったら、何故か皆して変異バナナを差し出してきた。


「それならば、私の分はフィア様に」

「僕のも、フィアにあげる」

「フィー、俺のもあげるよ」

「まぁ、ならばフィア様、私のもお食べください」

「妾のもございますぞ」

「姫様の御為ならば、このメルガルド、今直ぐにでもーーー」


え、え、ええッ!?


「取り敢えず、ラインハルト、メルガルドを止めてーーー!」


飛び出そうとするメルガルドを小さく「ーーーん」って返事をしたラインハルトが止めてくれた。

透明な壁にブチ当たって崩れてるけどね。メルガルドが。


「美味しい物は皆で食べよう?」


ただ、この後ラインハルトに食べさせてもらった分、何故か食べさせてあげる事になったのだけど、それを聞いたカリンとフロースも参戦してきたので、私は雛に餌をあげる親鳥の気分を味わう事になった。








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