第34話 シナリオと現実

ーーーカタルの街と王城。


私は何事も無く、日常に埋れて生きてきたと思ってたけど、それは思い違いだったのかも知れない。


「フィーはカタルの港町、海辺にある孤児院で保護されたんだよね。フィリアナも同じ時期に、その近くにいた。もしもーーーカリンがフィーを見つけなかったら。カリンがフィーを【隠さなかった】ら、と思うと俺は怖くなったよ」


「カタルの港町だけでは無い。僅かにとはいえ、王城でも、だ。良く無事でいたな。以前、カリンのおかげで無事いられたと称したが、ーーー今は尚更そう思う」


フロースだけでなく、ラインハルトも、そんな事を言った。


そうだ、紙一重で躱せていただけで、

轍の跡がほんの少しずれていただけで、車輪が小石でも踏めば、交わっていたかも知れなかったんだ。


重い現実がズシンと胃に落ちた。

思わず胃を押さえる仕草をしたら、ラインハルトが心配そうな顔を向けてくる。


「フィア?食べ過ぎたのか?」


「違いますーーー!」


私はちょとムッとして、すぐさま言い返したけど、後ろからススっと出された薬包に閉口した。

差出人は、白い手袋をして、執事の格好をしてるメルガルドだ。


「姫様は、一度に食べられる量が少ない割に、食いしん坊でございますからね!なのでわたくし、いつもこうして胃薬を常備しております。薬神様の調合ですので、良く効きます」


余計な情報をありがとう、メルガルド。でも胃薬いらないから。食べ過ぎじゃないから。

そう言って、私はカリンに出会えた幸運に感謝するのだった。


「カリンはフィリアナに探されていたんだね」


「僕の名前知られてて、僕の事呼んでたのかな?でも知らないなぁ。フィアしか見てなかったし。あれ?そう言えば僕って、そのなんとかってゲームに出てくるってティティ、言ってたよね。フィリアナの最初の契約精霊だって」


少し考え込んでいたティティは、一瞬迷ってから口を開いた。


「ゲームの中ではーーーカタルの町ではいつも一緒にいた感じです。契約したのは、冬の寒い夜に両親を事故で亡くしてからですが。もしかしたら、カリンさーーーいえ、カリンも、フィア様を見つけて、そばにいた事で、守られていたのかもしれませんね」


あ、呼び捨てと言うことは、ちょっと仲良くなれたのかな。ぎこち無いけど。人外が増えてしまったし、ティティが困った時に気軽に相談できる精霊って必要かも知れないと、カリンに言ってみて良かった!


「レイティティア嬢、今何と?」


ロウが報告書から顔を上げ、目を丸くして驚いている。

え、ティティ、今何か変な事言った?言ってないよね。


「申し訳ありませんでした。やはり呼び捨てはーーー」


「ああ、そうではありませんよ。仲が良さ気で、微笑ましいものです。私達の事だって、名を呼ぶ事を許したのですからーーーそうではなくて、事故が、冬にと?」


ロウは険しかった視線を慌てて穏やかなものにして、誤解だとティティに言ったけど、事故がどうかしたのかな。

フィリアナが両親を事故で亡くして、カリンと契約、子爵家へ引き取られるストーリーなんだよね。


「はい、フィリアナが事故の知らせを受けた時の映像で、雪が、降っていましたからーーー詳しい事情は語られてはいませんが」


ティティはロウの穏やかになった視線にホッとした様子で、頷いた。その映像を思い出しているのか、ゆっくりと答えてる。


それを聞いたラインハルトとフロースはロウの報告書を奪うように見ている。


「レイティティア嬢、報告書によればフィリアナの両親が亡くなったのは9月の半ば、まだカタルの港町では半袖を着ている季節だ」


「えっ!? 私の思い違いでしょうか?ああ、でもフィリアナに知らせを齎した港の警備兵は厚手のマントを羽織って、肩に雪があったーーーのですが•••」


ーーーそれとも、別のシナリオがあった?


ラインハルトの言葉に考え込んでしまったティティは、やがて力なく首を横に振った。


「申し訳ありません。ハルナイトのルートしかやってませんので何とも。攻略サイトも、それ程見ていた訳ではありませんでしたので•••」


「でもさ、こういったゲームって物語が始まる前の、プロローグっていうやつ?あれって大抵一緒じゃないの?私はやったこと無いから分からないけど」


私がそう言うとティティが首をひねっってから、至極悔しそうに項垂れた。


「私も、この手のゲームは初めてだったのですがーーーああ、もっとやり込んでおけば良かった!!隠された映像や、設定、クリア後の別ストーリーもあったかもしれません」


「ね、フィリアナの目指しているルートって時空神なんだよね?前に攻略サイトで見た時空神ストーリーでは、一定の条件クリアで開くんだろう?ならば、クリア後の別ストーリーは考えなくても良いと思うけど。ーーーあ、嫌ぁな事考えついちゃったよ、俺」


フロースが考えついた事を聞いた私達は、真逆そんな事まではしないだろうと言う意見と、フィリアナならば、するかも知れないと、言う意見に別れた。


「公爵達には追加の調査をお願いしましょう。フロースの考え違いならそれでいいですし、そうでないなら、【それなりの】対応をする事になるだけです」







それから話し合いは解散となり、今は各自で好きなように過ごしている。

私はティティに断って、公爵家の庭を散歩中だ。


ティティも誘ったんだけど、今回の話し合いの内容を直ぐに公爵達に伝える為にもセバスチャンと本邸へと戻って行った。


ロウとチュウ吉先生は、フィリアナのギフトらしき力の研究をするらしく、この手の事に詳しいらしいメルガルドを捕まえてまだサロンにいる。


よって、私のそばにいるのがラインハルト、フロース、カリンなんだけど、

ラインハルトが私を抱っこすると、後の二人も何を張合っているのか、私を抱っこしようとするんだよね。


「あのですね、私は散歩をしたいのですよ。ずっと座っていたから、動かしたいんですよ、足腰を」


と、言ったらラインハルトはしぶしぶ下ろしてくれたけど。

血の巡りが悪いと、脳にも悪いしね。


公爵家の庭園は、ガレール領が北に位置しているだけあって、王都よりも春は遅い。まだ蕾も多くあって、これからが楽しみな庭だ。


「カリンはどう思う?」


スイッとフロースが指を振る。あ、そうか、防音か。周りに誰もいないからって油断出来ないんだよね。


「僕を探して契約する為に、あの子のがやっちゃったかも知れない事?」


ーーーそう、さっきの話し合いでフロースが示した一つの可能性。


いつまで経っても現れないカリン。シナリオではフィリアナのそばにいつも居る。いつからかは分からないけど、両親が亡くなる少し前の、映像には既に居たらしい。


「人間のやる事って訳わかんない事が多いし、あの子性格悪そーだし、ありって言えばありじゃない?」


でも、言い方悪いけど、カリンと契約する切っ掛けが両親の死、ならば、冬まで持っていても良かったんじゃないかな。ストーリーをなぞるなら尚更。


「自分で手を汚すかなって。ストーリー通りだと思っているなら、冬まで待たない?」


「そこで、カリンの存在なんだよね。フィリアナの中で、本来ならば、両親が事故に合う大分前には、カリンと出会ってなければ行けないんだろう?」


カリンが見つからない焦りも、別のシナリオルートの疑いも出てくるだろうと。さっきの私達みたいに。


「フィリアナって子はさ、中々【イイ性格】してるし。普通はね、ゲームの世界に酷似していても、現実と二次元の世界かは区別付くよね。でもあの子には現実を【動かせる】と思い込んでいる。ゲームのプレイヤーとして」


「だから動いた。どうせ両親が生きていたら子爵家へは行けない。引き取られないからな。早いか遅いかの違いならば•••」


事故に見せかけて、両親をーーー。

そこでカリンが出てくるか、試した?


「動機としては弱くないかな?」


私は首を傾げる。


「ここがフィリアナが主人公のゲームの世界だと思っていたら?カリンが出てこない事で、シナリオ通り進めない不安も焦りもあっただろうし。フィリアナの中では両親なんて、ただの登場人物なんだからさ」



「あの娘にとっては、プレイヤーとして、カリンを手に入れる為の攻略に過ぎなかった。失敗しても、リセットはできないから進むしかないが。結果、カリンの取得には失敗しても、子爵家には引き取られたんだ」


「結局さ、現実なんだと気が付ける出来事があっても、ああいった子は都合の良いようにしか捉えないからね。今じゃ多少の誤差はあっても、シナリオ通りって思ってるんじゃないかな。それにーーー」



真剣な表情で考察をするフロースは、そのまま黙ってしまった。


「フロース?」


一点を見つめ、動かなかったフロースがハッと顔を上げる。


「俺ちょっと【上】に行ってくる。技芸神も連れて来ないとだし、直ぐに戻るけど、フィー、良い子でね?俺が居なくて寂しいだろうけど、ちょっとの辛抱だから」


早口でそう言うと、フロースは消えた。私の頬にキスを残して。




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