第31話 その一報がもたらすもの

私がその一報を聞いたのは、ラインハルトがメルガルドを引き摺って行った後、カリンやティティとお片付けの再開をしている時だった。



片付けというのは不思議なもので、心や、思考も整えられていく。

後宮へ就職直後に転生者だと分かって、女官三年目の春に怪異事件に巻き込まれ、妖精事件勃発、保護活動してたらフロースに出会って。王子の逆鱗に触れて投獄、聖霊契約からの脱獄、死の谷でティティと出会い、巨大百足に襲われてラインハルトとロウに助けられて、私が行方が分からなくなっていた女神だと言われ。凄いな私。


どうやら過去からの因縁めいた運命の糸とやらが絡まっているのか、事態は進んでいるけけれど、その糸が解けるのか、更に絡まってしまったのか。


奪われた、力と記憶を何故フィリアナが持っているのだろう。今の私の記憶には、フィリアナと顔を合わせたものは無い。もしあるとすれば、孤児院以前になる、筈。


神は全てを見通す神眼を持つと言われているけれど、その力を行使したーーーかも知れないロウは多くを語らない。


「視たならもう少し教えてくれてもいいのに」


人の世は人が、の不文律があるから、言えないことも出来ない事もあるんだろうけど。

後は自分で考えなさい的な教師な思考もあるんだろうな。


そんな事をボソッと呟いたら、カリンが神眼について補足をしてくれた。


「神眼ってさ、人間のギフトにもあったりするけどーーー鑑定の最上位だね。でも、神の持つ神眼は人間のそれとは桁が違うどころか、有り様も違うんだよね。神の前では少しの嘘も通用しない。どんなに小さな誤りでも、その眼は見抜く。過去から続く現在も、神が神眼により、誤りだと判断してしまったらーーー是正される。神の正義のままに」



ーーーあの力は融通が効かないんだよ。


その説明に私は今更ながらに神の力の強大さを思い知る。

神眼でみたものが否と判断されれば、今生きている人々も過去に遡り、【産まれていない】事になるかも知れない。花屋のおっちゃんもパン屋の女将さんも。

お城の下っ端兵士が国王に、窃盗犯が英雄に。今が過去から塗り替えられてしまうかも知れないんだ。


背中にツウっと冷たい汗が降りた。


「だから使っているとしても結構ギリギリの所でじゃない?」


ティティも納得のいった顔で頷いた、その時少し開けておいた扉がノックされた。


ーーーーーーコンコン。


「ご名答。流石に上級精霊の事はあるね、カリン」

「フロース、話は終わったの?」


フロースが音もなく扉を大きく開くと、それすらも大輪の花が咲くようで、花開いたその中から出て来た様に見える。流石、花神フロース。


「まぁね。メルも事の重大さは理解したよ。後はあの二人に任せた。それよりも、王都邸から一報が入ってね。あの丸い通信の魔導具で。予想通りだけど、やっぱり良い気はしないね。件の娘がアルディア王国の代表に決まったよ」



それにより、フィリアナは大神殿から持ち込まれた純白のフィアリスと、精霊織の氷晶絹を賜ったそうだ。


「国王も王妃も、この結果で第一王子のやらかしを厳重注意で済ますそうだよ。正式に第一王子との婚約も認められるってさ」


片側だけ閉めずにいたカーテンの向こうに煌々と輝いていた満月が薄雲に隠れる。魔導ランプで部屋は十分に明るいのに、得体の知れない薄気味悪さが、部屋の光度を落とした様に感じた。


「わかりました」


ティティの喉の奥が貼り付いた、掠れた声で短く応える。

ティティは一度深く深呼吸すると、今度ははっきりと言い切る。


「ーーー私のやるべき事は変わりません。フィリアナには絶対に、負けません」


ーーー捻じ伏せてやるんだから。


それは不自然なものではなく、気負って言われたものじゃない。ティティの静かな覚悟がそこにはあった。


公爵令嬢としての矜持もあるだろうし、今までの事も全てを飲み込んで、糧にして。


それは灼熱の炎で全てを灰燼に帰す荒ぶるものではなく、静かに凍てつく氷を思わせた。


私の脳裏ではフィリアナの言葉がさっきからずっと再生されている。

この身体がフィリアナのもの?

キュッと心臓が引き絞られる感覚。凍てついた細針で音も無く刺されたような気さえした。


フィリアナが目指しているのは、隠しルートとティティが言っていた、時空神ルートだ。


身体を入れ替える。フィリアナに言わせるならば取り戻す、なんだろうけど、その方法は何だろう?

彼女にとっては攻略法通りにやるだけでも、私にはそれが分からない。


対処方法の無い不安が、私の恐怖心を煽っているのかもしれなかった。


ーーーーーーけれども。


悪役になんて、なってやらないし、神力とやらを使えないへっぽこな自分に、焦りは当然ある。それでも、私が負ければそこにあるのはーーーそれはきっと死ぬよりも恐ろしい。


私も取り戻さなくてはならない。

ーーー必ず。


「うん、二人とも頑張ろうね。大丈夫、俺達も頑張るからね。ゲームは所詮ゲームでしかないんだから」


フロースが私とティティの頭を同時に撫でたけど、すぅっと肩の力が抜ける。

いい匂いするし、アロマ効果かな。


「ちょっとしたおまじないだよ。さ、今日はもう寝よう。レイティティア嬢も、明日も頑張る為には睡眠はちゃんと取らなきゃ。美容の為にも」


「そうじゃん、夜更しは肌荒れの原因になるしね。そうだ、フィリアナよりもババンッと格の違う美しさを見せ付けてやろうよ。フロース様、美容に長けた精霊とか呼べないの?」


「メルが来たからその辺は明日話してみるよ。俺はちょっと疲れたからもう寝るし。その前にシャワー借りるね」


どうぞーと返事をする前に浴室へフロースは行ってしまったけど、よく考えなくても、ここって私が使っている部屋じゃない?自分に割当られた部屋には浴室無いのかな? いやいやここって公爵家だし、いくら離れでも神様に対してそんな筈は無いと思うんだけど。


「ーーーあっ」


そんな事を考えてたら、ティティが何かを閃いた!って顔で口元に手を当てて、小さく声を出した。


「ティティ?」

「あ•••いいえ、何でも。フィア様もーーーゆっくり、休んで下さいね」


ーーーお休みなさいませ。

そう言ってティティは自分の部屋に戻って行った。


一体どうしたのかな?





カリンが寝間着を用意してくれたので、それを持ってフロースと入れ代えにシャワーを浴びる。

着ているドレスは自分で脱げる所までカリンが外してくれたけど、これ、どうにかならないかな。一人で着脱出来ないのは不便だ。


寝間着を着て戻ればカリンが髪を乾かしてくれる。心地よい暖かい風に眠くなってくる。カリンに髪を乾かしてもらうのは好きだ。

が、それを許してくれない声があった。


「ああっ、フィーってば俺がちゃん浴室に洗髪剤置いたのに、使わなかったの?ラインハルトに持ってきてもらったやつ!」


え、フロースってばそんなの浴室に持ってってたの? 全然気が付かなかったよ。


「公爵家のも悪くないけど、使うなら、断然天界のやつだね。あーもう、ならせめて、えーと、これ。髪に使う香油ね。これを刷り込んでーーーうん、これで乾かしてっと」


二人とも私の後ろで何かをコソコソ言い合っていたけど、きっと手入れのなってなさとか何だろうなー。女子力無くてスイマセン。オプションで付けられませんかね。女子力。


満足のいく仕上がりになったのか、やっとOKがでる。嗚呼、ベッドへ行ける嬉しさよ。



それじゃぁと、寝ようとした所で、問題が発生した。


「えっと、何で二人とも私のベッドにいるの?」


「ラインハルトばっかズルくない?今日は俺と寝よう?」

「あ、僕だよね、何なら女性体になるよ。ほらおいでよ。良く一緒に寝てたでしょ」

「はぁ?カリン一緒に寝てたの?フィーと一緒に?何それ、超絶羨ましいんだけど。俺だって、小さい頃は一緒に寝た事あったけど、大きくなってからは無いからね?だから今日は俺!」


あの、何のお話で?ご自分のベッドでお休みすれば解決するのではないでしょうか。


僕だよね、俺だよねって、二人とも却下です。そんな顔しても駄目です。

ラインハルトがいたのは不可抗力です。私は許可してません。


「二人とも、いい加減にーーー」


眠さも相まって、やや不機嫌になった所で、寝室の扉がノックも無しに、バンっと開いた。

ドアを壊す勢いで現れたラインハルトは、大股で寝室に入ると、私以上の不機嫌さを隠そうともせずに、カリンとフロースをポイっと廊下へと放る。


「もー。乱暴だなぁ君は。メル達とまだ話し合いしてる最中じゃなかったのかい?」

「ロウに任せて来た」


それは、ロウに任せたのではなくて、押し付けたんだね、きっと。


呆然とした私を、ラインハルトはグイっと引き寄せる。


あの、腰から手を離して欲しいです。

生地の薄い寝間着はラインハルトの体温をモロ伝えてくるから厄介だ。


「フィアは俺と寝る」



ーーーふぉあっつ!?



一緒になんて、ね、寝ませんからね!




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