第9話 妖精保護活動

「今日はこの子で最後ですね」


この子の繋がり先は王宮なので、契約者保護者は城詰めの文官ではないかと、ランジ様。

なので、いつもの様に怪異を使ってこっそり帰すのではなく、ランジ様が迷子妖精の保護の体を取って、保護者の元へ送って行くそうだ。

こんな時間に?文官様もうご帰宅されてるんじゃ?


「コレを帰すのは明日、いや、もう今日の朝だ。今から王都の神殿に連れて行くからな。何だ?そんな顔をしてからに。王都神殿の神官長は聖魔法の使い手だ。これ以上酷くはならんよ」


ああ、この件の報告とかも色々あるんですね、きっと。


それからランジ様は、怪異を結界内に戻したら、部屋から出ない事、誰か訪ねて来ても出ない事(態々こんな所には来ないと思う)その他色々、私はお留守番をする白い子山羊でしょうか。

終いには琥珀のペンダントを私の首に掛けて、スイランを置いて行くと言うから驚きだ。


「任せて!」


「うむ、我もおるぞ!安心せい!」


帰る気のない蒲公英ちゃんも、チュウ吉先生の上で跳ねている。やる気を表しているのかな。


「ーーーーーーちゃんと留守番しますので」


幼子みたいな扱いに言いたいことはあるが、とても疲れていたので、この件は放り投げる事にした。





チャプン、と湯船の中に鼻まで浸かる。ブクブク。

ランジ様の私室には、広々とした立派な湯殿がある。好きに使って構わないと言われているので、扉一枚で部屋の中を行き来出来る侍従部屋からお邪魔させてもらっているのだ。


お風呂に入れるってだけでも、宝物庫に来て良かったと思えるよ!生き返るー!


ほぅっと息を付くと、不意に部屋の中を一陣の風が通った。

何処からともなく運ばれた沈丁花が、湯船に白い花弁を遊ばせて波打つ。

枯れても芳しーーー春の訪れを、甘く華やかに香ることで知らせる花だ。


視界に白いドレスの裾が踊った。

パッと視えた斜め後ろの姿は、大胆に背中を見せたノースリーブドレス。黄金色の艷やかな髪は前髪を横に流して前に垂らし、残りを全て頭上で簡素に纏めている。

項に掛かる後れ毛に色香が漂う。


バーゲンセールの品物の様に安くはならない、本物のーーー高値の美女だ。


匂いたつ美女はサファイアの瞳を、バチンっと瞼で隠すと湯けむりに溶けていく。


それは、ぷぷっぴどぅ♪と脳内で音声が再生された瞬間だった。


『あら、気配がすると思ったらダフネね。気が利くじゃないの』


スイランは態々様子を見に来てくれたらしい。

丁度良かった何方なのか聞いてみよう。


「ダフネ?」


香油瓶よ、と言われて思い出した。


「ああ、四つ一箱の、硝子細工も見事なやつ!」


春の瑞香、夏の梔子、秋の金木犀、冬の蝋梅。

それぞれ香木のエナメル絵付け、緻密な装飾と彫り込みがあって、美しい成人女性のシルエットを象る輝度の高い繊細な硝子細工の香油瓶だ。


『ダフネは四姉妹の長女よ。いい香り。今は彼女の季節ですもの。良い贈り物だわ。女の子が居るのが余程嬉しいのね。今までは爺しか居なかったもの』


おお!これぞ怪異特権、違った神官様付特権!?

感謝の気持ちを込めて、宝物庫を綺麗にしよう、うん。

お手入れはランジ様に良く聞かないとだしね。


ゆっくり湯船を堪能して上がれば、ふんわり仄かに香る。すっごくいい気分だ。

寝間着に着替えたら、チュウ吉先生が髪を乾かしてくれる。

魔力が無い私はいつもカリンにやってもらっていたけどーーーカリン、元気かな。


あ、蒲公英ちゃんが櫛で梳いてくれる。

役に立とうと頑張ってくれているんだろうなぁ。


心地よい空気は眠気をさそう。


今日は保護した妖精の数が多かった所為もあって、流石に疲れた。


今回で三回めの妖精保護活動だけど、意外と契約妖精っているんだなぁ。

妖精の契約者でも、性格がちょっとアレな感じの人がいて、少し幻滅。


「王城務めだからな。紹介状が無ければ大抵は貴族かその縁者だろうの。魔力が多いと契約しやすいのじゃよ」


へぇーそうなんだ!

て、チュウ吉先生、私の思考を読まないで下さい。 


「誤解されやすいんだけど、妖精と契約してるからって、良い人とは限らないから注意してね。あれは個々で理由が違ったりするのよ。魔力の質が好みだったり、気が合う合わないもあるわ。勿論、清浄な#気__・__#をもつ善良な人間が好かれるのも、周りに聖霊が集まるのは当たり前だけど、でも、だからって、その人に契約妖精がいるとは限らないのよ。好意を持った人間には無条件に力を貸したりもするから尚更誤解されるけど」



はわぁ、妖精達にも色々あるんですな。

スイランの細かい注釈を、眠い脳味噌に何とか入れるが、忘れずにいられるかな。


瞼を閉じそうになりながら、ポスン、と寝心地抜群の布団に倒れ込む。


あ、カリンに手紙をーーーと思った所で私の意識は枕の誘惑に陥落した。







「ね、あのカリンって子、本当に人間?」


チュウ吉先生や、スイランがそんな話をしていたなんて、爆睡中の私は知る由もなかった。






昼過ぎに起きた私は、ランジ様が丁度戻って来た所で、一緒に昼食を取りながら報告を聞く。

城下で買ったというブリオッシュがまだ温かい。一口食べればバターの香りが鼻孔を抜ける。

ランジ様は食事を目の前にして、珍しくお腹の空いて無い顔だ。

重そうに話し出す。


「結論から言えば、暫くはこのまま妖精保護活動は続けなくてはならんな」


私は口の中のパンを急いで飲み込む。


「え、と。神官長様には現状の問題を報告したのですよね?」


あの時、王都の神殿に行くということは、保護した妖精を連れて行くという事は、神官長に相談する為ですよね?


「王城へ上がる際の選考時には、問題は見当たら無かったそうだ。そして、保護した妖精は何も覚えてはおらん。件の娘の力ーーー能力が何かも分からん。何故あんな事になっているのか、確たる証拠が無いんだ。確信はあっても確証は無い。故意かも分からん。と、まぁ注意はするし、調べに動いてはくれるがな。神殿も一枚岩じゃない。どこまで動けるか•••」


ここで小説なら、王家対神殿の図式が出来るんだけどな。


「子爵令嬢が第一王子の想い人だ。王宮サイドから横槍が入るだろう。神殿にも王宮寄りの人間はいるからな。貴族の次男三男がゴロゴロおるぞ」


真逆の小説展開!?あ、そうでもないか。


それに、ここ百年は乙女が選ばれていないと。各国も流石に焦っているらしく、今年こそはと、かなりの熱の入れようだとか。


「隣のルペール王国なんぞ聖霊に好かれていると、どこぞの領主が七つにもに満たぬ幼子まで神殿に連れて来て、失笑を買ったそうだ。子供は好かれやすいからな」


確か十二、三歳から十七、八歳の未婚の乙女が条件でしたっけ?


「神殿も大変なんですね。意外とドロドロしてそうな気がしてきました」


「ドロドロだぞ。大きな組織だ。腐敗も派閥も争いも捨てて捨てる程あるわ。救いは神官長のイレーが二百年来の馴染みでな。良い奴よ。このままとは言ったが、おそらくは時間稼ぎをして欲しいのだろうよ」


このまま暫くは、キャッチ&リリース活動ですか。

夜間活動だと、カリンと顔を合わせる時間が無いので心配してるだろうな。

真面目にカリンから怒られそうなので、手紙を書いてチュウ吉先生に届けてもらおう。うん。


そう思ってチュウ吉先生を手招きして呼んだんだけど、どうやら先生は違う目的を持っていた。


「フィアよ、そろそろ我と契約をする覚悟は出来たか?」


「え?なんで覚悟!?私、いつの間にかチュウ吉先生と契約する事になってる!?」


「蒲公英もホレ、気合い十分じゃがの」


蒲公英ちゃんは本当に駄目でしょう!?

私は魔力をあげられないんだよ?無いからね!

チュウ吉先生は止める側でしょうに。


「なに、魔力が無くてもよいと言っておる」


「イヤイヤ駄目でしょう!?」


「どこに行っても根付く自信があるとな。おお!根性ある奴じゃ」


「そういう問題なの?違うよね?」


「うむ。例え岩の上でも咲いてみせると。流石、井戸の縁に根付かせただけはあるわ。天晴な心意気じゃ!」


「希に、特殊な個体で、生まれた土地から切り離されても、どこに行ってもそこの魔素を取り込めたりする奴がいるな」


「ーーーッランジ様!?でも蒲公英の妖精がその特殊個体だとは限らないじゃないですか」


「その時はホレ、この自称神獣とやらが与えれば良い。契約を結んだ個体同士なら譲度可能だ。神獣は主から魔力なんぞ貰わんしな」


「それは良い考えじゃな、フィア、良いであろう?」


蒲公英ちゃんもフワフワと浮いてるから期待してるのかな。

十六歳で成人して城を出るーーーこの二人で旅をする事を想像してみる。


きっと楽しくはあるんだろうな。

でもさ、チュウ吉先生が神獣だというのが本当だったとして、ずっとあの井戸に居たんだよね?

今は自分が神獣だって事しか思い出せてないって言うけど、あの場所で何か役割があったとする可能性は?


「取り敢えず、もう少し考えてみよう?」


チュウ吉先生も何か思い出すかもしれないしね。

ブリオッシュを食べ終わってしまった私は、そう言ってから、程よく焼けたソーセージに思い切り齧り付いた。







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