第8話 怪異さんと一緒

只今草木も眠る丑三つ時です。真っ暗です。

こんな真夜中に何をしているのかと言われたら、神官様のお供です。蟲に堕ちた妖精を怪異に喰わせるのだとか。救出が出来そうなのはするけれど。

あ、今はチュウ吉先生も一緒です。夜目が効くので便利です。

怪異の入った行李を持って、西宮殿へと向かっておりますが、ランプも持たずに進む一行はさぞ怪しく見えたのでしょう。所々で衛兵に呼び止められます。

そしてランジ様の顔を見て驚き、『どうぞ神官様、お務めを』と頭を下げるので、首を傾げると、『詰め所に通達を出して置いた。結界を張り直すとな』とランジ様が教えてくれた。


「なる程!ーーー以上、フィアが現場からお伝え致しました」


「何を言っているんだ、お前さんは」


「いえ、気分で何となく?」


あ、そんな残念な子を見るような眼差しは止めて下さい、ランジ様。


「まぁ、いい。ここからは先は一言も喋るなよ?それらには言い聞かせてきたな?」


「一応は仰る通りに。ですか、私の言うことなんて聞きますかね?」


「聞かねば雑巾にすると言ってやればいい」


ーーー何故に雑巾!?


蟲堕ちした妖精の気配を感じるのか、行李の中がソワソワしだす。

試しにランジ様の仰る雑巾云々をいってみた。


「私の言った通りにしないと雑巾にするわよ」


驚き桃の木ーーー本当に効いた。ピタッと動きが止まり、次いで、プルプル震える気配がした。


《わ、わかっておるぞ?我らはきちんと言う事をきくぞ?》


「そう?なら良いけどね」


呪いまじないの言葉が雑巾なのは腑に落ちないけど、まぁいいでしょう。気にしたらいけない気がするので。


でも何だか気は進まない。蟲になるのが夜だけならば、戻せる方法もあるんじゃないかなぁ。陽の光の中では妖精に戻るんだよね?


そんな私の考えを読んだのか、チュウ吉先生が何時になく真剣な表情で私に言った。


「フィアよ。一度落ちてしまったら戻らぬのだ。今は、姿も精神も蟲になるのは夜中だけじゃ。だが、そのうちにーーーたとえ陽の光の中でもその精神は蟲になってゆく。邪気を纏い、瘴気を撒き散らし、同族を喰らって肥大していく。今、我らに出来る事は、同類を喰らう罪を犯す前に、怪異に喰らわせ、その魂をせめて大地母神様の元へと還してやる事だ。まるごと浄化出来るのは、聖属性ーーー光か闇の大精霊か、神しかおらんよ」


悲しむなら、その気持ちで祈ってやれ。再び光ある世界に在れ、と。


「ーーーん、分かった」


私は色んな感情を飲み込んで返事をす

る。

今ここには聖属性の大精霊も、神も居ないのだから、今の最善を、できる事をするしかない。


私達は黙って整備された石畳の上を歩く。静かに、忍び足で。

窓に近い植え込みに隠れると、チュウ吉先生が、二階の窓際まで忍んで行く。ちいさなバルコニーがあって、そこを指差す。


件のーーー子爵令嬢の部屋だ。


そっと行李を開ける。

ワラワラと飛び出した怪異達はチュウ吉先生の居る窓まで行くと、僅かな隙間からスルリ、と難なく侵入していく。

なる程、絞っても大丈夫な訳だ。


チュウ吉先生は監視しているのか、宮殿だけあって、豪奢な造りの窓をじっと見つめ、動かない。


私は柄にもなく、この世界にいる二柱の母神に祈った。

大地と月と。大地は冥界に通じ、月は天界に通ず。


ーーー女神様、どうか。


どれ位の時間が過ぎたのか。止まった様にも思えた時が、僅かに窓が開き、怪異達がボンヤリ光る何かを抱えて出てくる事で動き出す。

ランジ様と一緒に慌てて、怪異達の入っていた行李とは別の行李に入れて、保護をする。中には枇杷の葉が入っていて、僅かだが、邪気を払う効果があるらしい。

保護した妖精に効くかは分からないが、試してみても良いだろう。

無いよりはマシかも知れないし。


窓が閉まった。助かる妖精は運び終えたのだろう。入った時と同じに隙間からスルッと出て来たのは二足歩行の蛙の怪異だ。暗くて色合いが分からないが、フロックコートにウエストコート、グラバットまで締めて、ズボンを穿いている様は何処の紳士だと言いたくもなる。

蛙は窓に向かい、サッと礼を取るとピョンっと飛び降りた。


ーーー紳士が居る!怪異だけど。


それから、やっと、鋭い眼差しで部屋の中を監視していたチュウ吉先生が、最後に降りてくる。


ユルユルモードになりそうな足を叱咤して立ち上がった私達は、見つかるかも知れないという一抹の不安を再び抱えて、ソロリ、ソロリと撤収するのだった。






来た道を戻り、一度ランジ様の私室までもどる。

どうやって妖精を契約者の元へ帰すか作戦会議だ。


因みに隣の部屋が侍従部屋で、私は泊まり仕事と言うことで、使わせてもらう事になっている。


宝物庫の直ぐ側ですからね、当然いませんよ、神官様付の専属侍従さん。

兵すら居ない場所ですから!

え?防犯?生気や魔力を吸い取る、ほぼ、自宅?警備員が居りますので。

しかも宝物庫に入って直ぐの一角が、縄掛けの結界で囲まれた詰め所となっております。偶に手足を伸ばして扉の外を伺って居ますが、全てを外へ出す事は出来ませんので捕まる前に離脱する事をお勧め致します。

霊格の高い気難しい方々もーーーこちらの方が面倒かもしれませんね、はい。






「#糸__・__#はまだ視えるな」


連れて帰ってこれた妖精達は五体。

落ち着いて視れば、契約者との繋がりが辛うじて残っている。

ならばこの繋がりを辿り、怪異を使ってそっと帰せばいいと結論が出た。


もうひと踏ん張り。そう言うと、行李から再び出した怪異達が、スイスイと妖精を抱えて動いてくれる。

あら、何気に便利じゃない?怪異。

一体は糸が上級女官の部屋の方ヘ伸びていたので、チュウ吉先生に見届けを頼む。


後の三体は下級女官の部屋だったので、割とすんなりと終わりそうだ。ランジ様と手分け出来きるしね。







漸く終わって、下級女官の宿舎からの帰り道、無事に戻せた安堵でホッと一息付いた時に、フワフワ、パヤパヤした丸いーーー白い毬藻みたいな物体が浮いている事に気が付いた。


あれ、一体残ってる。そうだった、五体、居たのだから。それにしても、この子はどこの子かしら?


「繋がりが見えないわ•••ランジ様、分かります?」


「うーん?そもそもコイツ、契約してるのか?契約は意志の疎通が出来ないと厳しい。だがコイツはーーーーー」

『あーーー!この子、井戸の縁に居た蒲公英じゃない!』


琥珀の中から顔だけを出した、ランジ様の妖精が一瞬目を見張ると、何やら興奮気味に手をバタバタさせて、美しい色相の琥珀から出てきた。


「あ、こら。スイラン、勝手に出てきおって」


ランジ様を華麗にスルーして、パヤパヤの蒲公英の妖精と何やら話し?をし始めた。

妖精同士なら意志の疎通が出来るんだ?


って、ランジ様の琥珀の妖精さんって、スイランって言うんだ。へぇ~。

東側の響きが、何となく耳に優しく感じる。


スイランはランジ様の琥珀のペンダントと同じ色のマーメイドドレスを身に纏い、仄かに光る、薄いクリスタルみたいな蝶の羽をゆっくりと羽ばたかせている。


陽光に照らされたら、さぞかし目に美しい影を見せてくれるだろうに。


そんな事をボンヤリと考えていたら、妖精の二人?が私をじっと見ていた。


「え、何でしょう?」


「この子、あの部屋で蟲になり掛けていたらしいのだけれど•••フィア、貴女の祈りが届いたんだって。気が付いたら怪異に毛を掴まれて行李の中だったって」


「へー。祈りが。そうなんだ。ーーーふぁッ!?」



いくら何でも私が祈った位でーーーナイナイ。


銘酒と呼ばれる、ドワーフの好む度数の高い酒に純度の高い氷を落した様な瞳は、真っ直ぐに私を見ている。


ーーー胸がざわめく。体中の血管が騒いで、末端の神経がジンジンする。


ただの、魔力が無い娘の何を覗こうというのか。

あれこれ知られては宜しくないギフトはあるけれども。

緊張でコクン、と喉が鳴る。


だがそんな緊張も、間延びしたランジ様の声が打ち破ってくれた。


「あー、神は気紛れに祈りを聞き届ける事があるしなぁ。まるで富籤よ。落した神力の欠片が偶然ここまで届いた可能性もあるしな。フィアの祈りに引かれて」


「ま、そうよね。神でも大精霊でもないフィアが、妖精の核はそのまま、まるっと浄化なんて出来る筈が無いものね」


な、何とか誤解は解けた?そうです、私はただの転生者です!

だけど、次にくるスイランの爆弾発言が私の少ない脳味噌を蒸発させた。


「で、この子、が、ね?フィアと契約したいって言うんだけど•••如何すれば良い?」



あの、私には魔力が無いのですが。

え、説明した?したのに?


ああ、星が綺麗だなーーー。


慰める様にランジ様が私の肩を叩いた。




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