1-13 利き水コンテスト

 朝のホームルームにはなんとか間に合った。


 担任であり英語の教員でもある中松から、英単語の小テストの説明がされた。


 毎週二十個の単語を暗記し、金曜日の英語の授業内でテストするらしい。

 テストの結果はもちろん成績に反映される。点数が八割未満の生徒は放課後に追試を受けなければいけないという。


 推薦を狙っていたり、部活動に励みたかったりする生徒がこのテストを落とせばかなりの痛手だ。


 さっそく来週の小テストの範囲が配られ、教室中から重いため息が聞こえた。


「みんなのテンション下がったところで、次は楽しい話をしちゃおうかな」


 中松が笑う。

 楽しい話とは、再来月に開催される本校の文化祭についてだった。

 クラス毎に出し物を決め、文化祭実行委員会が企画内容の審査をし、それに通過すればもよおせるそうだ。


 このクラスの文化祭実行委員は大隅おおすみに決まり、さっそく会議が始まった。


「ハイッ! コスプレ喫茶きっさ! コスプレ喫茶やろうぜ~! 女子はメイドな!」


 真っ先に挙手したのは遠藤だった。下心見え見えの発言に教室が(とくに女子が)しらける中、担任が「金銭的なやりとりが発生するものはダメです」とさとす。


「なーんだ。頭カタいんすね、この学校の文化祭」

「では、他に案がある人」

「はいっ! 私、お化け屋敷やりたいです!」


 愛華あいかが元気よく手を挙げる。大隅が黒板に「お化け屋敷」と書いた。


「ちなみに、他のクラスと出し物が被ると審査が通らない可能性が高くなるよー」

「じゃあ、もっと変わったもののほうがいいのかなあ」


 みな首をひねるが、遠藤と愛華以降、なかなか手が上がらない。


「お化け屋敷がいいんだけどなあ。ザ・文化祭って感じで楽しそう。ソーくんは中学のとき、どういう出し物やった?」


「え?」

 手を止め振り返る。

 文化祭にはこれっぽっちの興味も無いので、英単語を単語帳に追加する作業に没頭していたのだった。


「あ~。話し合いに参加してない人がいまーす」


 愛華がにやにやしながら俺の手元をのぞき込んでくる。


「いや、話は聞いてるよ」

「嘘だあ。私の話も聞いてなかったでしょ?」


 野沢を見てみなよ。

 そう言いたくなった。彼女は一番前の席に座っておきながら堂々と下を向いている。趣味の読書に夢中になっているに違いない。


 愛華に教えてやろうと思ったが、つい先程いざこざを起こしたばかりだから、野沢のことは話題に出しにくい。……出しにくいが、彼女はもうすっかり気を取り直しているらしい。

 わくわくとした様子でホームルームに参加している。


「……切り替えが早いんだな」


 愛華は瞬きを繰り返し、「まーね」と笑った。


「あの、き水はどうですか?」


 一人が手を挙げた。

 聞いたことのない単語だなと思っていると、他の生徒からも「利き水ってなに?」と疑問の声が上がる。

 立案者によれば、様々なメーカーが販売するミネラルウォーターや水道水を紙コップに入れて客に飲ませ、種類を当てさせる……というゲームらしい。

 「やってみたい」、「他のクラスと被りにくいかも」と肯定的な意見が続く。

 そして多数決を採るまでもなく、一年四組の企画は「利き水コンテスト」に決まった。


 準備が楽そうだ。お化け屋敷が採用されずにがっかりしている愛華には申し訳ないが、俺も大賛成だった。

 文化祭には参加したことがあるが、いい思い出は無い。

 やたら熱く燃える生徒たちとやる気のない生徒たちが対立し、クラスメイト全員がその紛争に巻き込まれていた。そんな行事の手伝いをするなんて、考えただけで面倒だ。簡単に済んでくれるならそれが一番有難い。

 椅子を引く音が鳴った。


「利きジュースではいけませんか」


 切羽詰せっぱつまった様子で立ち上がったのは、それまで黙々もくもくと読書をしていたはずの野沢こころだった。


「ジュースでもコーラでもお茶でもなんでもいいですけど、とにかく、水以外の飲み物にしませんか。……その、文化祭には子どもも来ると思いますし、水では難しいと思うのですが」

「いやいやいや! 難しいから面白いんでしょ? はいっ、利き水コンテストで決まり!」


 遠藤が面倒そうに畳みかけ、結局野沢の意見は企画に少しも反映されなかった。  相手にされなかった彼女は大人しく座り直し、それ以上はなにも発言しない。


「ほんと、空気読めないよね……」


 どこからかそんな小言が聞こえてきた。



 昼休みになり、寮の厨房ちゅうぼうで受け取った弁当を取り出す。昼食は寮で注文した弁当を食べるか、もしくは食堂を利用することになる。ぼっち飯も覚悟をしていたのだが、大隅が誘ってくれて席を移動した。


「遠藤は?」


 大隅とよくつるんでいる遠藤の姿が無い。


「部活だよ。遠藤くんは陸上部で、入学前から練習に参加してるんだ。中学生のときからエースだったからね」


 スポーツにはえんの無さそうな体型の大隅が机に弁当や菓子パンを並べる。それを眺めながら「そうなんだ」と生返事した。


 遠藤の席は教室の真ん中あたり。部活に打ち込んできた遠藤よりも自分のほうが、遥かに成績が悪かったというわけだ。


「ココちゃーん、一緒に食堂行かない?」


 財布を片手に女子たちと教室へ出ていこうとする愛華が野沢に声を掛けた。


「行かないわ。お弁当あるから」


 愛華はまだ何か言いたげだったが、友人らに腕を引かれ連れていかれてしまった。一方、野沢は弁当を一人黙食し、気付いたときには教室から姿を消していた。

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