1-12 あるわよ
「遠慮しなくていいんだよ? ピンク系とオレンジ系、どっちにする? うーん、ココちゃんはピンクって感じかな~?」
遠慮ではないことは
「要らないって言ったでしょう? 何回も同じことを言わせないで」
野沢
「え……」
彼女も流石に困惑しきってその場に立ち尽くす。
「ちょ! 野沢さーん。その言い方は無いでしょ。素直に『ありがとう』って受け取っておけば可愛いのにさあー!」
茶化したのは遠藤だった。本に目を落としていた野沢が再び顔を上げる。
「私、欲しいだなんて頼んでないもの」
「うっわ」
教室内の誰かがそんな声を漏らす。
「愛華、じゃあそのミサンガも俺にちょうだい」
「う、うーん。でもこの色、女の子用だからなあ……」
「女の子用?」
野沢は
「色に男の子用とか女の子用とかあるの? ピンクやオレンジが女の子用だって、一体誰が決めたのよ」
「おい」
野沢の様子を眺めていた自分の口が勝手に動いていた。
「いちいち突っかかるなよ」
教室から、完全に音が消えた。
自分の発言のせいだと気付くのに数秒掛かった。
「……突っかかるって、何のことかしら? 私は事実を言ったまでよ」
きれいな形の目が俺を真っ直ぐに見上げていた。
胸がどくんと鳴ったが、口を押さえることはできなかった。
「そんな態度で、友達を作る気なんてあるのかよ!」
波風立てたくないなら、傍観していればいいのに。
せっかく友達ができそうなのだから、このまま平穏に過ごせばいいのに。
しかし、自己紹介のことといいミサンガのことといい、彼女の発言は聞き捨てならなかった。
――みなさんとお友達になりたいです。
クラスメイトの前で、そう言うつもりじゃなかったのか。
彼女を見ていると苛々した。
そんな態度で、友達なんてできるわけがないじゃないか。
「ソーくん、わ、私は大丈夫だよ?」
愛華が慌てて制す。
野沢は無言のまま、じっとこちらを見つめていた。
彼女の視線を受けて気付く。これでは自己紹介の練習を盗み聞きしていたと告白しているようなものだ。
――気持ち悪い!
彼女なら言いかねない。とんだ公開処刑だ。血の気が引いた。
「ご、ごめん。その……」
しかし予想に反し、彼女はぱちぱちと瞬きを繰り返し、顔を伏せてしまう。叱られた幼児のような表情をされて、感情的に口走ったことを後悔した。
「……」
俯いたまま、彼女はぽつりと何か呟く。
そして無言で立ち上がり教室を出て行ってしまった。
「ったく、なんなんだよっ! 野沢さんってしらけるわー!」
遠藤が思いきり悪態をつく。
「……」
上手く聞き取れなかった野沢
彼女はか細い声で、「あるわよ」と言ったのだ。
友達を作る気なら、あるわよ、と。
*
「追いかけてこないで。
彼女は渡り廊下の中央で足を止め振り返った。
泣いていたらどうしようと思って後を追ったのだが、そんなことはなかった。また人形のような無表情を貫いている。
「め、瞑想ってなにかな?」
振り返ると、息を切らした愛華がいた。俺と一緒に追いかけてきたことに今やっと気が付いた。
「マインドフルネスよ」
この世の全員が知っていて当然だと言うように野沢は答えるが、だから、何なんだそれは。
「えっ。ココちゃん、学校の中でマインドフルネスなんてする予定だったの?」
「知っとるんかい」
俺はついエセ関西弁で突っ込みを入れた。
「……えっと、邪魔してごめんね。でも私、ココちゃんにどうしても謝りたくて」
「謝るって? 私、あなたに謝られるほど迷惑掛けられてないわ」
「でも、ミサンガ……」
「そういう
「ミサンガが嫌いなの?」
「占いとかおまじないとか願掛けとか、根拠の無いものは信じない。それだけよ」
「野沢、あのさ」
あきれて深くため息をついてしまった。
「愛華は野沢が喜ぶと思ってせっせと作ったんだ。遠藤も言っていたけど、とりあえず素直にもらっておけばいいのに。それから、昨日みんなが美人だって言いたのも本当にそう思っているから褒めただけだ」
「素直? 要らないと思ったから素直に『要らない』と言ったの。それのなにがいけないの? 昨日だって、外見にふれてほしくないから素直に『やめて』と言ったのよ。例えば私が木戸さんに『髪の色と眉の色が合ってなくて不自然だ』って言ったらいい気がしないわよね? それと同じだわ」
「あ、合ってないよねー、あはは……」
眉の色を指摘され恥ずかしくなったのか、愛華はとっさに
「木戸さん、その苦笑いもやめた方がいいと思うわ。言いたいことがあるならはっきり言えばいいのよ」
「苦笑いなんてしてるかな」
「自覚が無いの? 無理して笑っているって、すぐにわかった。なぜそんなに明るく振舞おうとしているのかわからないわ。気になってしょうがないのだけれど」
「だから、そういうところだよ。言い方がキツいんだ」
「キツいって? さっきも突っかかるなとかなんとか言っていたけど、私は別に突っかかっているつもりは無いわよ。ずっと事実を言っているだけ」
「そ、それで突っかかってないって……」
言いかけて、はたと思う。
淡々と話す彼女は、虚勢を張っている風ではない。相手を
思ったことをそのまま言っているだけなのでは。
そう解釈するのは、人が好すぎるだろうか。
「……で、でもさ、友達が欲しいんだろ? じゃあ、もう少し丸い言い方をするとか、こう言われたら相手が喜ぶなとかを考えて発言したほうがいいんじゃないか」
「嘘をつけってこと?」
「そうじゃなくて、相手の言っていることが間違っていたとしても、相手の気持ちを尊重したほうがいいんじゃないかってことだ」
「もし間違っていることを言っていたら、はっきりと訂正してもらったほうが私は嬉しいわ」
「…………」
少しも伝わらない。
もどかしさに頭を抱えた。
「……佐藤くんが言っていること、よくわからないわ。もう教室に戻る。あなたたちのせいで時間も無いし。私、邪魔されるのが嫌いなの。よく覚えておいて」
彼女はそれだけ言うと、一人でさっさと引き返してしまった。
愛華と並び、無言のまま見送ることしかできなかった。
「私、嫌われたのかな……」
「そんなこと言ってなかったぞ。大丈夫だよ」
「うん……」
慣れないフォローをしてみたものの、彼女はしゅんと俯いたままでいる。かなり落ち込んでしまっているようだ。
どうしたものかと思っていると、廊下の隅に設置された自動販売機が視界に入った。
「ジュースでも買うか? ミサンガのお礼に
元気づけるつもりで言ったが、彼女は首を横に振る。
「ありがとう。でも、私ももう戻るね。他の子にもミサンガを渡したいし」
口角を上げ「お礼なんていいよ」と付け加えてから愛華はとぼとぼと戻っていった。
財布の中の小銭を探しながら、再びため息をつく。
平穏に過ごしたいと願っていたのに、早々に他人と
「あれ?」
硬貨を投入し、コーラのボタンを押したのだが何も出てこない。
顔を上げる。
ボタンの中で、「売切」の赤い二文字が光っていた。
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