5.猫に鈴をつけたい。けど、

 ユディたちは場所を中央塔の会議室に移した。


 少人数用の会議室だ。長卓の両側には三つずつイスがある。

 ルージュたちは窓際側に、ユディは入り口側の席に回ったが、すぐに着席とはならなかった。

 ルージュと禿頭男が警戒するように周囲を見回す。


「オセロは普段どこに?」

「たぶん部屋だと思います。私の部屋を勝手に改造して住み着いているんです」


「改造?」

「ドアを開けると、元と全然違うんです。元より広くて豪華な部屋になっているんです」


 ユディから部屋について詳しい説明を聞くと、ルージュはあごに手を当てた。


「これまでの逃亡の手口から判断して、転移の魔法を覚えているのは分かっていたけれど……亜空間も作れるのね。

 時空間の魔法も習得済みというわけね。

 人間じゃ、専門の魔導士が扱う魔法だというのに」


 メガネ男が長机にドンとカバンを下ろした。

 中にはノートやファイルなどの紙書類がぎっちり詰まっている。

 ペンとメモ用紙を取り出すと、猛然と手を動かしはじめた。


「竜は魔法が得意ですけど、それでも珍しいんですか?」


 ルージュたちに反応に、ユディは首を傾げた。


「竜はいくつか先天的に魔法を覚えているものだけれど、時空間に関する魔法は違うわ。

 契約後に契約者が教えるか、竜自身が後から覚えるものよ」


 いうまでもなくオセロは後者だろう。

 ルージュは身を乗り出した。


「他にはどんなことを? ミセス=カラハから召喚の経緯と学園の結界を破壊しようとした話までは聞いているけれど、他にも何かした?」


「たくさんしてます」


 ユディも身を乗り出したところで、職員が人数分のコーヒーを運んできた。

 双方とも長話を始める前に、まずは着席する。


「魔道具を一度で壊してしまったり、他の幻獣を食べてしまったり、わざわざ人を苦しめるような消火方法をしたり、先生に反抗したり……。

 助けてくれることもあるんですけど、被害の方が大きくて」


 ユディはこれまでに起こったことを包み隠さず話した。

 ルージュたちから細かい質問をされれば、快く答える。

 話が終わると、ルージュたちは感嘆に似たため息をついた。


「思っている以上に、オセロは魔法のバリエーションが豊富ね。

 攻撃、防御、回復、時空間……この分だと、ひょっとしたら全分野をマスターしているのではないかしら。

 この学園の結界を単体で破壊する魔力量だけでもケタ外れだというのに、知識量もおそろしいわ」


 ルージュは両手で自分の両腕を抱いた。

 禿頭男とメガネ男も口元を引き締めている。


「オセロは、やっぱり強いんでしょうか?」


「強いわ。

 世間では王獣という見方が強いけれど、私の見解ではオセロは神獣クラスよ。

 皆がことごとく契約に失敗するのは、彼の実力を見誤っているからだわ。

 彼を竜と思わない方がいいのよ。竜の姿をした別の何か。怪物よ」


 ルージュはメガネ男のカバンから、ファイルを一冊取り出した。


「このファイルにはね、過去、オセロの召喚に挑戦した人たちの記録や、その写しをじてあるの。

 これを見て。これは召喚士ドミニオン日記の写しよ」


「ドミニオンって、あの? 神獣ル・ラドラの召喚を主導した?」


「そのドミニオンよ。

 オセロは現れなかったと書かれているけれど、内容はいいの。

 日付をよく見て、ユディ。何か気づかない?」


 回答を十分には待たず、ルージュは答えを興奮気味に語った。


「この日付はね、ル・ラドラの召喚の前日なの。

 つまり彼は、ル・ラドラを召喚する前に、まずオセロの召喚を試みているということ。

 ひょっとすると、ドミニオンはオセロを召喚できなかったからル・ラドラを召喚したとは考えられないかしら?」


「まさか!」


 ユディは反射的に否定した。

 千の幻獣を載せて出現する空中要塞ル・ラドラがオセロの次席扱いなんてことは、あり得ない。


「腕ならしとか、ついでに召喚しようとしただけなんじゃないですか?」


「そうかもしれない。

 けれどドミニオンがル・ラドラを召喚したのは、有象無象の妖虫・壺蟲に対抗するためだった。

 切羽詰まった状況で、遊びで危険と分かっているオセロを召喚したりするかしら?」


 なぜオセロを召喚の候補にしたのか。

 真実は本人にしか分からないことだ。

 ユディとルージュの平行線の議論は、どちらともなくそこで途切れた。


「ユディ、これを」


 ルージュは布張りの箱を机に置いた。

 何本もの細い金鎖を縄のようにって作られたチョーカーが入っていた。


 ただの鎖でないことは、よく観察すれば分かる。

 鎖はよく見れば一つ一つがそれとなく魔術文字をかたどっている。


「これは……幻獣につける枷、ですか?」


 討伐が難しくなるような中位以上の幻獣には、契約時に枷がつけられる。

 幻獣を従わせるため、幻獣が好き勝手に暴れないようにするための魔道具だ。


 枷は、持たされてみればずしりと重い。おそらく純金製だ。

 強力な魔道具ほど高価な素材が必要になる。 

 ユディはどれほど強力な枷かと身震いした。


「これは千手の魔神アシュラムに使われた枷の複製よ」

「アシュラムの!?」


 神獣クラスの枷だ。

 ユディは博物館に展示されてもおかしくない超一級品をすぐに箱に戻そうとしたが、手に握らされた。


「まずはこれをオセロにつけて欲しいの」

「枷なんて素直につけてくれるかどうか」


「そこはいいようよ。

 オセロは現界を楽しみたくて来ているのでしょう?

 これさえつけてくれたら現界への滞在を認めるとか何とか適当に理由をつければいいわ」


 ルージュはユディの手を握る。


「枷さえはめてしまえばこっちのものよ。


 この枷は、はめれば自動的にあなたや私を含む複数人との契約が成立するようにしてあるわ。

 そもそも王獣以上の幻獣というのは、一人で維持するのは負担が大きいから、複数人で契約するのが普通なのよ。


 筆頭契約者はひとまず召喚者であるユディになってしまうけれど、契約後であれば簡単に変更できる。

 ユディが契約を解除すれば、権限は次席契約者である私に移るようになっているから、あなたは晴れて自由の身。


 暴竜があなたに怒っても、ちゃんと私たちがいうことを聞かせて、大人しくさせるわ」


 ユディは眉を曇らせた。


「それは、いくらなんでも。勝手に一方的に契約を変更するなんて。酷いです」


 引け腰のユディに、ルージュは優しく微笑んだ。


「まだ暴竜に情けをかけるなんて。ユディはとても優しいのね。


 でもね、もう一度よく思い出して。

 暴竜がきてから大変だったでしょう?

 ここで心を鬼にしなければ、あなたは一生苦労するのよ?」


 ユディの脳裏を、これまでのことが駆けめぐった。

 特に初恋を爆笑された件は恨みが深い。

 ユディは反対し切れなかった。


「いい報告を待っているわ」


 会議室を出ると、日はとっぷり暮れていた。

 夕食の時間だ。そのまま食堂に下りる。

 トレイをもったウルティが、ユディに手を振った。


「席、取っといたよ。竜様がお待ちかねだよ」


 オセロはテーブルの上にあごを載せ、腕を投げ出していた。

 お腹減った、のポーズだ。


「ごはん取ってこようか? っていったら、無視されちゃった。

 ユディじゃないと嫌なんだね」

「……だれが持って行っても同じだと思うけど」


 下僕の役目など仰せつかってもうれしくない。

 ユディは普通のと、山盛にしてもらったトレイをテーブルに運んだ。

 屈辱だが、この生活もあと少しだと思えば我慢できる。


「嗅ぎなれないにおいがする」


 すんすんと鼻を利かせて、オセロがいう。

 ユディはぎくりとした。


「だれと会ってた?」

「あはは、ユディ。竜様が浮気を疑ってるよ」

「浮気って、ウルティ。女の人だから。べつに何もないよ」


 ユディは膝にある枷入りの小箱を意識した。

 オセロは勘がいい。うまく切り出さないと、たちまち真意を気づかれてしまいそうだ。


 シチューをすする。

 食堂の入り口に天使様の姿を発見した。

 こちらに向かって遠慮がちに手を振っている。

 ユディはオセロに気取られないよう、わざとシチューで制服を汚し、お手洗いを装ってそっと席を立った。


「こんばんは、ユディ。これ、ルジェから。決闘の日時。

 僕もご指名ってことだったんだけど――」


「呼びつけてしまってすみません。

 決闘相手に私の竜も含まれているんですけど、その、実は、その竜が」


「知ってるよ。分かってる。オセロでしょう?

 ありがとう、僕も呼んでくれて。助かるよ。

 普通の竜ならまだしも、オセロが相手じゃルジェも瞬殺だ」


「スペイドさんに暴竜オセロってことはいいました?」


「ううん、どうせ言っても止まらないだろうから。

 正体聞いて、何もせず負けを認めて引くほどまだ大人じゃないよ。

 ちなみに、オセロの手加減って期待できそう?」


 ユディは苦い顔をした。


「一応、希望はあります。オセロに枷をつけられればなんとかなるかも」

「枷って、幻獣の?」


「召喚士協会の人たちが魔神アシュラムにつけたのと同じ枷を貸してくれたんです」

「それはすごい。はめられればオセロといえども大人しくなるかも」

「はめられれば、ですけど」


 ユディも天使も嘆息した。

 猫に鈴をつけるのことと同じだ。


「枷がはめられなかったときは、ともかくオセロを呼ばずに試合を終わらせるのを目標にします」

「こっちも最悪、僕が盾になるよ。僕がオセロに瞬殺されれば、ルジェもさすがに思い止まるだろうから」


 天使と別れて正面を返し、ユディはあわてた。

 他の生徒が通った拍子に、ユディの席から小箱が落ちた。

 ウルティがこぼれ出た中身をふしぎそうに拾っている。


「お帰り、ユディ。これ何?

 きれーい。高そう。重いし、金入ってない?」


 ウルティの無邪気な質問に、ユディはうろたえる。

 オセロは当然こっちに注目していた。


「でも、ユディの趣味じゃなさそうだよね、このチョーカー。

 だれかにプレゼント?

 あ、これ、わかった。竜様用の枷でしょ!」


 見事に言い当てられて、ユディは心臓が飛び跳ねた。


「すっごい手が混んでるね。

 鎖の一つ一つがよく見たら魔術文字だ。


 まさかオーダーメイド?

 そうなんでしょ。それならユディが普段会わない人と会ってたのも、説明つくもんね。

 これを受取りに行ってたんだね」


 手を叩いて、ウルティははっと気づいた。

 うろたえているユディとオセロを見比べ、気まずそうにする。


「……ひょっとして内緒だった?」


 ウルティは黄金のチョーカーをすぐに元通りにしまおうとしたが、オセロが手を出した。


「貸せ」


「はい竜様。

 えへへ、こんな凝ったの用意するなんてさ。

 枷だけど、なんかもうユディの愛を感じちゃうね」


 オセロはしげしげとチョーカーを観察した。

 ユディの鼓動が早まる。


「俺用?」


「夏休み、一緒に帰省するならつけて欲しいなって。

 うちは幻獣がたくさんいるから、何にもしてないと、他の子が脅えると思って」


「ふーん、なら仕方ないな」


 オセロは素直にチョーカーを自分の首に回した。

 至難と思ったことがあっさりと現実になり、ユディは返って心を揺さぶられた。


 何も話さないままオセロに枷をはめてしまうのは、幻獣を、自分をも裏切ることに思えた。

 とっさにチョーカーを奪い返す。


「何する」

「や、やっぱり、これはちょっと強すぎるから。別のにしようと思って」


「それでいいのに」

「ダメなの!」


 ユディはさっさと箱にしまった。


 心の中で何度も何度も自分をバカバカバカバカとなじる。

 枷をはめるチャンスを失った。

 せっかく自分が自由になれるチャンスだったのに。

 明日を穏便に乗り切るチャンスだったのに。


 でも、仕方ない。

 結局、自分は幻獣が好きでしょうがないのだ。

 信頼を裏切るようなことはことはできない。


「で、決闘の日時は?」


 オセロがつまらなさそうに口をとがらせ、パンを食いちぎる。

 天使が来ていたことに気づいていたらしい。


「――明日の十一時だって」

「よし。帰ったらよく寝て備えるか」


 ユディは明日十時と書かれたメモをよく破って、食堂のごみ箱に捨てた。

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