3.帰ってって言ってるでしょおおおお!

 期末試験がはじまり召喚実習の試験日がやってきた。

 山に入るので、生徒たちはいつもの制服ではない。

 屋外実習用の軍服に似た制服に、山歩きに必要なものを詰めたバックパックを背負っている。


 学園で、現地で魔獣退治というのは初めてのことだが、生徒たちの意気は高かった。


「小型魔獣二匹を退治できれば、召喚実習と魔法実習の試験を両方をクリアなんだって。ラッキーだよね」


「ガイコツ先生の試験、難関って評判だもんね。

 あの先生、過去に一度も満点を出したことがないらしいよ。意地悪い。

 魔獣退治の方が気が楽だよ」


 同級生たちの話にユディも同感だった。


 ユディは魔法がさほど得意でない。

 魔獣退治の際には、ユディ自身も魔法を使わなければならない場面もあるだろうが、ホイスト先生の前で実演させられるよりは気楽だ。


 試験前に、ホイスト先生が集まった生徒たちに注意事項を話し出す。


「小型魔獣といえど魔獣は魔獣だ。決して油断するな。


 魔獣だけでなく山自体にも注意しろ。

 山にはヘビやハチ、毛虫といった害虫もいる。慣れた山でも迷う危険もある。


 一人一枚、この札を持って行くように。

 これは教員が諸君らの居場所を把握するための物だ。

 失くしたら野垂れ死んでも知らんぞ。


 最後に、他の生徒に注意しろ。

 今日は魔導士志望の生徒も、召喚士志望の生徒も、両方山に入る。

 魔法を使ったり幻獣を使ったりする時は、周囲に人がいないか気を配るように。

 あそこに回復士の生徒を呼んでいるから、出発前に防護魔法を受けろ。


 では各自、準備が整ったら出発」


 ユディは魔獣退治にあたって下位幻獣を二匹呼び出した。


 一匹は下級の風の精霊シルフ。探索用だ。


 もう一匹はスライム。退治用だ。

 なんでも捕食するという以外に特別な能力はないが、逆に味方に危害を及ぼす可能性は格段に低い。

 今日のように大勢で退治を行う時には安全性の高い幻獣である。


 見回りに来たカラハ先生が感心した。


「いい選択ですね。的確です」

「ハートマン君、契約獣は?」


 一緒にやってきたホイスト先生は、表情筋をぴくりとも動かさなかった。


「今回の試験は、いなくてもいいとカラハ先生が」


「公平を期すため、今回の試験、魔導士志望の生徒はカラハ先生が、召喚士志望の生徒は私が合否を下すことになっている。

 君の試験官は私だ。

 契約獣を呼びたまえ。他の生徒にも呼ばせているんだからな」


「……呼んでも来ないです」


 だいたい、この場にオセロを呼んだら阿鼻叫喚だ。

 先日のオセロによる幻獣捕食事件は生徒たちに恐怖を植え付けている。

 カラハ先生が遠慮がちに口を挟んだ。


「ホイスト先生、免除を。竜がいると怯えてしまう幻獣もいますから。試験に差し障ります 」

「まあいい。それならハートマン君、君のノルマは四匹だ」


 倍だ。ユディは胃が重くなった。


「それが公平というものだろう。

 なお、ノルマが達成できなかった生徒は、追試として通常の試験を受けてもらうので、そのつもりで」


 ユディが内心悲鳴を上げると、後ろで本当に悲鳴が上がった。

 ウルティだ。虫が苦手なので小型魔獣の退治という試験すら苦難だ。その上追試になったら悪夢である。


「お互いがんばろうねえ、ユディ」

「うん」


 気は重いが、以前ウルティに語ったように、ユディは下位幻獣の退治なら慣れたものだった。

 シルフに周囲を探索させ、一時間ほどで魔獣化したムカデとハチをスライムに捕食させる。


 運が良かった。ハチは巣ごと魔獣化していたので、巣ごと捕食させて一網打尽だ。

 ノルマの四匹を軽く超えた。


「……さすがにハチの巣丸ごと捕食すると、結構グロいなあ」


 ユディは戻ってくるスライムに率直な感想を漏らした。


 今回の退治は、退治の証拠として魔獣の一部を持って帰らなければならない。

 スライムならば消化し終えるまでの間、退治した魔獣が内部に留まるので、わざわざ自分で持ち歩かなくていい。


 それもあってスライムを選んだのだが、透けた体にみっちりハチと幼虫が詰まっているのは見た目がよろしくなかった。魔獣ハチのゼリー寄せである。


「ウルティが見たら気絶しそう」

「ぎゃっ、何アレ! キモ! 新手の魔獣!?」


 悲鳴を上げたのは魔導士の生徒だった。

 止める間もなかった、電撃がスライムを襲った。


 ユディは思わず、げ、と汚い声をもらした。

 スライムの身体が霧散する。死亡し、幻界へ強制送還されたのだ。

 結果、スライムから解放されたハチの魔獣が飛び出してくる。


「きゃああああ! ウソウソウソウソ!」


 ユディは滅茶苦茶に杖を振って、魔法を乱発した。

 なかなか当たらず威力が足らずでムダに魔力を消費するだけだったが、スライムを退治した魔導士が火炎の魔法で一気に片づけてくれる。


「大丈夫だった? 危なかったね。

 ああ、魔獣。最大火力でやったから、ほとんど原型残ってないなあ。

 大丈夫なのはこれと、これくらいかあ。

 じゃあね、お互いがんばろうね」


 魔導士は魔獣の死骸を拾い上げると、笑顔で軽やかに去っていった。


 完全なる親切心。

 他人の召喚獣を倒してしまったと気づいても無いし、獲物を横取りしたという自覚もない。

 ユディはただただ、笑顔を張り付けて手を振るしかなかった。


(や、やり直し……)


 ハチの魔獣は魔導士が拾っていった以外は炭と化していた。

 最初に退治した魔獣ムカデも同様だ。

 シルフが心配そうにユディの周りを飛び回る。


「仕方ないよね。こういう事故もあるよね。ケガがなかっただけ儲けもの。次行こう、次」


 ユディは立ち上がろうとして失敗した。

 足に力が入らない。腕にも。身体が重い。

 周りを飛んでいたシルフの姿が徐々に薄れ、そよ風に溶け消える。


(なんで――?)


 とりあえず人目につく場所まで、と思って這っていたのは覚えているが、ユディは途中で意識を失くした。


 次に目を開けたとき、ユディは黒いうろこのある体にもたれかかっていた。

 オセロの身体と気づいて飛び起きる。

 いつの間にか辺りは薄暗くなっていた。日は傾き、茜色の空が仰げる。


「起きたかね、ハートマン君」


 ユディを囲うように広げられた竜の翼の向こうに、ホイスト先生が立っていた。


「魔力切れで倒れるとは。

 しかも昏倒するほどの完全な魔力切れで。

 そういうのは中等部までに済ませておく経験だと思うがね」


 ユディはシルフが消えたわけを理解したが、眉をひそめた。

 今日は下位幻獣を二頭召喚し、魔法を乱発したが、それだけで昏倒するほどの魔力切れになるのは腑に落ちない。

 オセロが鼻先を押し付けてくる。


「おまえ、俺の維持魔力を勘定に入れてないだろ」


 契約獣を現界に維持しておく魔力が必要だ。

 ユディはようやくこの事態に得心し、唖然とした。


「私、所持魔力の大半をオセロに食われてるってこと?

 嘘でしょ、どんだけ大食らいなの?

 起きるまで守っててくれたことはお礼をいうけど、それなら幻界に帰ってよ。一時的にでも!」


「ん? ずっと一緒にいたい? わかったわかった。絶対帰らないから安心しろ」

「帰ってって言ってるでしょおおおお!」


 ユディは押し付けられる鼻先をべちべち叩いた。

 ホイスト先生が近くの木の幹を鞭で叩く。


「試験は終了だが。ハートマン君、君の魔獣退治の成果は?」

「……捕食させていたスライムを、誤って他の生徒に討伐されました」

「証拠は?」


 当然来るだろうと思った反論に、ユディは押し黙る。

 スライムを倒した生徒の顔もあいまいだ。

 苦渋の思いで申し出る。


「追試を受けます」


「君に関しては追試は必要ないだろう。

 呼んでも来ないと言っていた竜も来たことだ。

 今から退治をやり直したまえ。その竜を連れていれば簡単だろう?」


 ホイスト先生は意地悪く竜を見た。


「いいか、山の魔獣を始末しろ。全部だぞ」

「全部!?」

「明日の朝までに終わらなかったら落第だ」

「朝までに!?」


 無茶な注文だ。ユディは絶望したが、ホイスト先生は冷淡に付け加える。


「ああ、もちろん山を燃やすとか、山を破壊するとか、そういうやり方は却下だ。

 即刻退学にするからな」


 では、とホイスト先生はきびすを返した。

 背を向けた瞬間、オセロはそれまでユディにすりつけていた鼻先をホイスト先生の方に向けた。


「待てよ、ガイコツ野郎。てめえも残れよ」

「なんだと?」

「後から難癖つけられちゃたまらないからな。

 全部俺が片付けるところを見てろ。その目で」


 オセロの金の目が夕闇の中できらめいた。

 地面を突き破って木の根が飛び出し、ホイスト先生を囲った。


「さー、魔獣ども、寄ってこい。エサだぞ。骨と皮ばっかで食いではないけど」

「貴様、俺を囮にする気か!」

「まずは一匹」


 草むらから黒く大きなバッタが飛び出てきた。

 オセロがフッと、炎の息を吹きかける。

 二匹目、三匹目のバッタが檻をかいくぐり、ホイスト先生の身体に飛びついた。


「くそっ」

「おっと、てめえは手出しするなよ。俺に全部やれって言ったよな?」


 ホイスト先生の手から短鞭がすっぽ抜けた。


「中に入ってきた分はどうしてくれるんだ!」

「こうする」


 ホイスト先生の身体を白い光が包んだ。


「随時ダメージを回復する魔法。これなら文句ないだろ?」

「な――!」


 ホイスト先生が青くなったように、ユディも頬が引きつった。

 魔獣を倒しもしないで回復魔法だけ。

 傷を食らっては癒され、傷を食らっては癒され、の無限ループだ。


「ふざけるな! ここから出せ!」

「まあまあ、死にはしないんだから待っててくれよ。

 こっちは忙しいんだよ。ちまちま倒せって指定されたからなあ」


 オセロは寄ってくる小型魔獣にひたすら炎の息を吹きかける。

 普段使っている魔法の高度さ、複雑さを思えば、あきらかな手抜きだ。

 ホイスト先生は苦労してバッタを檻の外へ追い出した。


「ユディ、俺から離れるなよ。俺の周りは結界貼ってあるから魔獣寄ってこないから」

「もう帰りたいよ」


 オセロの独壇場に引きずり込まれたホイスト先生の災難が見ていられない。


「いいぜ、部屋に戻って一緒にもう一眠りするか。

 起きた頃には魔獣もいい感じに集まってるだろうし」

「全然眠くないから引き続きお願いします!」


 ユディはささやかな助け舟を出してみる。


「もうあんまり寄って来なくなったね。終わりでいいんじゃないかな?」

「この辺りのはな。遠くにいるのもおびき寄せないと」

「もういい。終わりでいいから」


 ホイスト先生も終了を告げるが、オセロが聞いているわけがなかった。


「やっぱり魔獣狩りには血と肉のにおいが必要だよな?」


 青ざめたホイスト先生に、頭から何かが降り注いだ。

 くず肉と臓物たちだ。どこかの解体場から失敬したのだろう。


 生臭いにおいに惹かれて、また山がざわめく。

 いっそう遠くから魔獣たちが寄ってくる。

 リスやネズミたちが檻に飛びついて、その立派な前歯で檻を噛みはじめた。


「ひっ! ひいいっ! やめ、やめろ! 来るな! かじるな!」


 慌てふためくホイスト先生に、オセロが目を細めてニタニタ笑う。


「泣け、騒げ、わめけ。もっと、もっと。

 魔獣どもは獲物の悲鳴に集まるからな。

 山中に聞こえるように泣き叫べ」


 山にとオセロの哄笑とホイスト先生の絶叫が響く。


 退治が終わるころにはホイスト先生は白目をむいて気絶していたが、ユディはちゃんと実習試験に合格をもらった。

 もちろん、満点で。

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