2.暴竜様にスキが生まれる時

 翌日、ユディは再びカラハ先生の元を訪れた。

 今度はオセロに脅かされて契約獣が作れないことの相談だ。


「またあの暴竜は……あなたに何の恨みがあるのか。

 大丈夫ですよ、今年は試験内容が大幅に変更になりましたから。

 必ずしも契約獣は必要ではありません」


 カラハ先生は眉間を押さえながら答えた。


「次の実習で発表するつもりでしたが、今年の試験は裏山の魔獣退治にしました。

 三年生には大型魔獣を、二年生には中型魔獣を、一年生には小型魔獣を担当してもらいます。


 退治となると、時と場合によって使う幻獣を変えますからね。

 必ず契約獣を使うとは限りませんので、いなくとも構いません。

 前期試験はともかく魔獣退治のノルマをこなせば合格にしますよ」


 ユディはほっと胸をなでおろした。


「オセロのことはもう少し我慢してくださいね。

 召喚士協会には報告しましたし、現在、協会側も策を練っているようですから。

 夏休みに入る前には対応するといっていました」


「よかった。後期からは普通の生活に戻れるんですね」

「相手が相手なだけに絶対、とはいえませんけれど」


 カラハ先生は慎重な姿勢だったが、それでもユディは気が楽になった。

 オセロと別れられるという希望があるだけでも救いだ。


 寮の自室に戻る。

 簡素なドアとは裏腹な豪奢な部屋に帰ると、暇人のオセロはローテーブルでトランプタワーを製作中だった。


「ただいま」

「ドア、静かに閉めろよ」


 ユディは音も振動も立てないよう、細心の注意を払ってドアを閉めた。

 オセロは立てた二枚のトランプから慎重に手を放す。忌々しげに吐き捨てた。


「さっき寮の管理人とかいうのが騒々しくやって来たせいで、一回崩れた。

 後二段だったのに」


「まさか部屋の中、見られたの? 改造するなって怒られたでしょ」


「なんで女子寮に男がいるんだとか幻獣でも非常識とか部屋を改造するなとかごちゃごちゃうるさかったから」

「戻す気になった?」


「向こうの頭の中も改造して解決した」

「怖いよ」


 そういえばさっき珍しく管理人さんが寮の補修をしていたなあ、とユディは思い返した。

 寮生たちはあの怠け者の管理人がせっせと働いているなんてと驚愕し、談話室では明日は雨だと騒がれてた。

 オセロの改造の余波かもしれない。怖いことだが、助かるといえば助かる。


「おまえ宛てに手紙が来たぞ」

「実家からだ」


 差出人は母親だった。

 実家の近況とユディの学園生活を尋ねる文が書かれているが、本題は夏休みのことだった。

 分かり次第、帰省の日時を知らせて欲しいと書いてある。


「期末試験が終われば九月まで夏休みかあ。久々に実家に帰れるや」

「山と畑と山と畑と山と山のとこな。何にもないけど、のんびり寝るにはいいところか」


 ユディはオセロが自分の故郷を知っていることに引っかかりを覚えたが、手紙の住所を見ているなら不思議はない。


 それよりも、オセロが帰省についてくる気でいることの方が驚きだ。


「山も良いけど海行きたい海。海も連れてけ。一ヶ月休みなんだろ。遊べ」

「海好きなの?」


「虚鯨モーヴが海の水全部飲めるか興味ねえ?」

「どういう遊びをしようとしてるの!?」


「あいつ全てを飲みこむって評判だけど、逆さ吊りにしとくと全部リバースするんだぜ?

 まあ、吐き出しはじめるまでに何日かかかるんだけど。

 海の水全部飲めるか試した後は、何日でゲロるか賭けようぜ。

 負けた方がアイスおごりな」


「やったことあるの!?」


「題して『虚鯨モーヴ、海の水全部飲めるか試してみた』。

 『月刊・召喚ライフ』が読者に『夏休みの幻獣自由研究』を募集してたから、投稿するぞ。目指せ大賞」


「研究内容が自由過ぎるよ!」


 大炎上確定だ。

 神獣相手に冗談だろうが、オセロの感性は一般からかけ離れていて、ユディはぐったりする。


 同時に、先々の予定について気楽に語るオセロに、ちょっと胸が痛んだ。

 オセロはこの先も自分と一緒だと信じているのだ。

 別れを待ち焦がれている自分に罪悪感を覚えた。


(幻界に帰されたらショックかなあ)

(約束守らなかったって恨まれる?)


 ユディの心を同情と懸念がかすめた。


「おまえはなんかしたいことあんの?」


 また一組、トランプタワーに札を追加しながら、オセロが尋ねてくる。


「特には。帰ったら家の手伝いしようとは考えてるけど。

 そうだ、毎年恒例の夏休み幻獣博覧会には行きたいかな。

 夏は三日間も開催されて大々的なんだよね」


「じゃあ、こうだな。田舎に三日帰省して一時間幻獣博覧会に行って、残りは海。完璧」

「ささやかに私の希望も取り入れてくれてどうもありがとう」


 勉強机の引き出しに手紙をしまって、振り返る。

 当然だが変わらずオセロはそこにいる。


 自分の他に人がいる、ということがユディは単純に嬉しかった。

 帰ってきたらどうでもいいような些細なことを話す。

 一応、ルームメイトといっても良いのだろう。幻獣だけれども。


 いなくなると淋しくなる。


 ユディはしょんぼりしたが、すぐに思い直した。

 いなくなったらオセロ以外の幻獣を呼べばいいのだ。

 オセロがいなくなれば契約獣だって作り放題である。


 むしろもっとにぎやかで穏やかな日々になるのでは、と気づいた。


「オセロは現界で一番何がしたいの?」


 早く幻界に帰って欲しいが、曲がりなりにも命の恩人だ。

 ユディはせめて一番やりたいことくらいは叶えてあげたくなった。


「……一番は、待ってる。人を」


 オセロはトランプの札をもてあそんだ。


「だれかと待ち合わせてるの?」

「なかなか呼ばれないから、とうとうこっちが現界に来るハメになった」


 トランプタワーの頂点にスペードのAとハートのQが立つ。

 見事、六段のトランプタワーが完成した。


「だれ? だれと待ち合わせてたの?

 呼んでこようか? 連れてこようか?」


 オセロは人から求められることはあっても、オセロの方から人を求めることがあるとは思わなかった。

 想定外の願い事だ。ユディは思わず身を乗り出す。


「ひよっこ。大好きなシロは早く呼ばないのか」


 オセロがタワー作りで余ったジョーカーの札を投げつけてくる。

 待ち合わせ相手を教えてくれる気はないらしい。


「だってオセロ、いじめるでしょ」

「そっちこそ、俺が連れてきてやろうか。親愛なるご主人様のために」


「……いじめない?」

「そんなにシロが大事か?」


 シロのことを教えてしまうのは不安だったが、もう半ばバレている。

 ユディは素直に吐いた。


「もしオセロがシロを食べちゃったりしたら私、ショックで召喚士やめると思うから。絶対やめてね」

「へー」


 オセロは足を組み、載せた足に頬杖をついた。興味津々で見上げてくる。


「シロは無口でおとなしい幻獣なの。

 出会ったときはすごく乱暴だったけど、あれは怯えてたんだろうね。

 繊細な子なんだと思う。


 見た目もその通りなんだ。

 真っ白で真珠みたいにきれいで、ヒト型になるとはかなげな美少年なの。

 学園に来てる天使様に雰囲気似てるかな。


 シロはしゃべれなかったし、人語が分かっているかは怪しかったけど、とっても賢いんだよ。

 ゲームが強くて、お兄ちゃんたちにも勝っちゃうし。

 ピアノを教えてあげたら、すぐに覚えて私より弾きこなしちゃったりするんだ。

 人間だったら、いいところのお坊ちゃんって感じに上品」


「ほー」


「優しくてね。

 転びそうになったところを助けてくれるし。

 私が男の子にお菓子を取られたら、ゲームで取り返してくれたりもしたし。

 ……私にとっては白馬の王子様」


 ユディが頬を赤らめながら告白すると、オセロが盛大に吹き出した。

 腹を抱えて笑い出す。

 頬杖も足組みも崩れ、せっかくできあがったトランプタワーが崩壊した。


「オセロ、人の初恋を笑うのやめてくれる!?」

「初――」


 抗議すると、オセロは爆笑した。

 ソファから転げ落ち、バンバンとローテーブルを叩く。

 息も絶え絶えに言葉を絞り出した。


「おま……追い打ちかけんのやめろ」

「なにがよ。なんでそんなに笑うの? 人の思い出を笑うのはやめて!」

「やばい。ここ千年でダントツに笑った。くっそ楽しい」


 ユディが怒れば怒るほど、オセロは笑った。腹をよじって身悶えする。


「うわ。やば。死ぬ。

 笑い死にで幻界に強制送還とか、笑えないけど笑える。

 すげーな、おまえ。俺にここまで命の危機を感じさせたのおまえだけだぞ」


「トドメ刺そうか?」


 ユディは真顔で分厚い幻獣辞典をかまえた。

 なんとか笑いを納め、ソファに這い上がったオセロに怒鳴る。


「もう、やっぱりあなたなんか嫌い! 早く幻界に帰って!」

「俺を幻界に帰したきゃ、俺を倒すんだな。絶対無理だけど」


 オセロはべーっと舌を突き出し、憎たらしいほど余裕の笑みを浮かべる。


「ユディ」


 不意に名前で呼ばれ、ユディは心臓が跳ねた。


「契約獣作るの許可してやるよ。そいつの俺への絶対服従を条件にな」

「それ実質オセロの契約獣だよね?」


 ソファを頼りに立ちあがるオセロに、ユディはトランプの箱を投げつけた。

 その後もオセロはベッドに向かうまでに、何度も思い出し笑いをした。

 壁や柱を頼りによろよろとベッドにたどり着く。


 ユディが見た中で一番苦しそうで一番スキだらけの状態というのが、また腹立たしい。

 本人にその気がなくてもおちょくられている感が増す。


(やっぱり話すんじゃなかった!)


 ユディは盛大に後悔し、その夜、笑い声が聞こえるたびにベッドに物を投げた。

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