落ちこぼれ召喚士、最強竜を召喚してしまう

サモト

序章

大事な大事な約束

「開け、幻界げんかいの扉。

 我が心、我が願い、我が誓いを聞け。

 く来たれ、この呼び声に応じて。

 出でよ、我が朋友ほうゆう!」


 召喚士が杖をかざすと、虚空に展開された魔法陣から赤く燃える鳥が出現した。


 上位幻獣フェニックス。炎をまとう不死の鳥。

 甲高い鳴き声を一つ響かせ、馬車を追う魔獣に向かって一直線に降下する。


 朱金の炎が流れ星のように宙を駆け、魔獣とぶつかった。

 魔獣は魔力のたまり場で動物や植物が変質、変化してできる怪物だ。

 元は狼だったと思われる巨狼は、毛と肉の焼ける臭いをまき散らしながら、荒々しく敵に牙をむいた。


「焼き尽くせ!」


 召喚士の命令に応えて、フェニックスが鋭く鳴く。

 炎は火勢を増して魔獣を包み、十秒と経たないうちに黒焦げにする。

 馬車はようやく止まることができ、乗客から召喚士に拍手と歓声が送られた。


「――すっごいねえ!」


 ユディは広野を見下ろせる高台でぴょんぴょん飛び跳ねた。

 薄ピンクの髪を揺らし、髪と同じ色の目をきらきら輝かせながら、腕に抱えた小さな幻獣に早口に語りかける。


「見た、見た? フェニックスだよ。フェニックス!

 クラス上位。不死の特殊能力持ち。

 きれいだよね。燃えてなくても羽根は色とりどりで、長い尾羽がすてき。

 それでいて強いんだもん。火の魔法も風の魔法も使える。両方合わせれば広範囲攻撃もできちゃう。すごいよねえ」


 ユディはいつも持ち歩いている幻獣辞典を開いて、腕の中の幻獣に見せてやる。

 相手が読める読めないは関係ない。

 新しくできた友達と、ともかくこの感動を共有したい気持で一杯なのだ。


「ユディ、来てたのか。その幻獣はどうしたんだい?」


 魔獣を退治した召喚士が、フェニックスの足につかまって高台へ飛んできた。


 召喚士が大地に下りると、フェニックスはヒト型に姿を変える。

 幻獣が本来の姿を変えてヒト型になるのは、召喚士への好意の表れだ。

 ユディは父を誇らしげにした。


「三日前に山で拾ったの。お父さん、これ何かわかる?」

「どれどれ。幻獣辞典を丸暗記してるユディに分からないなんて。まさか新種かな?」

「姿はサラマンダーに似てるんだけど、細かいところが違うし。なんだろうね?」


 ユディは幻獣を両手で持ち、父と一緒にしげしげと観察した。


 サラマンダーは火の精霊で、姿はトカゲに似ている。体色は赤、目は黄色だ。


 ユディの拾った幻獣もトカゲに似た姿だが、サラマンダーより小さくほっそりしていた。

 体色は白で、目は鮮やかな金。尾は長く優美だ。

 繊細そうな印象があるが、サラマンダーと違って爪は鋭くウロコは厚い。

 口を開かせてみれば小さな牙がびっしりと生えていて、見かけによらず獰猛どうもうそうだ。


 口をこじ開けたユディの父がさっそく噛まれる。


「痛たたた。気性が荒そうだな。

 サラマンダーは穏和だから、こんなことくらいじゃ怒らないのに」


「じゃあ竜かな。竜の何かの変種?


 いいなあ、竜。強い幻獣といったら、の代表だよね。咆え声一つで他の幻獣たちが脅えちゃう。


 性格は荒っぽいし、牙も爪も鋭くて、ウロコは硬くて、シルエットはゴツゴツしてて見るからに怖いけど、かっこいいよねえ。飛んでる姿は本当にきれい。


 朝日を浴びながら飛んでいる姿を見たことがあるけど、ウロコが宝石みたいだったなあ。


 シロのウロコもきれいだね」


 ユディは再び幻獣――シロを抱きしめ、頭をなで、のどをさすり、頬ずりする。


 ユディは幻獣が大好きだ。しかしまだ幼い。いくら召喚の方法を熟知していようとも、幻獣を召喚することは許されない。


 召喚できるようになるのは所定の年齢になり、初級召喚士の資格を得てから。

 森で幻獣を拾えたことは降って湧いた幸運だった。


「シロはだれとも契約してないみたいなの。

 だれかが召喚して、契約はせずに放って置いちゃったのかな?

 それともたまたま開いた扉から、現界げんかいに迷い込んできちゃったのかな?」


「どうだろうね。

 どちらにしろ、ユディ。幻獣を幻界に帰してあげないと。

 お父さんが幻界への扉を開いてあげるから、送ってあげなさい」


「ええ!? やだ! まだシロといる!」


 ユディは幻獣を抱え込んだ。


「せっかく仲良くなってきたところなのに嫌。

 わざわざ送らなくても自然に幻界に帰っちゃうんだから、それまでシロと居させて」


「でもね、正体の分からない幻獣はどんな危険があるか分からないし」


「大丈夫だよ。シロは安全だよ。

 一緒に遊んだりごはん食べたり寝たりしてるもん。昨日はおふろも一緒に入ったし。

 最初は噛まれたし引っかかれたし炎吐かれたけど。今は仲良しだから。

 たまに噛まれるけど。うん。大丈夫」


「お父さん、大丈夫じゃない気がするけどな!?」


 父親はたくさん生傷を作っている娘を不安そうにした。


「愛情のゴリ押しはよくないよ。やっぱり幻界に帰そうね」


「やだーやだーやだー! シロと離れるくらいなら私も幻界に行く!」


「ナチュラルに死ぬっていわないで! 人間が幻界に行くっていったら、ほぼ死ぬのと同じだから。お父さん泣くよ!」


 父親がユディから幻獣を取り上げようとすると、迷子の幻獣に変化が起きた。


「わ――っ!」


 ユディは驚喜する。

 迷子の幻獣がヒトの姿に変わったのだ。


 年のころはユディと同じくらい。男の子だ。

 顔立ちが整っているのと、金目に白髪、白肌という薄い体色のせいで、薄幸の美少年といった形容がぴったりの外見だ。


「すごい! シロは変化の魔法が使えるんだね!」


 ユディはシロに抱き着いて大喜びし、父親に仲の良さをアピールする。


「幻獣がヒトの姿になってくれるのは、好きっていう気持ちの表れなんでしょ?

 これはシロも私のこと好きってことだよね。ね? お父さん」


「基本はそうだけど、騙すためっていうのもいるからなあ……君、種族は?」


 シロは返事をしない。かすかに首を傾げる。

 前髪がさらりと流れるさまには、思わず守りたくなるような儚さが漂っていた。


「しゃべれはしないのかな? 人語が分からないのかな?」

「変化魔法を使えるくらいだから、知能は中位幻獣なみだと思うんだが――」


 父親は迷子幻獣を不審そうにながめ回していたが、正体は分からずじまいだった。

 耳にあるカフス型の魔道具がうるさく鳴る。


「召喚士協会からか」


 ユディは魔道具のアラーム音が嫌いだったが、今日ばかりは喜んだ。

 父親が仕事に出かけて行くきっかけになるその音がいつもなら憎いが、今日は歓迎した。


「お父さん、お仕事?」


「大変だ。暴竜オセロが召喚された。召喚士数名に重傷を負わせて逃亡中だ。

 アレは呼ぶなというのに。危険なやつだってことが常識になってるのに。なんで試すやつが後を絶たないんだ。

 事前申請もなしにやって、数日経ってから協会に失敗の連絡が来るとか――ああ、もう」


「いってらっしゃい! がんばってね!」


 ユディは話の途中で、ぶんぶん元気よく手を振った。

 早く行ってといわんばかりの娘の態度に父親は泣いた。

 再びフェニックスの足にぶら下がると、シロを不審そうに一瞥する。


「ユディ、なるべくお母さんと一緒にいるようにね。

 兄さんたちとでもいいけど、ともかくシロと二人きりは止めなさいね」


「はーい」


 ユディはシロを信用していない父親を不満そうに見送った。

 邪魔者がいなくなると、シロの手を取って帰路につく。


「暴竜オセロかあ。

 オセロは黒竜でね、すごい強いんだよ。

 だれも契約できたことがないから分からないけど、上位は確実。

 竜族最強っていってる幻獣もいるから、上位より上の王獣クラスかもしれないんだって。

 ひょっとしたら神獣クラスっていうウワサもあるくらいなんだよ。


 ただね、性格が最悪なの。

 召喚には気まぐれにしか応えないし、来てもいうこと聞かないんだって。

 性格も自分勝手でイジワルなんだって。キョーボーでキョーアクなんだって。


 シロ、幻界で見たことある?」


 シロは何も知らない様子で、ただ静かにほほ笑んでいる。

 鮮やかすぎる金色の目はギラギラしていて、ユディは少しだけ寒気を感じた。

 しかし、シロの手を放しはしない。


「でも、それはそれでいいよね。

 気ままで自由なところが竜らしいっていうか。

 ああ、でもでもでも! オセロがだれかの契約獣になって、皆のために戦ったら、すっごくかっこいいだろうなあ。

 そんなに強いなら大活躍まちがいなし! 完全無敵のヒーロー! そう思わない!?」


 ユディは繋いでいる手を元気よく振り回し、勢い余って離した。

 ついでにバランスを崩してよろめくが、シロに助けられる。


「ありがと、シロ」


 自分の腕をつかむ手を意識して、ユディはちょっと頬を赤らめた。

 どちらかと言えばいじめられっ子なユディは、元気のよすぎる男の子は苦手だ。

 シロのようにおとなしい男の子の方が親しみやすく好みである。

 微笑を向けられると心臓が跳ねた。


「シロ、私と一緒で楽しい?」


 ユディには、今のシロの微笑はこれまでと違うように感じられた。

 何がそうさせたのか分からないが、形だけだった微笑にちゃんと感情がこもっているように見える。


 試しにもう片方の手も取ってみれば、指を絡められた。

 初めて心が通じ合った気がして、ユディは胸がいっぱいになった。


「シロがずっと現界にいてくれればいいのにな。

 私が召喚士だったら、すぐにでも契約するのに」


 ユディは物欲しそうにシロをながめた。


「私ね、大きくなったら召喚士になるの。

 お父さんやお母さんやお兄ちゃんたちみたいに、幻獣と一緒に皆の役に立ちたいから。

 だからシロ、私が召喚士になったらまた来てくれる? 召喚してもいい?」


 そらされない視線が、いいよ、と返事をくれているようだった。

 ユディは覚えたての契約の呪文を唱える。


「我が声に応えし盟友シロよ。

 誓いを守り、我が心と願いを共にせよ。

 死が二人を分かつまで」


 契約の儀をしたからといって、まだユディは召喚士ではないので意味はない。

 ただ、一度マネをしてみたくてたまらなかったのだ。

 誓いのキスは気恥ずかしくて控える。


「あっ、契約もしていい? 勝手にする気でいたけど」


 シロはやっぱり無言だったが。

 ユディにそっと誓いのキスをしてくれた。

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