06:喧嘩

 ヘルムスとの話を終えて、私たちは借りた客室に引き上げた。

 突如鉄の話が上がったことで、こちらの視察もしなければならないかと思うと、滞在の日数を増やすべきかなと真剣に悩む。

「今回の予定は、貴女は町の視察で、俺が街道を実際に引く場所の選定だったな?」

「はいそうです」

 実は今日でフィリベルト様とは一旦お別れで、私は町に残ってこのまま視察を続け、フィリベルト様は西へ行き街道を引く場所を技師と共に相談する予定になっていた。

 再びここで落ち合うのは四日後の予定だ。

「先ほどの話だが、ベリーはどう考える」

「鉄の方は陛下のご判断によりますが、遅かれ早かれ掘れと勅命は下りましょう。その時に慌てないためにも、山の周辺を実際に見ておく必要があると考えます。

 ですがこちらは一ヶ月の余力がございますから、いまは無視しても良いと考えます。それよりも問題なのは山の選定でしょう。

 こちらはなるべく早くとしか言いようがございません」

「そうだな……」

 石や砂利を取る山は、運搬の関係から近しい場所からいくつか候補を選んでいる。候補が多いのは、硬い岩盤に当たった時に切り替えるためだ。

 岩盤だけじゃなくて鉄に当たっても山を変えないと駄目なのよね……

 それこそ、いますぐにでも『掘れません』か『鉄が出ました』の報告が来る可能性もある。そして次の山が大丈夫な補償もないから候補は多い方が良い。


「予定を変えましょう。

 街道も山の見聞もどちらも大切です。私とフィリベルト様で分担して行うのが良いかと思います」

「だが町の方はどうする?」

「町中は緊急を要する物でもありませんから、外を回った後にゆっくりやります」

「道が荒くどちらも馬車が使えんぞ」

 いまから街道を引くのだから当然西側に街道は無い。山の方は砂利や石を運ぶ細いあぜ道があるだけ、とても私の馬車が走れる道じゃない。

「それでしたら私は馬に乗れますので問題ありませんね」

「確かにベリーの腕前なら問題なさそうだが……

 なあ俺が戻ってから二ヵ所回るのでは駄目だろうか?」

「どちらも止めれば工夫が遊びますよ」

「確かに野盗の討伐を行ってから治安は良くなった。しかしベリーの様な貴人が街道はずれを気軽に歩けるほど良いとはとても言えん。

 ベリーが危険な目に合うくらいなら、金など俺がいくらでも払おう」

「ふふふっありがとうございます。

 私が愛されているのはとても良ーく分かりましたわ」

「うっ……」

「ですが今回は譲れません。

 そうですね、町の衛兵を少しお借りして護衛を増やします。これで如何でしょう?」

「いや足らんな。そうだな、軍馬ゲルルフを使ってくれ」

「それではフィリベルト様が危険ですわ」

「危険だと!? その自覚があってなぜまだ行こうとする!」

 初めてフィリベルト様を怒らせ、私は頭が真っ白になり言葉が出なかった。


「すまん、声を荒げるつもりはなかった。

 戦ばかりで領地の管理が得意でない俺をいつも助けてくれるのは感謝している。だがその為にベリーが危険な場所に行くというのなら、助けはいらない」

「……ごめんなさい。フィリベルト様のご意見に従います」

「ありがとうベリー」

 ギリギリのところで私が謝罪して何とか仲直りした。



 翌日フィリベルト様は予定通り西へ向かった。別れ際に、「暴走しないように頼む」と言っていくのは、ちょっと妻を信用しなさすぎじゃないだろうか?

 それを見送って、私は予定通り町の視察を始めた。

 町中の移動は馬車だが、周囲はビルギットが率いる護衛の騎士に囲まれている。仰々しいことこの上ない。

 しかし私のこの見通しは甘かった。

 ただしフィリベルト様の想像とは逆の意味でだが……


 私はこの町が小さな時から何度も視察に訪れていた。

 さて王都に向かった時に説明した通り、我が家には私が普段使いするこの馬車以外は存在しない。そしてそれは今でも変わらずだ。

 つまり住人の多くが、私の馬車に見覚えがあった。

 昨日は夕方すれすれに町に入ったから、あまり広まってはいなかった。しかし今日は朝から馬車を使って見回っているから、

「あの馬車はベアトリクス様だ!!」

「ベアトリクス様~!!」

「おいそれ以上馬車に近づくな」

 と、まぁ住人が私を見ようと押し寄せてきて、馬車はすっかり囲まれ道の真ん中で停まってしまった。気づけば、護衛騎士らの発する声は怒声に変わり、このままでは抜刀騒ぎになりそうなほど険しい。

「一度外に出た方が良いかしら」

「ダメに決まってます! いま奥様が出たら住人が暴徒になりますよ」

「でもさぁ一目見たら満足して帰るんじゃない?」

「一目見たら、次は話したい。さらに次は触れたいというように、人の欲望に際限なんてありません!」

「ふ~んそういう物なのね。

 でもこのままだと立往生よね、どうするのかしら?」

「きっとこの騒ぎは町長のヘルムス様に伝わっております。あの方ならば適切な処置をなさるはず、きっともう少しの辛抱ですわ」

 エーディトの言う通り、三〇分ほど経った頃に外側から人垣が割れ始め、そちらからかなりの数の衛兵が表れて馬車を保護してくれた。

 私は結局ほとんど視察をしないまま、ヘルムスの待つ屋敷へ戻った。

 私が無事に戻ったのを見てヘルムスはホッと安堵の息を吐いた。

「ご無事でしたか、……良かった」

「迅速に保護してくれたのはありがとうだけど……

 このままじゃ満足に視察も出来ないわ」

「申し訳ございません。奥様は大変人気がございますので……」

「町の名前になるほどにね!」

 嫌味に聞こえるように言ってやったわ。

「午後からは町の衛兵から護衛を出しましょう」

 出来れば町の人の自然な姿を見たかったのだが、護衛を減らせばさっきの通り。今回は諦めるしかなさそうね。


 そして午後。

 修道長のズーザンに会うために、私は教会にやってきた。

 午前中の噂を知っているのか、ズーザンは挨拶もそこそこ、苦笑しながら「大変でしたね」と労ってくれた。

「ええとっても大変だったわ。町の人の自然な暮らしぶりが見たかったのだけど、あの様子では無理っぽいし……

 そうだわ。ねえズーザン、貴女の目から見た町の様子を私に教えて貰えるかしら」

「はい、わたしなどの感想で良ければいくらでもお話しますとも」

「ここ二ヶ月でさらに人口がかなり増えたでしょう。それが町にどういう影響があるか教えて頂戴」

「人が増えたことで商人も沢山入ってきました。英雄シュリンゲンジーフ伯爵閣下の領地と言うことで衛兵の数も多く治安も良い。

 物流と言う観点で言うととても住みやすい町になりました」

「物流と区切ったということは、ズーザンはこの町に不満があるのね」

「ええ。もっとも問題なのは、人口に対して医者の数が足りておりません」

「医者か……

 そうね、確かに医者を積極的に領地に招くような方針は取ってないわね」

「教会には代々そういったことに詳しい者がおりますので、少なからず門扉を開いております。しかしわたしどもは高価な薬を扱うことがございません。そうなると治せる病と治せない物がはっきりと分かれます」

 医者の使う薬は、長年の研究によって造られた薬品でよく効くぶん高価だ。対して教会を始めとした民間で扱っている薬は、昔からの知恵で自然から得た材料を、代々受け継がれた分量で調合したものだ。効果はぼちぼちだが、薬品に比べれば随分と落ちる。


「先に謝罪いたします。これから申すことは、奥様からご支援を頂けることを前提にお話しいたしますが、宜しいでしょうか?」

「ええいいわよ」

「シュリンゲンジーフの町にはそれなりの数の医者がいらっしゃると思います」

「そうね。居ると思うわ」

「その方を一人ないし二人、この町にお借りできませんか?」

「そのくらいの人数ならばきっと問題ないだろうけど、たとえ二人としても、この人数を診ることは難しいと思うわよ」

「それは重々承知しております。

 そうではなく、その方々を師事して、十代の孤児に知識を付けさせるのは如何でしょうか?」

「随分と長い計画だけど、確かに悪くない案ね」

 来るか来ないか分からない医者を探すよりは、若くて優秀な子供たちに知識を与える方が確実に思えた。

「ありがとうございます」


「……惜しいわね」

「何がでございますか?」

「ズーザンが私の使用人なら、私の変わって山の視察を頼めるのにと思ってね」

 私は昨夜から今朝にかけて話した山の視察の件を愚痴交じりに伝えた。

「流石にそれは買い被りすぎです。山の知識はわたしにはございませんよ」

 そんな知識は私にだってない。

 そもそも測量は技師の役目で、責任者はそれを取り仕切る、または何かあった場合の指示を行える判断能力と適度な権限があればいいのだ。

「うちは文官の数が少なくてね、そういう判断ができる人材が居ないのが悩みなの」

「それはどなたでも良いのですか?」

 ズーザンはその手の話が分かる人ならば~と言う意味で聞いているようだ。

「そうね」

「でしたらヘルムス町長は如何ですか?」

「代役として申し分はないけど駄目よ。だって彼には町長の仕事があるもの」

「代役として申し分ないのでしたら今回に限ってはそれは問題になりません。現在もっとも問題になっているのは、奥様が町から出られないことでございます。

 つまり、奥様は町に残り町長の仕事をする。奥様が仕事を引き受けている間に、ヘルムス町長は奥様の代わりに山の視察をすれば良いかと思います」

「ズーザン、貴女天才だわ!」

「お役に立てたようで何よりです」

 流石はアタリの修道長だ、予想もしなかった案をくれた!

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