03:姉と妹

 西の町の町長に任命したヘルムスから『報告したいことがございます。一度ご足労ください』と書面が届いていた。書面に報告内容は無い。

 ヘルムスはお爺様がクラハト領から召還した文官の一人だ。私がクラハト領の領主をやっていた時には随分とお世話になった。

 その彼が呼びつけるということは、きっと見ないと分からないことなのだろう。

 言われるまでもない。町の様子も気になるからすぐにでも西の町を見に行きたかったが、王都から戻ったばかりで長旅の疲れもあり、それは断念した。

 その代わりに城で出来ることを先に進めていく。

 ます執事のエルマーから執事見習いの報告を聞いた。

「ライナー殿は不器用ですが実直で努力家ですな。

 エーベルハルトは器用でなんでも卒なくこなしますが、慎重さが足りていません」

 ライナーだけ殿付きなのは、彼が騎士爵を持つ騎士だからだろう。

「エルマーの目から見て、どちらが適正だろうか」

「適正があるのはエーベルハルトと申しましょう。

 しかしあの癖が直らない限り、彼に大きな仕事は任されない方が良いでしょうな」

 なんでも簡単にやっちゃって結果仕事が雑ってことよね、お姉ちゃん恥ずかしいわ。

「ねぇそれは一周回って適正がないと言わないのかしら?」

「いいえ違いますよ奥様。

 そこに手が届かない者は努力のしようもありません。しかし手が届き違う物を持ってくるのならば、注意すれば直せますので……」

「ふむ、そういう物か、分かった。今後はエーベルハルトを執事見習いと定める。

 頼めるかエルマー」

「畏まりました」

「えーと旦那様。ライナーのフォローをお願いします」

「もちろんだ。俺がやっておく」

 ちなみに本人も自分には適正がないと分かっていたようで、候補から外れたと聞いてホッと胸を撫で下ろしたそうだ。

 なんだか私が無茶振りしたみたいになったのだが、勘違いしないで欲しい。これを言い出したのはエーディトよ!



 旅から帰って一日目、私は自分のベッドで久しぶりに一人で・・・・・・・・ぐっすりと寝た。そして二日目からはフィリベルト様が訪ねていらして、共に眠るようになる。

 私が嫁いで来てから、フィリベルト様が私の部屋で一夜を過ごされたのは初めての事。当然その噂は瞬く間に広まり、これでシュリンゲンジーフ伯爵家は安泰だと皆が安堵したとかしないとか。

 少なくともコリンナにはお礼を言われたわ。


 三日目の昼下がり。

 執務室で溜りに溜まったお仕事をしていると、呼びもしないのにライナーが訪ねてきた。

「あらどうかした?」

「奥様とヴェンデル様に大事な話がございます。後ほどお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

 お爺様と二人で顔を見合わせる。

 するとお爺様はなぜかニヤニヤっと笑った。

 変なお爺様。

「大事な話? それは良いけれど、旦那様にはお伝えしなくていいの?」

「それには及びません」

「そうなの? あと二時間ほどで仕事が終わるから、そのあとで良いかしら」

「はい」

 ライナーが去った後、お爺様は「儂は許すぞ」と呟いた。

 何の話だと思って振り返るが、お爺様は書類に視線を落としていたから、先ほどのは私の聞き間違いかしら?


 さて二時間後。

 ライナーが暇を出したはずのエーディトを連れてやってきた。彼女の顔はやや赤い、どうやら照れているようだ。

 ああそう言うことね!

 これでやっと私にも、先ほどお爺様がニヤついていた理由がわかったわ。

「奥様、ヴェンデル様。わたしとエーディトの結婚の許可を頂けないでしょうか」

 ライナーの宣言と共にエーディトも無言で頭を下げた。お爺様の返答は先ほど頂いているから、あとは私の一存だけね。

「もちろん許可するわ。でも一つだけ聞かせて頂戴な」

「はい、なんでしょうか?」

「二人が付き合い始めたのはきっと王都に行く前よね?

 だったらなんで、そのお願いが今なのかしら」

「くっくく。そんなの決まっておろう。

 ベリーとあ奴がまことの夫婦になったからじゃよ」

「えーと……もしかして待っていてくれたのかしら?」

「はい。ディート・・・・がどうしてもそれは譲れないと申しまして……」

「ハァ呆れた。お姉ちゃん・・・・・はもっと自分を優先していいと思うわ」

「それは無理な相談よベリー・・・

 だってわたしはお姉ちゃんでもあり、奥様の侍女・・・・・でもあるのだからね」

 そういう理由だったのなら、私が口添えしようとしたとき怒ったのも納得だ。関係を停滞させている原因の私が口を挟むとか何様だって話だわ。

 って、ちょっと待って!?

「その件について私は全く悪くないので、謝罪は改めて旦那様から貰ってください。

 まぁそれは置いておいて、二人ともおめでとう!」

「ありがとうございます!」

「ありがとうございます奥様」

 最後は他人行儀に、エーディトは静かに会釈を返した。きっとそれは彼女の線引きなのだろう。




 一週間経ってやっと西の町を視察する時間ができた。

 なんせ西の町はここから馬車で二日の距離にある。滞在無しで一目見て帰るだけでも往復四日、おいそれと行けるような場所ではない。


 馬車の旅アゲイン!

 私の普段使いの小さな馬車の中では、私とフィリベルト様そしてエーディトが窮屈そうに座っていた。

 戻ってこっち、大きな馬車を造らせる日数はあったが、そもそもフィリベルト様が一人で視察に行く場合は馬で行かれるから、節約の為に造るのを見送った。

 本日は一日走ったところにある小さな町で休む予定。なおその町には宿も無いので、いつもは町長宅の客室を借りるらしい。

 そんなことを聞かされながら一日走ってたどり着いた町。

「ここが小さな町ですか?」

 村と間違うほどの小ささだと聞いてたのに、家の数や人の量を見れば普通の町と変わらない。むしろ夜なのに通りは明るく、様々な人が歩いていることを考えれば、そこらの町よりも活気に溢れていた。

「いや俺が前に来たときはこんな風では……」

 そうこう言っている間に馬車は町長の家にたどり着いた。

「これはこれは領主様に奥方様ようこそいらっしゃいました。

 お待ちしておりましたよ」

 彼は初対面の私にビヒラーと名乗った。

 口元に綺麗に整えられた髭を蓄えた初老の男性。なけなしの髪を油で撫で付けているのが印象的ね。

 ちなみに彼の家は代々この町の町長だそうで、町の名も同じくビヒラーと呼ばれているらしい。ややこしいのだけど不便は無いのかしらね?


「ビヒラー町長、この様子は一体どうしたのだ」

「これは新たにできた西の町のお陰です」

 そういって再び感謝の意を表すビヒラー町長。

 領主の城うちのある中央部から西の国境まで馬車でゆったり三日。一日置きに町があるように新たに町を造ったのだから、馬車を走らせない限り、その西の町に行くのにどうしてもここで一泊する必要がある。

 宿も無かった寂れた町は、必要に迫られて空き家になっていた家を解放して宿として設えた。ひっきりなしに商人や人が行き来するから、その応対で農作業や狩りをする時間も無くなっていく。しかしそれらをするよりも割が良いからと、町の方針で宿場町を目指すことに決めたらしい。

 宿は増え、それに伴い食堂や酒場も増えていく。すると今度はこの町で商売をしたいという商人が現れて、町の規模がどんどんと広がっていったという。

 町の方針は大当たりだと、彼は嬉しそうに語ってくれた。

「なるほどな、そういう理由であったか。町に宿が出来たのならば迷惑はかけられん。

 ビヒラー町長、俺たちもそちらを利用することにしよう」

「いいえそれには及びません。どうか我が家にお泊りください」

「そういう訳にもいかんだろう」

「それは違います。このように町が栄えたのも領主様のお陰でございます。

 そのお礼を是非ともさせてください!」

「旦那様、ここは町長のご厚意に甘えましょう」

「ふむベリーが言うのならそうしようか。

 すまんなビヒラー町長、本日はよろしく頼むぞ」

「ははっ! ありがとうございます」

 領主が町長の誘いを断ったとなれば、遅かれ早かれそれは噂になる。そうなると町長の立場は随分と悪くなるはず。

 彼は町の人からの信頼も厚いようだし、こんな事でいらぬ波風は立てない方が良いわよね。


 客室に入り、使用人が出ていくや、

「フィリベルト様。一つ手配して頂きたいことがございます」

「分かっている、衛兵の手配だな」

「お気づきでしたか、失礼しました」

「町民らで自警団を組織しているようだが、これほど急激に人数が増えていては彼らの手に余ることもあるだろう。護衛を一騎戻して早速組織させよう」

 ここに旅商人だけが集まるのならば良い。しかし町が栄えれば旅人も増える。それらの中には、流れれば捕まるまいと良からぬことを考える者も少なからずいる。それを取り締まるには自警団だけではとても手が足りないだろう。

 先走って進言したが失敗した、むしろそっちこそフィリベルト様の専門だったわね。

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