10:夜会①

 今日は秋の収穫祭が開催される。貴族は王宮でそして住人は街で、どちらも煌びやかに飾られて一年に一度、天からの恵みに感謝する。


 王宮の客室から会場までは徒歩で行ける。

 私たち以外にも部屋を借りている人が居るから、なんとなくゾロゾロと歩いている風に見えるかもね?


 私は明るい黄色のドレスを着て、フィリベルト様の手を借りて歩いていた。

 フィリベルト様は濃紺ネイビーの軍服ではなくて黒の礼服。なんだ我がままを言って濃紺ネイビーのドレスを着てもペアではなかったのねと苦笑した。


 会場に入るときに名を告げると会場内に向けて大きな声で名前が呼ばれる。


『シュリンゲンジーフ伯爵閣下、ならびに伯爵夫人のお入りです!』


 会場はざわざわしているから誰も聞いている風は無いのだが、誰が聞いているかなんて関係なくてそういう物だと、フィリベルト様から教えて貰った。

「フィリベルト様は何度か経験があるのですね」

「ああ軍人時代にな。士官に昇進するとどうしても断れんのだ」

 そう言って堂々としているフィリベルト様と違い、私はビクビクと初めての夜会に緊張しっぱなしだ。

 入口は人が多いと言われて手を引かれながら中に入っていく。頭一つ、いえ二つ飛び出ているフィリベルト様はよく目立つ。

 迷子になったら目印には困らなさそうだわ。



 宴が始まる直前。

「おおそこに居るのはフィリベルトではないか! 久しいな!」

 髭面の逞しいガッシリとした体格の男性が親しげに声を掛けてきた。

 男性は濃紺ネイビーの軍服を着てその胸元にはいくつもの勲章が光っている。

「これはクリューガー将軍。お久しぶりです」

 合わせて「妻のベアトリクスです」と紹介して貰った。

「初めましてクリューガー将軍閣下、ベアトリクスと申します」

「ほほぉこれほど美しいお嬢さんだったとはな、お前が見せたがらないのも当然だ」

 目上からと思える気さくな物言い。

 私は王都に来るにあたり、事前に覚えてきた軍属の方の名と階級または爵位を思い出していく。クリューガー将軍はフィリベルト様が兵卒時代からお世話になった上官だ。

 功績により子爵位を賜っている。爵位では部下のフィリベルト様が上なのだがこの横柄な態度、どうやら軍の関係者と言うのはそれで関係が変わったりはしないらしい。

 もしも関係を知らなかったら失礼な口を聞いたかもしれないと思えば、事前の学習はやって無駄ではなかったわね。


「ご冗談を、辺境の領地を賜って引きこもったからその機会が無かっただけですよ」

「まあそう言うことにしておこう。

 しかしとても仲が良い様で安心したぞ」

 将軍はフィリベルト様の腕を見ながらそう呟いた。つまり私とフィリベルト様が腕を絡ませていたことを見てだ。

「ええ良い妻を頂きました」

「あの時は誘った俺もなんとフォローして良いか分からんかったが、お前にもやっと春が来たのだな」

「しょ、将軍それは!?」

「おっと」

 フィリベルト様は慌てて将軍をねめつけた。

 どうやら私が聞いてはいけない話題だったらしいわね。


「少し席を外しますわ」

「す、すまん。後で迎えに行く!」

「分かりました。ではそちらの壁際でお待ちしますね」

「ああ分かった。すぐに戻ろう」

 私は一人寂しく壁際に寄った。

 まさか夜会が始まる前に一人になってしまうとは思わなかったわ。




 夜会が始まった。

 国王陛下が段に現れて開催を宣言すると、後は司会進行役が先を進めていく。

 途中、シュリンゲンジーフ伯爵領でアルッフテル王国と協力し大規模な賊の討伐戦が行われたことが発表されると、さすがは英雄フィリベルト閣下だと喝采が上がった。


 まぁその英雄は、まだ向こうの方で妻をほっぽいて話し込んでいるみたいだけどね。

 まだかな~と二つほど飛び出た頭をじっと見つめる。


 くぅ~と情けない音。

 すぐ近くのテーブルから良い匂いが漂ってくる。

 今晩は夜会があるからと、客室に備え付けられた食堂に食事が準備されていなかったから、まだ何も食べていない。

 私はチラッとテーブルの方に視線を向けた。

 テーブルの上にお皿が置かれていて色とりどりの料理が並んでいる。どうやら食べる分を小皿に取るビュッフェ形式らしい。


 小皿と取ろうとして手を引っ込める。

 何故ならテーブルで料理を取っているのが男性しか居ない事に気付いたからだ。

 クラハト領のお屋敷で開いたパーティーでは好きにとっていたけれど、王宮ここではそう言うマナーなのだろうか?

 なにぶん初めての夜会だから分からない。


 失敗して私だけが恥をかくのなら仕方がないが、フィリベルト様の恥となるのは許されない。

 やめておこう。

 私はテーブルから視線を外した。

 くぅ~と鳴るお腹を気にしながら、位置取り失敗したかなぁ~と呟いた。


「美しいお嬢さん、何かお困りかな?」

 金髪碧眼のやや垂れ目気味な青年が声を掛けてきた。五人いれば五人が目を引くような甘い容姿。もっともその五人に私を加えてくれれば結果は変わるだろう。

「いえ別に……」

 男はふぅんと口角を上げて、スッと去って行った。


 いったい何の笑いかしら?


 ほんの数分、先ほどの男が再びやって来た。

「さあお嬢さん、どうぞ。甘めの物を中心にとって来たよ。

 お気に召した物は有っただろうか?」

 差し出された小皿の上には、葡萄や桃と言ったフルーツと、チョコレートやクッキーと言ったお菓子が乗せられていた。

 まさかお腹の音を聞かれていたとは……、私の顔がカッと赤くなる。


 しかし男は気にした様子もなく、どうぞと皿が差し出される。

「ありがとうございます」

 私は包装されている・・・・・・・チョコレートを二つだけ手に取りお礼を言った。

 すると男は、「おや警戒してるね」と言ってニヤリと笑った。

 名前も知らない男性なのだから当然だろう。

 しかしそう指摘されてみれば確かに迂闊だった。

 テーブルから取ったところを直に見ていないのに、包装されていると言うだけで安全と決めつけて手にとってしまった。これならフルーツの方がまだ危険度は低い。


 包みを握る私の手がすっかり止まったことをくくくと嗤いながら、

「それ、食べないのかい?」

「いえ……お腹が空いておりませんので」

「ふぅん」

 何か言いたそうな言葉。

 先ほどお腹の音を聞かれていただけに説得力はない。


 行き場のないチョコレートが私の手の中で体温に負けて溶けはじめる。

 どうしたら……



「はぁいベリー」

 明るい声と共に背中から何かが抱きついてきた。

 ふわっと香るのは女性の香水の香りと微かな重み。

 何とか顔をそちらに向けると、頭一つ上に長身の美女の顔が有った。

「ヴァルラ姉さま?」

「ふふふっアタリ~」

「えっと放して頂けると……」

 するとヴァルラ姉さまはふふふっと笑いながら、「行ったみたいね」とひとりごちた。その険しい視線の先を追えば、先ほどの青年が背を向けて慌てて去っていく姿が見えた。

 どう考えても助けてくれたのだろう。

「ありがとうございます」

「んー何が?」

「いえ独り言ですわ」

「ところでうちの愚弟はどこにいるのかしら?」

 その声に少しばかり怒気が混じっているのは、私の気のせいじゃないだろう。

 えーと……と言葉を濁しつつ、二つほど飛び出た頭を差した。

 その時のヴァルラ姉さまは、まるで獲物を見つけた雌豹の様にニィと嗤った。




「済まない無駄な時間を喰った」

「えーと……、お帰りなさいませ」

 深々と謝罪しているフィリベルト様の頬には赤いもみじの様な柄がある。


 ちなみに……

 付いていく訳にもいかずじっと目で追っていたのだが、ヴァルラ姉さまはツカツカと歩いていき、フィリベルト様の肩に手を掛けた。

 それに気づいてフィリベルト様が振り向くと、バチン! と平手が炸裂した。

 会場の音に掻き消えてここまで聞こえることは無かったが、私の脳内でははっきりとその音が聞こえたわ。


 と言う訳で、フィリベルト様がやっと帰って来た。

「腹が減っただろう、何か食べようか」

「はい。私は甘い物が食べたいです」

「分かった取ってこよう」

 大きな背中がまた遠ざかっていく。

 でもきっと今度はすぐに帰ってくるはずだ。

 ほんの少しそわそわして待っていれば、ほらっ帰って来た!

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