そんな理由でVR介護を使わないでください

ちびまるフォイ

誰もがいきたがっていやになる場所

「ホームヘルパーから転職しました山田です。

 VR介護ははじめてなので頑張ります!」


先輩からVR介護の方法を教わってはや3ヶ月。

この仕事にもなれると、前の現場にはもう戻れない。


前の介護は肉体労働だったが、

VR介護は専用のスーツを着せてVRセットを取り付けるだけでOK。


通常の介護のときではわがままや暴言。

ひいては暴力までふるわれることが多くあった。


あんな怖い日々はもうまっぴらだ。



ーー 山田さん。介護001番さんからヘルプコールです



「ああ、はいはい」


今度は自分もVRセットを取り付けて、

介護者が待つVR世界へとお迎えにあがる。


ついた先の世界ではおじいちゃんがゲートボールをしていた。


「おお、来たか。チームメンバーが足りなくての」


「おじいちゃん。ヘルプコールを電話代わりに使わないでください。

 あれはあくまで緊急時のもので……」


「まあカタイこと言うな。ほれ、どうせお前も勤務時間で暇じゃろ」


「暇じゃないですけど……」


「うそつけ。風呂もトイレもスーツが吸収するから

 お前さんがやることといったら、せいぜいこれくらいだろう」


おじいさんはゲートボールの棒を差し出した。


「1ゲームだけですからね」

「負けないうちはそう言うわな」


結局、おじいちゃん相手にズタボロに負けたので7ゲーム続けた。

一度も勝てなかった。


「はっはっは。若いくせに全然だめじゃないか」


「こちとら毎日忙しいんですよ。

 VR世界で日がな一日ゲートボールしてる人に勝てるわけ無いでしょ」


「おや。昨日はF1に乗ったのでゲートボールじゃないぞ」


「バイタリティが化け物すぎる……」


「VRだと体の自由がきくから最高じゃ。

 現実じゃ階段も介助なしではできないからのぅ」


「……その、たまに現実に戻りたくはならないんです? 家族と会いたいとか」


「家族に合うよりもVRキャバのきれいな若い子に会えるほうがずっといいわ」


「このエロジジイ」


「おっと、その発言はお前の会社のとこに伝えてお前の評価にするぞ?」


「うっせ! 早く寝ろ!」

「負け惜しみはみっともないぞぃ」


おじいさんに限らず、他のVR介護を受けている人も仮想空間ほど元気に過ごしていた。

体はおとろえていても、心は常に前向きで元気な人が多い。


変にお客様として接していた前の介護よりも、

今はVR世界を通して対等な友達のような関係になっていった。



ーー 山田さん。介護001番さんからヘルプコールです



「またか」


おおよその理由はつきつつ、また仮想世界へと介護に向かう。


「おじいちゃん、ヘルプは緊急用だって何度いったら……」


「まあ座れ」


「なんか、いつもと違う場所ですね。茶室フィールドですか?」


「話があってのぅ」


「なんです?」


「……昨日、鈴木のやつが死んだんじゃ」


「たしか、同じVRバスケットのチームでしたよね? それは残念です……」


ふたりがよく笑ってバスケをしている姿はVR介護しているときによく見ていた。


「わしなりに、改めて生きることを考えたんじゃよ」


「はい」


「VR介護も安くはないことくらい知っとる。

 そして、けしてワシの家族が裕福でないこともな」


「……ですね」


VR介護は普通の介護を頼むよりもずっと高価だ。

ランニングコストも大きくかかる。


「ワシの病気は医者によるともう治らないらしい。

 仮想空間ではこんなに元気でも、現実の体は免疫がもう弱ってるようでの」


「はい」


「きっと家族としてはワシに余生を楽しんでもらいたいと

 VR介護を頼んだと思うんじゃが、

 ワシが生きてることで家族の家計に負担をかけてると思うと……」


「ちょっ、それは違いますよ!?

 おじいさんが生きてるほうがずっと幸せなんですから!」


「そうだと嬉しいのぅ。けど、もうワシ自身がつらいんじゃ」


「そんな……」


「老いさらばえてゆく自分を生かすために、

 家族の未来の選択肢を狭めたくないんじゃ」


「……俺にはどうしようもできませんよ」


「いや、君にはできるはずじゃ。

 ワシの体につながっているコードの1本でも取ってくれればそれでいい」


「……」


「こんなこと、あんたにしか頼めないんじゃ。

 罪に問われたときはワシの証言データを提出すれば良い」


「すみません……。俺のVR介護が……不十分なばっかりに……」


「そうじゃないぞ。この仮想空間は最高じゃった。

 最後の余生にしては豪華すぎる体験をさせてもらったよ」


「……わかりました」


「最後に、ワシのばあさんにもよろしく言っておいてくれ。

 ばあさんは現実でまだまだ元気じゃからな。

 そうすぐにこっちへ来ることはないじゃろ」


「伝えておきます」


VR接続を切って現実に戻った。

おじいさんの本体のいる部屋に向かう。


VRセットの他に多数の生命維持装置につながれたおじいさんの体がそこにあった。


「今まで……ありがとうございました」


コードの1本を抜いた。


仮想空間に現実の痛みや苦しみは反映されない。

どれだけ病気で苦しんでいても仮想空間では元気なままだ。


そして、きっとおじいさんも……。




翌日、おじいさんの遺体は家族のもとへ運ばれていった。


連れ添う息子夫婦が自分にお礼をしつつ訪ねた。


「おじいちゃんは何か言ってましたか?」


「おばあさんによろしくとだけ言ってました」


「そうですか。よかった」


家族を見送ると、そのおばあさんの後姿を見てもう一度頭を下げた。

それに気づいたのかおばあさんも振り返ってお辞儀していた。


「ありがとう。おじいさんもきっと天国で幸せだわ」


「天国が仮想空間よりも充実してることを願いますよ」


「ほほ。ほんとうねぇ」


血色もよくおばあさんは自分の足で元気に去っていった。


それから数日後のことだった。


「おい、山田。新しいVR介護の担当が決まったぞ」


「あ、ほんとですか」


「もう大丈夫なのか? 自分の担当が死んじゃって……」


「いえ、もう大丈夫です。いつまでも落ち込んでいられません」


「そうか。担当はもう部屋入ってるからVRセット取り付けてくれ」


「はい!」


また新しいVR介護が始まった。


「こんにちは! 担当になった山田です!」


元気に挨拶しつつ部屋に入った。

返事がない。

返事ができない状態だった。


部屋には生命維持装置につながれたおばあさんの姿がそこにあった。

ちょうどこの前、おじいさんとのお別れの挨拶したばかりなのに。


「あんなに元気だったのに……」


VRセットを体に取り付けてお互いを仮想空間へ送った。


「おばあさん」


「あら、私のVR介護担当はあなただったのね」


「ええ。すごく驚きました。だって前あったときは元気でしたから」


「わからないものねぇ。急に体調が悪くなったのよ」


「それは……怖いですね……」


「あなたも気をつけてね。

 せっかく息子夫婦で旅行の計画たててたのに残念だわ。

 あ、でも仮想空間なら自由に旅行できそうね」


「旅行? おじいさんから聞いた話では、あんまり裕福じゃないって聞きましたよ」


「前まではね。おじいさん生命保険に入っててくれたみたいなのよ。

 おかげでこうして私もVR介護を受けられているわ。息子夫婦には感謝ね」


嫌な考えが頭をよぎった。


「……おばあさん、ひとつ聞いていいですか」


「なにかしら?」


「おばあさんは生命保険って入られてます?」


おばあさんは小首をかしげて悩んだ。


「……うーーん。よくわからないわ。

 その手のことはぜんぶ息子夫婦に任せてるの」



すぐに現実世界に戻った。


おばあさんと、おじいさんの生命保険の受け取り先を確認する。


「……これじゃ俺は間接的な人殺し装置じゃないか……!」



二人の生命保険の受け取り先はどちらも息子夫婦になっていた。


彼らは暗に求めている。


VR介護に申し訳なさを感じたおばあさんの申し出で、

俺がふたたび手を汚すそのときを。

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