16🜚王の剣

 円形闘技場コロッセオ


 最終試験は一次予選と同じ場所で執り行われるが、その熱気はまるで異なる。


 何万人もの観客席を持つこの古代遺跡がもう人で溢れかえっていた。

 毎年指で数えられる程しかその称号を得られない、帝国を背負う騎士が決まるのだ。

 それも古代より人を熱狂させた、《剣闘》によって。

  

 さらに今回は、精霊にも愛される気高き魔力・正義と平和を愛する未来の王――ルキウス王子が出場する。 

 闘技場にその姿が現れると、天を割るような歓声が轟いた。


「よかった、間に合った……」


 “寝坊”で遅刻をしてしまったソラは、駆け込んで胸を撫で下ろす。 


 ――今朝。目が覚めると王宮だった。


 “ オブリビシ忘れよ


 最後の記憶にぞくりとし必死に思い返してみたが、何も忘れてはいなかった。

 グリンデルフィルドの領館から魔法学校に来て騎士試験を受けそして、昨夜――

 聞きたいこと、言いたいことを試験が終わったら今度こそ。 


 闘技場の対戦者を目にし狼狽うろたえはした。

 初戦が、ルキウスとジークの二人だったのだ。

  

(でも勝敗だけで決まるわけじゃない)


 これは“騎士”の称号に相応しいかの最終審査だ。

 厳しい予選をくぐり抜けた猛者なら実力は折り紙付きで、勝敗による順位ではなく力量を示す審査により合格者は決まる。この魔法のお披露目パフォーマンス的側面があるからこそ闘技場も沸くのだ。


 だからソラは、どういう結果になろうと二人ともが“騎士”の称号を得ると信じて疑わなかった。ただ


(頑張ってください……!)


 と心から応援していた。二人の善戦を。最後に握手しあう“決闘術”の授業と同じように。


 開始早々、決した。

 剣が真っ直ぐと胸を貫いて、青い血が噴出する。


 ソラは判らなかった。

 悲鳴。

 あれは

 名誉をかけた勝負で誰も想像だにしない 

 明確な殺意による――

   

 そして阿鼻叫喚の目の前で、二人の姿は 消 え た。


  

「なんで ごしゅじんさま……?」

 

 

「教えてあげる」


 囁くような背後の声。肩に細い指がかかる。

 バシュっ と破裂音と共に真っ暗闇に放り込まれた。

 天地が反転するような引力にぐりんと引っ張られ――


「ヴォエッ」  

    

 地面に這いつくばりソラは吐いた。気がつくと全く違う場所にいた。

 その先に。


「ルキウス!」


 よたつきながらもソラは駆け寄る。青い血溜まりの上に伏せていた。慌てて上衣を脱ぎ出血を止めようとするとぴくりと指が動く。


「ソ……ラ、大丈夫だ……逃げ……ろ」


 ルキウスの顔はすでに蒼白で、最後の力を振り絞ったように動かなくなる。

(このままじゃ) 

 ソラは絶望に襲われかけるが背後に気配がして振り向く。


「駄目そうね」


 ――ヴィシュラが――いた。


「無理よ」

 しかし縋った視線はあっさりと振り払われた。

「見て分かるでしょ、致命傷よ。意識の無い人間の体に入って心臓を動かす術は役に立たない」

「どうして……」

「あなたを解放する為」


 コツ、と固い足音がした。その誰より見慣れた姿はソラの、


「ご主人様!」


 ソラは希望に満ちていくのを感じた。

(いつだって、助けてくれた)


「無理だ」けれどまたも無情な答えが返る。

“死は確か”モルス・ケルタ――魔法は死を変えない」


「じゃあ、何で……」

(こんなはずない。だってルキウス王子はご主人様の)

 

「お前が助けろ、ソラ」


 グッと拳をソラは握った。何度――どうしてこんなにも自分は無力なのだろう。


「本当よ、ソラ。その力がある。首輪の封印を解いて、天使の力を使って――命を吹き込んで」


 慰めるように後ろから腕を絡め囁く。


「お見舞いに行けなくてごめんなさい。あなたの呪いを解く方法を探していたの……自分の死にも大切な人の死にも反応しないなら、次はいにしえの解呪を試しましょう」

 歌うようにヴィシュラは告げた。


「愛するとのキスで呪いは解ける」


 

「ルキウスに口付けろ、ソラ」



 ソラは唇を震わせた。 


「……あたしが好きなのは、ご主人様です……」


 金色の瞳に眼差しを向ける。

 もう騎士にはならないんだ。王子を殺したのだとしてもこの先がなくても

 変わらない 

 

「愛しています」


 金の瞳は瞬いて、コツコツと近づいた。背が押される。

 前によたついたソラの腰を支えて被さった。

 唇が。

 重なって知る柔らかい

 離れたくない ずっと

 でも離れてしまって 開く


「愛さないようにはした」


 その腕が抱きしめる。

 


「ソラが欲しい」



 涙が出ていきそして何かが入ってきた

 浮いてしまうほどのこれがきっと魔法

 つま先から髪先まで今まで空っぽだったみたいに、温かな光が充填されていく

 首輪が落ちた


「ソラ」


 ソラは歩いた。同じく向いた視線の先へ。


 青い血にぺたんと膝を付き伏せる背の上に手をかざす。

 溢れるほどとめどもなく体に流れ込んでくる生命の気を移そう。

 空気中に霧散する魔法の塵が吸い寄せられて凝縮し光の塊となる。

 陽だまりの暖かさを持つ小さな天球がルキウスの中へ入っていった。


 石のようにこわばった顔が生命のやわらぎを取り戻すのを見届けてジークはソラの手を引く。


 ジークとソラは手を繋ぎ、一つの柱の前に立った。



「これは……ここは?」


 

 今初めて見渡す。円形の広い空間だった。地面から壁天井まで土に覆われて、円周には九本の太い柱が――いや鱗状の樹皮に覆われた、《木》が等間隔に並んでいる。出入口すらない全ての点で対称な空間。まるで自然が創った神殿のようだった。


「これは“世界樹の梢”で、ここは“天使の扉”の真下だ」 


 ジークは答える。


「真の禁域、王鍵の間。」


 スラリと抜いたのは美しい銀の剣だった。柄も刃も全て白銀で継ぎ目のない、細身の剣。

 樹には縦長の節穴があった。まるで鍵穴のように、ジークはそこに剣を差し込む。

 ズクリ。柄まで深く刺し込まれて嵌まった。

 そして剣が白銀に発光した、瞬間 

 

 バチィッ 


 青い火花が散りジークは手を離した。肉の焼ける嫌な匂いがする。

「ご主人様っ」

「問題ない」

 ジークは手袋を脱ぎ捨てる。ボトリと黒焦げの肉が削げ落ち骨が見えた。

「レナトス」しかしもう片手の杖で肘裏を叩くとその先の肌と肉が再生し手は元に戻った。


「手を貸してくれ」 

 

 ぷるぷると震える手をソラは差し出した。

(大丈夫――大丈夫じゃなくても)


 今度はジークと手を重ねて柄を持つ。

 ビリリッ

「ああアァっ」

 雷に打たれたような衝撃が走り膨大な生命の気が流れこむ。ビリビリと体が震え痺れた。けれど一瞬で、怒涛の奔流はソラの体を抜けて行く。雨樋になったように体を伝い地に流れ出て行った。


「凄いわ、使


 ヴィシュラが歓喜の声を漏らした。




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