帰還兵と衛生兵
碧天
第0.5話 始まり
少年が立っている。
辺りの荒野に広がるのは、物言わぬ塊となった、兵の骸。それらの血が川を作り、死屍累々という言葉を体現している。その光景を見る少年の貌は、無感情でありながらもどこか悲愴さを漂わせているように見えた。
『う、うぅ...』
少年の足元にいる兵にはまだ息がある。その兵に、少年は血がべっとりと張り付いた銃を向け、引き金に指をかける。
『化け、物が...』
言葉は分からないが、少年には兵がそう言ったように聞こえた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ガバッ!
荒くなった息と共に、勢いよく体を布団から起こす。近くの机に置いてある鏡を覗き込んでみると、額からは汗が噴き出していた。
「はぁ、大事な日だってのに。幸先悪いな」
そう独り言ちながらゆっくりと伸びをし、ベッドから降りる。パキパキと関節が鳴る感覚がなんとも心地いい。そのまま洗面所へ行き、乱雑に顔を洗う。少年の左目から頬にかけては、引っ搔いたかのような歪な傷が斜めに走っており、なんとも痛々しい。
(もう沁みることもないな)
そう考えながら居間の障子を開け、そこにいる人に声をかける。
「おはようおばあちゃん」
「おはようございます。もう朝ご飯はできてますよ」
「あれ、今日はいつもより早いな」
「そりゃ今日は初登校日なんですから。ほらほら、早く食べないと冷めちゃいますよ」
「了解」
そう会話を重ねながら椅子に座り、手を合わせる。
「いただきます」
柔らかな熱を持った白米と肉を掻っ込み、味噌汁で喉に流し込む。流れる音はジャーの流れる水道の音だけ。そうしてしばらく続いたささやかな静寂は、手を合わせる音に不意に破られる。
「ごちそうさま」
「はい、お粗末様」
食べ終わったら再度洗面所へ行き、歯を磨く。それが終わると、少年は居間にあるハンガーラックに手を伸ばし、少し先を見越して大きく見繕った制服に袖を通す。
「出る前にきちんと仏壇に手を合わせてくださいね」
「わかってるって」
「おじいさんも愛孫の学生服姿を見たがっていますよ」
「...そうだな」
もう顔も覚えていないが、小さい頃にかわいがってくれたという祖父の仏壇の前に行き、手を合わせる。
「...じゃあ、行ってくるよ」
「はい。いってらっしゃい」
そう言って、大きな期待と一抹の不安を胸に抱えた少年は、大きくも小さな一歩を踏み出した。
帰還兵と衛生兵 碧天 @hekiten
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