第五話 夢

 楽しい時間というのは、瞬く間に過ぎ去ってしまう。

 濃密な3年間をくれたエクラン王立学園とは今日でお別れ。

 学園は4年制なのだけれど、私の場合、1年次に飛び級を勧められたため3年で卒業になってしまった。

 短かくはあったが、教授陣には手厚く勉強を見てもらえたし、常に好成績を修めなくてはならないプレッシャーは良い刺激になり成長に繋がった。


 飛び級したことで第2王子のジェラルドと同級になり、首席を争ったり、時折ちょっかいをかけられたり……なんて想定外はあったにせよ、概ね充実した学生生活を送れたのではないかと思う。


 先程卒業式を終えた私は、慣れ親しんだ学園のカフェテリアで親友・・と最後のお茶を愉しんでいる。

 

「残念です。カメリアも研究科に来れば良かったのに」


 レニーはまだ言っている。

 そう、飛び級したことで、レニーとも同級生となり、今や彼は唯一無二の親友となっていた。

 彼は卒業後は研究科に進み学園に残る。


「私の夢は世界を色々旅する事だもの。占い師に薬師、治療師に魔獣調教師、どれもA級以上の資格が取れたから、これで食うには困らないわ。頑張って良かった〜」


「A級召喚師で、S級魔術師ってのは使わないんですか?」


「それは、伏せておくわ。危険人物って思われるの嫌だし」


 国家資格はA級で一流、S級は良く言えば国宝級、悪く言えば化物級と言われるのよね。


「まぁ、確かに誰も寄って来なそうです。けれど女性のひとり旅ですから、来ない方が良いような……僕もその方が安心です」


「景色だけじゃなく、人との出会いも楽しみにしているんだから」


「なんだかやっぱり心配ですね。僕の梟とか付けちゃダメですか?」


「嫌よ、監視されてるみたいじゃない」


「ですよね」


 想定外というか、思った感じには進まなかったのがもう一つ。

 それが、レニーとの関係だ。

 入学して間もなく、友人関係になった私たち。

 出会った時の印象通り、いつも落ち着いて穏やかな彼とは、一緒にいると幸せな気持ちになれる存在で、それ以上の関係を想像した事が無いと言えば嘘になる。

 多くの時間を一緒に過ごした私達。

 互いにかけがえのない存在になってはいるが、結局は恋人未満のまま関係は進展しなかった。

 彼の抱える事情は何となく察してはいるから、この心地よい関係を大切にした結果が今とも言える。


「遠隔通信魔法で、頻繁に連絡は入れるわ。そっちこそ研究に夢中で無視したりしないでよ」


「する訳ありませんよ」


 ふわりと笑うこの笑顔を直に見れなくなるのは寂しいけれど、私は旅に出る。


 夢というものは形を変えながら、いつも私を奮い立たせてくれるのだ。



***



 旅立ちから1年が経った。


 この間、多くの美しい風景や名所私訪れ、各地の郷土料理などの食文化に触れてきた。

 やはり自分の足で歩き、体験するのは違う。本や魔法映像で見ただけでは分からない感動、そして色々な人との出会いがあった。

 そして、レニーが心配したとおり、下心を持った輩に絡まれる事も珍しくなく、ピンチも幾らかあったけれど何とか無事に乗り切ることができた。


 そして今日も……。


「コイツ治療師だぜ。さっきガキの怪我を治しているのを見た。捕らえてある他のやつらより高値で売れるな」


「しかも、綺麗な顔に。身体も……悪くないねえ、こりゃ楽しめそうだ」


「馬鹿野郎、この前はやり過ぎて商品価値が下がったってかしらにぶん殴られただろ。先ずは伺いを立ててからだ」

 

 治療師として仕事をした帰り道、ガラの悪い男たちに絡まれた。

 この町では最近誘拐が多いという噂があったが、会話の内容からこの男達が犯人たちだと思われる。 


 捕まったフリをしてついて行くと、町はずれに停まっていた大きな幌馬車の荷台に乗せられた。

 中には手足を拘束魔法をかけられた若い子が沢山乗っていた。

 抵抗して暴行を受けたのか、酷い怪我の子達もいる。

 私は、悪党達の姿が見えなくなると直ぐに、彼らに治療を施した。


「おいコラ、テメェ勝手に何してんだ」


 魔力に反応したのか、血相を変えた隻眼の男が怒鳴り込んできた。

 男は憤怒の形相で、そのまま私に殴りかかる。

 が、私は魔法でそれを弾き返した。


「お頭っ」


 小娘に大男が吹っ飛ばされたのだ。手下達が慌てた声を上げた。


「大人しく投降してください。貴方では私に勝てません」


 私は馬車から降りて、尻餅をついている悪党の頭に歩み寄った。

 

「ちょっとくらい魔法が使えるからって……粋がるんじゃねーぞ」


 悪党の頭はブツブツと何かを唱えている。

 すると、上空から魔物の群れの気配がする。召喚術か。


「ゴケゴッコー!」

 

 と、鳴き声高らかに降り立ったのは、雄鶏の身体に蛇の尾を持つ龍属の魔物、コカトリス。

 それも20体。

 眼力だけで、人にダメージを与えることの出来るうえ、毒も石化能力もある厄介な相手だ。


「降参しろ! そうすれば命だけは助けてやる」


 鋭い嘴の攻撃を躱すだけの私に向けて、悪党は勝ち誇ったような笑みを向けた。

 コカトリスの召喚はB級召喚師以上と言われる。

 この人、それなりに力がありながら……。

 

 さて、どうしようか……コカトリスってちょっと頭が悪いのよね。

 懐かれても困るし…… 大人しく退いてもらうには。

 目には目を歯には歯を、龍には龍をか。


 私は周辺の人達には掛けたシールド魔法を強化すると、直ぐに詠唱に入った。


「偉大なる海の大怪にして

 蒼き深淵の王よ

 我が呼びかけに応えよ


 汝の力を此処に示せ」



 ゴゴゴゴ…… 上空に巨大な水の渦が現れる。


 コカトリス達の動きが止まった。

 野生の勘が警鐘を鳴らし始めたかしら?

 ぷるぷると震えているようにも見える。

 悪党術者はそんなコカトリスのお尻を蹴っ飛ばした。可哀想に……。


 潮の匂いが漂い始める。

 轟音と飛沫をあげて巻く天空の渦潮から姿を現してのは、ミッドナイトブルーの巨体をくねらせた緑目の龍。


『カメリア、何だコレは?』


 役不足と感じたのだろう。彼女は不満げに鼻息を吐いた。


「コカトリス達に帰って欲しいの」


『お前がやれば良いではないか』


「リヴィなら直ぐに終わるでしょ。平和的解決をしたくて」


『仕方ないな』


「ヒ、ヒ、ヒィィ」


「か、頭ぁ、何すか、あの化け物」


「リヴァイアサン…… なのか? 魔神をあんな短い詠唱で呼べるのか?」


 悪党はビビっている。


「コッ、コッ、コケッ」


 コカトリスもビビっている。

 

 リビィこと海神リヴァイアサンはコカトリス達を睨んだ。


 コカトリスは一様に平伏し、悪党達は両手をあげて降参した。

 死人を出さずに無事解決である。



「ウェルスリーさん! いつもながらご協力、大変ありがとうございます」

 

 地元の保安部隊も到着し、ホッとひと息ついた時。


 チリリン


 緊急事態を告げる、クォーツベルが鳴った。

 しかも赤く点滅しているところを見ると、これは召集命令。


 遠隔通信魔法を使って魔法局の担当魔術師に状況を尋ねる。


「魔王復活の兆候があります」


「…………予想より早かったですね」


「ええ。あと10年は無いかと思ったのですけれど。一部地域では魔物の狂乱が急激に増えています。間違いないでしょう。近々討伐隊が結成される予定です。ウェルスリー様も至急首都にお戻りを」


「了解しました」

 

 通信を切って空を仰げば、重たそうな雲が一面を覆っていた。


 遂に始まる。

 これは、夢を叶えるためには乗り越えてなくてはならない壁だ。

 カメリア・ウェルスリー、正念場よ。

 

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