悲しみの歌手ベテ【大人の昔ばなしシリーズ】

独白世人

悲しみの歌手ベテ

 今から少し昔の話。

 あるところにベテという女の子がいました。ベテは誰からも好かれる性格で、歌が上手な美少女でした。彼女の夢は歌手になることでした。

 やがて成長したベテはレコード会社と契約して何枚かのレコードを出しました。しかし全く売れる気配はありませんでした。

 

 そんな時、ベテの母親が車の事故で死にました。

 彼女はその大きな悲しみを歌にしました。

 たちまちその曲はヒットしました。レコード会社も彼女を“悲しみの歌手ベテ”として売り出しました。

 次のレコードもこの世の悲しみについて歌った曲でした。ベテは悲しみの歌手として世間に認知されるようになりました。それからもベテはレコードを出し続けました。そのどれもが悲しみを歌った曲でした。


 ベテは人前で笑わなくなりました。

 それは“悲しみの歌手ベテ”のイメージを守るためでした。


 ベテは歌手としての自分のイメージを守ることに徹しました。どんな事柄でもそこから悲しみを取り上げて歌にしました。夕日を見て人が感傷的になるように、彼女は青空に輝く太陽を見ても悲しめるようになりました。


 ベテは結婚し、やがて可愛い女の子を産みました。

 しかしその時も笑いませんでした。


 人間というものは悲しい歌が好きなのかもしれません。ベテは誰もが認める歌手になりました。

 歌手としての地位と名誉、お金を手に入れました。そして大きな家に住み、家族に愛されて過ごしました。

 ベテは全てを手に入れたのです。

 

 しかし笑うことは許されませんでした。

 結局彼女は、母親を亡くした悲しみを歌った時から部屋で1人でいる時も笑いませんでした。

 長生きをしたベテは痛みに苦しむことなく老衰で眠るように息を引き取ったそうです。

 彼女のお葬式には悲しみに溢れた顔をした彼女の遺影がありました。

 そして大勢のファンが訪れて彼女の死を悲しみましたとさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悲しみの歌手ベテ【大人の昔ばなしシリーズ】 独白世人 @dokuhaku_sejin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ