僕らが、ソレをアレする話。

三葉ヒロ

1人目 篠崎シンヤ(17歳)


『シンヤ!起きなさい!何時だと思ってるの!早く起きなさいよ!まったくもう、今日も遅刻じゃない!!今日大雨降ってるんだから自転車でなんか行けないのよ!!』


キーキー声。まくし立てるような言い方。

母親だ。うるせぇな。ヒステリー。

欲求不満かよ。

うぜぇ。うぜぇうぜぇ。


『はいはい、いってきまーす。』


シンヤは、今日もやる気なさそうに家を出る。

もう9時である。

母親の言っていることが正しい。


自宅から学校まで、自転車で30分。

自宅から徒歩10分の最寄り駅からは

バスで15分くらいで学校に着く。

(トータル25分)


どのみち遅刻だ。


小さな穴の空いたビニール傘をさして、

シンヤはとぼとぼと最寄り駅に向かった。


家を出て、左に曲がり、

手押し信号を渡り、まっすぐ一本道を行けば

すぐ駅だが、曲り角が少ないと遠く感じる。


…だりぃ。


駅につくと、ちょうど目的のバスが来ていた。


シンヤは、水たまりをいくつも踏み

革靴をビチャビチャにさせながら、

必死で走りなんとか間に合った。


『はっ…はっ…は…すみません。』


息を整えて、電子マネーで支払いを済ませ

バスの一番うしろの、長い座席の左窓際に座る。


なんて酷い一日の始まりだ。

いや、いつも通りの始まりだ。


バスが角を曲がり、

いくつか停留所のアナウンスが流れたあと、

シンヤの腹でいつものように『アレ』が騒ぎ出した。



グルグルキューグルグルゥ…

ギューグルグル…。


腹痛だ。

別に何か悪いものを食べたわけでも、

飲みすぎたわけでもないのに、

学校に近づくといつもこうなる。


そして、いつもの

大きな木が生えた

大きい公園が見えてきた。


ダメだ。出る。

慌てて『おりる』ボタンを押す。

『ピンポーン。つぎ、止まります。』


バスの扉が開き、シンヤは激痛の腹を擦りながら

急ぎ気味にバスを降りて公園に向かった。


幸運なことに、公園の個室トイレが空いている。

清掃後のようで、トイレットペーパーの補充も

完璧である。



23分後。


青白い顔のシンヤがトイレから出てきた。

いつの間にか雨も止んでいた。


誰もいない公園のベンチに腰を掛け、

カバンからセブンスターとお気に入りのジッポを

取り出しタバコに火をつける。


『シュ、シュ、シュボッ』

『…ふー』


ため息をつくように煙を吐くと、

シンヤはベンチに寝そべり、空を眺めた。


青い空。


そして目を閉じる。


鳥のさえずり、

野良猫の鳴き声、

トラックがバックする音、


そして、音が消える。


静かだ。

まぶた越しに太陽を見る。

あたたかい太陽の日差しを浴びて

体中が回復していく…ような気がした。

(実際のところまだ腹は痛い)


ホッとしたのもつかの間、

ズボンの右ポケットに入れている

スマートフォンが振動している。


『ブブブブーブブブブー…』


着信は、腹痛の原因、同級生でクラスメイトの

自称親友 森下誠人もりした_せいとである。

誠人は、180センチ、顔は彫りが深く、

一見賢そうに見えるが、たいして頭は良くない。


小さい頃からチヤホヤされすぎて、

自分が王様かなんかと勘違いしている。

ただのガキ。


そんなガキに、シンヤは高校入学からずっと、

パシリにされているのだ。


『んぁああ!めんどくせぇ!』


シンヤは、そう叫ぶと

スマートフォンをカバンの奥の方に仕舞い、

持っているタバコの灰を人差し指でトントンと

軽く叩いて落とす。

そしてまた、空を見上げる。


この大きな空のむこうには、

さらに大きな宇宙が広がっている。

そう思うと、自分の抱えている悩みが

とても小さく思えてきて、

気持ちが少し楽になった。


いつものベンチで見上げる

いつもの空。


その空の、いつも同じ場所で

小さくも眩しく光る星。


あの星はなんていう星なんだろう。

あの星にも人間みたいのがいて、

タバコみたいなものを吸いながら、

空を眺めていたりして。


そんなことを考えながら、

シンヤはその星をずーっと眺めていた。


ふとおかしなことを考えた。

あの星、実は宇宙船で、

人間たち《オレたち》を観察していたりして。


すると、


星だと思って眺めていた小さな光が、

少し右にズレて、大きくなった。


『え』


思わず声が出た。

そして、目が離せなくなった。

一体何が起きているのかさっぱりだった。

カバンからスマートフォンを取り出す余裕はない。


光はどんどん大きくなり、ついにはシンヤの手のひらくらいの大きさになった。


『うわっ』


驚いたシンヤが、後ろに倒れ込むように身を引くと、光は一気にシンヤを包み込んだ。


シンヤは光の中にいた。

目を閉じていてもわかる。

真っ白な世界。


シンヤは恐る恐る目を開けるが、

やはり、どこまでも真っ白。

白すぎて、目を開いているのかいないのか

分からなくなり、目をパチパチさせる。


『なんだこれ。何が起こったんだ…』


シンヤがそうつぶやくと、

突然どこからともなく女性のような声がした。


『あの、すみません。いきなりで驚きましたよね。』


え?女?

シンヤはあたりを見渡した。

しかし誰もいない。見えない。

どこまでも真っ白だ。


シンヤが正面に顔を戻すと、

目の前に声の主が立っていた。


歳はシンヤと、同じくらいだろうか、

青い瞳。鼻は高く。目は大きくて切れ長。

ツヤツヤとした厚い唇がなんとも色っぽい。

金色に輝く長い髪は

少しウエーブがかかっている。

透き通るような白い肌。手足は細長い。

白いワンピースのような服装で、

靴ははいていないように見えた。

背は意外と小さいが、出るところが出ていて、

グラビアアイドルのような体型をしている。


あり得ない状況に、

シンヤは言葉を失った。


光は少し照れた様子で話を続ける。

『さっき目が合って、気になって来ちゃいました。なんか困ってそうだったし。』


シンヤは口をぽかんと半分開けて、

無意識に光の全身をなめるように見ていた。

はっきり言って、めちゃめちゃタイプだ。

どストライクだった。


シンヤの頭の中ではもう、光は裸にされていた。

いや、大きめの男物の白シャツだけを一枚着て、何度か行ったことがあるラブホテルのベッドの上に座らせていた。もう妄想がとまらない。

あーどうしよう。妄想が、とまらない。


光は慌てて胸のあたりを腕で隠した。

『やだぁ。あまりジロジロ見ないでくださいよ〜。これは仮の姿なんですけどね。私は光なので。でもなんか恥ずかしいです。』


恥ずかしがっている姿も可愛い。

妄想は膨らむ。こんどは光に膝枕をしてもらっていた。

いやいや、いかん。しっかりしろ。


シンヤは、なんとか妄想をかき消し、

冷静さを装いながら、やっと口を開いた。


『へー。光…ちゃんっていうんだ。光ちゃんはどこから来たの?家はこの辺?何年生?俺と同じくらいかなぁ。』


ダメだ。何を話しているんだ俺は。

しっかりしろ。落ち着け、俺。

これはチャンスかもしれない。落ち着け。


シンヤは呪文でも唱えるように、

心のなかで何度も『落ち着け』と呟いた。


光は首を少し左に方向けて、シンヤを見つめている。

『私はこの空の向こう側から来ました。実を言うとね、私…ずっとあなたのことを見てましたよ。ずっとね。篠崎シンヤさん。』


ずっとっていつから?とシンヤが言おうと

思うか思わないかのところで、光が話し始める。


『シンヤさんが誕生したときからずっとです。』


なんで、話す前に俺の考えが解ったのか。

光は一体どんな存在なのか。

宇宙人か。妖精か。神か。なんなんだ。

質問したいことが多すぎて

何を話していいか分からない。


シンヤが当惑していると、光は両手を出し、シンヤの両頬を白く柔らかい手で優しく包み込み額と額をくっつけて、そっと目をつぶった。


『シンヤさん。あなたに渡しておきます。

困ったことがあったら使ってください。』


そう言うと、光の額が大きく光り始め、その光は

ゆっくりとシンヤの額にうつり、入っていった。


『その光は私の一部。カケラみたいなものです。私が空に輝き続ける限り、その力を使うことができます。ただし気をつけてください。いまこの瞬間から、その光はあなたの一部になりました。走れば疲れます。その力を使ったあとはちゃんと休んでください。』


そうして光は姿を消し、同時に真っ白い世界が

パッとはれて、いつもの公園の景色に戻った。

シンヤは呆然としながら、右手で自分の額を触る。


『あれ?あれれ?光ちゃん?光ちゃーん?』


俺は夢でも見ていたのか。

そう思いながら首を傾げ、空を見上げると

元の場所に光が見えた。

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