第1話 吹奏楽部の浅田さん

 楽器なんて興味は無かった。

 だからあの横笛の名前を必死に携帯で探した。


 横笛、フルート。


 それを知っただけで世界が少し明るくなった。同級生の浅田さん。一回も話したことは無い、以前は話しかける気持ちがあるだけだったのに、今はどうにかして話しかけたいと思っていた。

 今いるグループはワイワイする系では無かったけど、それでも浅田さんの席は遠かった。この前まで居心地の良かったメンバーはいつの間にか煩わしくなり、そして邪魔だと思う日も増えた。


 それを察したのか毎日メンも少しいない日が出来て、多分こういうことが空中分解って言うのだろうなって思った。


「浅田さん、あの」

 勇気を振り絞ったのは空中分解するかに思えたグループは私をなくすことで再結成されてから三日ぐらいだった。

 元々、孤立こりつ気味だった浅田あさださん、もしここでそっけなくされてもまだ戻ることが出来るという目算もあった。


「理由はよく知らないけど、グループから追放されかけの武藤さん、何?」

 そこを突いてくるか。そうなれば本当の理由を知っているの?


「いやその。話しかけたくて」


「で、話してどうだった?」

 興味が全く無さそうだった。この人にとって私って何も無いんだ。


「その楽しいなって」


「嘘」

 ここで挫けてしまうと永遠に機会は無い。


「一緒にスタバに行きましょう」


「悪いけどお金無いの」


「おごるから」


「言ったわね」

 総額二千円。やられた。


 素知らぬ顔でなんかいっぱい言った抹茶フラペチーノを飲んでいる。サイズもすらすら言えたので、ヘビーユーザーだろう。


「そのえっと」


「ごちそうさまでした」

 そういってニューヨークチーズケーキにフォークを落とした。


「なんでフルートなのさ」

 フラペチーノとニューヨークチーズケーキを満喫している女に聞くには痛手だった。


「いつも見てたでしょ」


「いやいつもでは」


「いつもあそこで吹いているからね。非常階段はちょうどいいの、明日来る?」

 お部屋?


「部屋にだよ。教室に残っててね。じゃ」


「え、じゃって?」


「フラペチーノは飲んだし、ヨーグルトは持ち帰るし、ニューヨークチーズケーキは食べたわ。ありがとうね」


 何も言わさずに去って行った。


 ここで確定したこと一番明日お部屋に行くことで二番はグループに戻れなくなること。

 眠れなかった。そうかそれほどエロい女だったのか。

 すぐに肉体関係か、前から目をつけられていたのかもしれない。

 中学生の時に男としたから、痛くはないはずだ。どんなことをするんだろ。目隠しとかするのかな。そうなったら少し怖いな。


 放課後を迎えるまで古文の授業はゆっくり進み、私の顔を見ずに元メンバーは食事を摂り、昼の授業で当てられてもごまかして笑われて、ついつい浅田さんのことを気にした。


 馬鹿な女だと思われただろうか。今日はいつもよりいい匂いのするシャンプーで、でも夏だから汗もかいたと思う。する前にシャワーも浴びたいな。シャンプーは流れるけど、仕方ないよね。浅田さんと同じ匂いがするのはいいかもしれない。


 放課後、人がいなくなるのを待った。


「来て」

 荷物を持って手を引かれた。音楽室。


「え、こんなところでするの?」


「屋上でもいいけどまずは出さないと」

 何を出すの。実は男の子だったの?


「吹いてみて」

 すーっと音が出た。


「リードは無理そうだ」

「マウスピースはどうだろう」


「あの」


「何?」


「するって、いつするんですか」


「アンタ結構せっかちなんだね」


「だって正直、ずっと気になっていたし」


「そこまで関心あるならなぜもう少し早く言わないの? 夏の大会終わったわよ」

 大会ってなんの? そんな公開プレイにしては何か様子がおかしい。

「大会って楽器のコンクールよ。指揮のコンクールは今のところは聞いたことないわね」


「あ、なるほど」


「だから楽器選びをしているのよ。それとも何? 変なこと考えているの?」


「その今更だけど、私、武藤和音むとうかずね。その」

 慌てる私にゾクゾクする声で浅田さんは言った。


「エッチ」

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