規格外の聖女~偽物と認定されて投獄されましたが、奇跡を起こしました~

森山侑紀

第1話 聖女じゃなかったので、婚約破棄されて投獄されました。

 聖女とは?

 聖なる女?

 奇跡を起こす女神?

 私じゃないことは確か。

 レクラム王国の豪華絢爛な王宮の大広間、私は屈強な近衛騎士に掴まれ、皇太子殿下の前で跪かされた。ここ最近、一日一回野菜の切れ端が浮かんだスープしか食べていないから力が入らない。

「リナ、聖女のふりをした偽物よ。我らを欺いた罪、万死に値する。よって、我、アルベルト・ナターナエル・デム・レクラムはそなたとの婚約を破棄する」

 金髪碧眼の皇太子がドヤ顔で婚約破棄を宣言した。純金と黄水晶のシャンデリアの下、周囲の宮廷貴族も神殿長を始めとする神殿関係者も断罪ベントに期待している。

「アルベルト殿下、謹んで婚約破棄を受け入れます。ただ、私は聖女のふりをしたことは一度もありません。そちらが勝手に聖女として召還したのです」

 いくらなんでもひどい。

 私は本田里奈、令和の日本で残念な女代表として生きていた。

 それでも、念願のパン職人として充実した日々を送っていた。

 後輩のうっかりミスにより三日徹夜連続でパンを焼いて納品した後、ロッカールームで気を失って、目が覚めたら神殿の祭壇だった。

 なんかね、異世界の中世ヨーロッパみたいなレクラム王国で、聖女を召還したら私が現われたんだって。

 その時、私の髪はボサボサだし、頰や手にはバジルソースやチョコレートソースがべったり。

『……せ、聖女様? ……聖女様ですな?』

 神殿長にこの世の終わりに遭遇したような顔で覗きこまれ、国王代理のアルベルト殿下には指を差されて罵られた。

『……どこか聖女? 聖女がこんな醜いわけがない。何かの間違いであろう』

 聖女を召還して、出現したのが私だから聖女。

 ……うん、どんなに否定しても無駄……神殿のメンツで私は聖女として扱われ、慣例通りに次期国王のアルベルト殿下との婚約が決まった。

 国王とか、王太子とか、王妃とか、お城とか、貴族とか、騎士とか、フリルとレースのズルズルのドレスとか、コルセットとか、クラヴァットとか、ベントっていう切り込みが入った長衣とか、マントとか、君主制の中世ヨーロッパみたいな国で、わけがわからないまま流されたけど、私に聖女の力なんてあるわけがない。

 浄化って何? 

 それ、美味しいの? 

 治癒の力? 

 そんなの私が持っていたら、子供の時の古傷を治している。

 雨を降らすこともできなければ、風を吹かせることもできず、予知もできず、神託を聞くこともできず、人の心を読むこともできず。

『聖女様、奇跡を起こしてください』

 なんでもいいから奇跡を起こせ、っていう圧がすごくなった。召喚失敗の責任を取りたくないんだろう。

『無理です。私にはなんの力もありません』

『歴代の聖女様も元の世界ではなんの力もなかったそうです。召還した後、聖女として覚醒されました』

 目の前に積まれた聖女歴書は少し読んだだけで血の気が引いた。どうして、私が召還されたのかわからない。

 ……その、覚醒?

 全知全能の創造神に会っても覚醒できる気がしない。

『無理だと思う』

 私が何もできないと知ると、王室や神殿の期待が落胆に代わり、与えられていた王宮のゴージャスな部屋から追いだされ、神殿の狭い部屋に移り、さらに神殿の端にある古い小屋に移された後、久しぶりに王宮に呼びだされた。……今、ここ。

「偽者め、まだ言うか」

 アルベルト殿下の隣にはお気に入りの男爵令嬢が張りついている。神官たちが噂していたけど、次の婚約者かな?

 ……うわ、なんか、私に対して勝ち誇ったような目がすごい。

 ストロベリーブロンドにローズクォーツみたいな瞳で純情可憐そうな令嬢なのに。

「いきなり召還され、聖女だと持ち上げられて困りました。私がなんの力もないと知った途端、掌を返して詐欺師扱い。どうか、元の世界に戻してください」

 何も言わず、我慢していたら詰む。それは毒親育ちで身に染みている。家庭でも学校でもバイト先でも自分を押し殺して、周りの言いなりになって、ひとつもいいことはなかった。周囲の私に対するひどい扱いがアップデートされただけ。

 嫌われることを覚悟して自分の意見を言ったら、初めての友人ができた。

 バイト先だった天然酵母がウリのパン屋にそのまま就職して、毒親から逃げて一人暮らしを初めて、ようやくこれからだったのに。

「我が父、国王陛下の病状が思わしくなく聖女召還になった。総力を挙げ、聖女を招いた。そなた、本物の聖女をおしのけ、参ったのであろう」

 アルベルト殿下の言葉に同意するように、神殿長やら神官やら召還に関わったメンバーが相槌を打つ。

 どうして、そうなる?

 すべての責任を私に押しつける気?

 これ、絶対に流されたらあかんヤツ。

「私の意志で来たのではありません。それだけは間違えないでください」

 勝手に呼んだのは誰よ、と私は真っ赤な顔で言い返した。国王を頂点にした厳格な身分社会ではアウト。……わかっているけれど、止まらなかった。食事もまともにもらえず、古い小屋に閉じこめられた生活で、どこかのネジが外れたのかもしれない。

 お腹が空いて、目が回りそう。

 子供の頃にごはんももらえず、押し入れに閉じこめられた経験がなかったら耐えられなかった。

「そなた、醜女のくせに無礼」

 アルベルト殿下が吐き捨てるように言った後、イケメン揃いの側近たちが私を罵りだした。

「リナ嬢、傲慢だ。不敬罪に当たる」

「リナ嬢、身の程を知れ。弁えられよ」

「リナ嬢、王太子殿下に異議を唱えてはいけません。子供でも知っていることです」

「リナ嬢、今の時点で串刺し刑になっても文句は言えませんぞ。悪いことは言わない。リナ嬢のため、アルベルト殿下に恭順の意を示されよ」

 トドメのように宰相に耳元で囁かれ、私は喉を引き攣らせた。私の命が王太子殿下に握られていることは確かだ。ここでは私の味方がひとりもいないから。

「古来より、召還した聖女は王族に嫁ぐ。偽物のそなたは我の妻にはなれぬ。婚約は破棄する」

 アルベルト殿下に改めて言われ、私は承諾するように大きく頷いた。

「はい。婚約破棄を受け入れます」

 アルベルト殿下を初めて見た時、ハリウッドスターも霞むイケメンぶりに驚いた。同時に規格外の傲慢ぶりに引いた。

 ブスだと下品だと卑しい賎民だとさんざん罵られ、嫌われたし、今後、いっさい関わりたくない。

「神殿は偽物を受け入れぬ」

「はい」

 これ以上、古い小屋に監禁される生活は耐えられない。

 このまま放りだして。

 パン職人としてなんとか生きていけると思う。

「聖女を名乗った罪は重く、万死に値するが、処刑は忍びない。暫くの間、地下牢で頭を冷やせ」

 ……え?

 今、なんて言った?

 斧で脳天をカチわられたような感じがした。

「……地下牢?」

 断罪イベント後、私は投獄された。

 甘かった。

 隙を見て、逃げだせばよかった。

 後悔しても遅い。

「リナ嬢、悔い改めよ」

 神殿長が檻の外でこめかみを揉んでいる。すでに『聖女殿』と呼ばない、白い鬚がそれらしくて風貌は聖職者だけど、中身は世俗に塗れたお貴族サマだ。建国以来、国王や王室の暴走を止めるのが神殿らしいけど、神殿長はアルベルト殿下の機嫌を取るだけ。

「神殿長、元の世界に戻してください」

 私は檻を掴み、神殿長を睨みつけた。言っても無駄だと思いつつも、言わずにはいられない。

「それがいけない」

 神殿長に同意するように隣にいた元第一騎士団長のヨハネスも頷く。三年前の内乱討伐で右腕を失ったという。聖女の奇跡をしつこく求めたひとり。

「どうして? 大魔法師様に協力してもらったら、なんとかなるんじゃないんですか?」

 この世界には稀に魔力持ちがいて、魔塔で研究しているという。車の代わりに馬車が走っているけど、魔法師と呼ばれる魔力持ちが発明した魔導具のおかげでそんな不便は感じない。スマートフォンやパソコンの代わりに、伝達の魔導具や記録の魔導具、映像の魔導具など、いろいろあるし、下水道も整えられている。

 聖女の召還には大魔法師も関わっていた。もっと言えば、召還を成功させたのが大魔法師だという。私が聖女としてアルベルト殿下と婚約する前に魔塔に帰ってしまった。以来、一度も顔を合せていない。噂によれば、変人。

「身の程を弁えよ」

「どうしたらいいんですか?」

「アルベルト殿下の仰せのままに」

「いくらアルベルト殿下に従いたくても、国王陛下の病気を治すことはできないし、神殿長の老眼を治すことはできないし、ヨハネスの失った右腕を復元させることはできないし、元帥の右目を見えるようにすることもできないし、汚染された土地を浄化することもできないし、川の氾濫を止めることはできないし、枯れた木を蘇らせることはできないし……」

 私が今まで求められた奇跡をつらつらと捲し立てると、神殿長は遮るように言った。

「我らの召還に応じたのだから、ひとつぐらいできてもいいのではないか?」

 歴代の聖女も万能ではなかったらしい。治癒の力を持っている聖女、雨を降らす力を持っている聖女、未来を予言する力を持っている聖女、悪意を見破る聖女など。

 魔法師の魔力でなんとかできるんじゃないかな、って私は単純に思った。

 けど、巨大な魔力を持っている魔法師でも、聖女の力は持っていないという。魔力で攻撃できるけど、人も自然も救えないみたい。なんか、魔力ってエネルギーみたいなもの? 

「パンを焼くのは得意です。美味しいパンを焼きますよ」

 小麦やライ麦パンを使った王宮のパンは不味くはなかったけど、令和のテクがあればもっと美味しくなると思う。スベルト小麦を使用しないなんて勿体ない。パン職人としての腕が疼いた。

「……話にならん。最悪の事態を覚悟されよ」

「最悪の事態とは?」

「処刑」

 神殿長にあっさり言われ、私は愕然とした。

「……そんな」

「串刺し刑で苦しみたくなければ、アルベルト殿下に逆らうな。そなたのため、言えるのはそれだけじゃ」

 処刑を回避するため、私は神殿長に言われるがまま、廃嫡された元王太子殿下と結婚するしかなかった。

 偽物判定された聖女が処刑されなかっただけ幸運だとか?

 慈悲深いアルベルト殿下の恩情とか?

 私、これからどうなるのかな?

 仕事仲間に会いたい。

 いきなり私がいなくなってどうなっているのかな?

 いくらなんでも不条理じゃね?

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