1.自らを天才だと宣う天才(2)

 いつの間にか背後にいた声の主。

 黒いローブを纏う、金髪が印象的な不愛想な少女。

 青い瞳が、キッと俺を睨みつける。


「人を見た目で判断することは、私の信念に反します。が、しかし、それでも私は、この人は大した冒険者ではないと思うのです。私は一般人に弟子入りなんてしません」


 彼女がまくし立てる言葉は、辛辣そのものだった。

 傲慢で、世間知らずで、良い慧眼をもっている。

 それが彼女への第一印象。


 俺も、彼女と同じ意見だった。

 つまり、俺は師匠たり得ないだろう、ということ。


 先程、ギルド長から有り余るほどの高評価を受けて、少し居心地の悪さとでもいうべき感覚に襲われていた。

 実力に不相応な期待をされて、嬉しい、という気持ちは勿論あったが、それよりも、そうだな……「俺はそんな素晴らしくない! これといった目標も大志もない、みすぼらしい精神を持った人間なんだ!」と思いながらも口に出せない、もどかしさのほうが大きかった。

 だから、彼女の冷めた言葉に安心感すら覚えた。

 そんな自分を、ちょっと虚しくも思う。


「お嬢さんは、強いのかい?」


 少し遠くで傍観していた大男、ハントが腕を組み、笑みをこぼしながら尋ねた。


「ええ、天才なので」


 彼女の返答は力強く、揺るぎないものに感じられて、俺は何だか、責め立てられているような、慰められているような、とても不思議な気分になった。

 自らの才能に対する、絶対的な信頼。

 それを隠さずにさらけ出しているという点は違うものの、自惚れと言えるその姿は、どこか昔の自分と重なって、ああ、この人も、名前も知らない、自信に満ち溢れたこの少女も、俺も同じように、励み、気付き、挫けるのだろうと、憐みの感情を抱いた。


 しかし、もし、彼女が俺とは異なり、本当に才能があったら。

 俺は本当に情けない姿で、きっと彼女に、憐みを向けられてしまう。

 そこまで考えて俺は、彼女に才能がなければ、凡人であれば安心できると、心底恥ずべき思考に至った事実に気付き、頭上の雑念をふるうように首を振った。


「二人で勝負するといい」


 ギルド長が口を開いた。


「エリィ(おそらく少女の名前であろう)が勝てば、弟子入りはしなくていい。それでどうだ?」

「構いませんよ」

「確かに! うだうだ話すよりも白黒つけるのが一番だ。頑張れよ、ロウ!」


 こうして俺は、エリィと呼ばれた少女と勝負をすることになった。

 勝負って、何をするのだろう。


□□□


「ルールを設ける。ロウは、エリィに一切攻撃してはいけない」


 ギルドに併設された、屋外の闘技場にやってきた。

 そこで告げられた、あまりにも理不尽なルール。

 攻撃せずにどうやって勝てというのか。


「どういうつもりですか、ギルド長」


 俺が異議を唱えるよりも先に、エリィさんが抗議した。

 実力に自信がある彼女は、まさか自分がハンデをもらう側だとは微塵も思わなかったのだろう。


「どちらかが降参するか、ロウがルールを破るまで、勝負は続くものとする」

「ちょっと!」

「説明は以上だ。では二人とも、位置につきなさい」

「……」


 ため息は、エリィさんからこぼれたものだった。

 闘技場の土を踏み、俺から五メートルほど離れた場所で、ローブのポケットから、折り畳み式の杖を取り出し、展開し、先端をこちらに突き付けて、睨みつける彼女。

 その瞳に、光はなかった。

 俺はというと、ルールの関係で武器を使うわけにもいかないので、両手を空けたまま対峙する。

 おそらく、それがさらに彼女の神経を逆なでしたのだろう。

 それなりに距離があるのでよく見えないけれど、杖を持つ両手が、心なしか震えていた気がした。


「では、始め」


 開始直後、彼女の杖の先端が青白い光を放ち、鋭い音が鳴り響く。

 周りの空気が杖に吸い込まれる。

 彼女の口が小さく動いた。

 なんて言ったのか、聞き取ることはできなかった。


 魔法の発動には、魔石と呼ばれる鉱物が必要不可欠である。

 魔石には大きさの規格があり、大中小と三つに分けられるのだが、彼女の杖の先端についている魔石は、見た限り最高ランクの魔石だった。

 それは金持ちが誕生日に奮発して買うようなものであり、彼女が裕福な家で育ったことが伺える。


 だからって、どうということはないのだけれど。

 大魔石をこんな重要でもない試合で使っている点に、引っかかりを覚えた。

 一般的に大魔石の用途は、貴族のパーティでの余興が多い。

 冒険者の中でも使える人は限られているし、使うとしても奥の手だ。


「魔石って、使い捨てなんだけどなぁ……」


 俺の声は、今まさに放たれようとしてる彼女の魔法にかき消された。

 先程から闘技場を照らしている青白い光は、いよいよ彼女の姿すら隠すほどに輝いていて、もうすぐ魔法の形成が完了することを確認した。

 魔法の動向を目を細め注視しながら、ズボンの右ポケットに手を突っ込む。

 取り出したのは魔石。

 凡人の俺は、なんて扱えない。


 魔石は大きければ大きいほど、発動する魔法の威力が増す。

 小魔石と大魔石では、別の魔法を使っているのではないかと思うくらい差が出る。


 何年か前、貴族の子供が大魔石を誤って使用し、両親に重傷を負わせるという事件があった。

 大魔石を使える子供というのはとんでもない逸材ではあるのだが、とにかく、使い方次第で人の命を簡単に摘み取ることができてしまう道具、それが大魔石であった。


 小魔石を握り、魔法で応戦しようとしたその時。

 彼女の魔法の光が、必要以上に膨張していることに気付く。

 その光の強さから、この闘技場を丸ごと吹っ飛ばすほどの威力であることが推察できた。

 彼女は何を考えているんだ。

 そんな魔法を使ったら、その場にいる自分自身だって消し飛ぶ。


 流れる汗を拭う余裕すらない一瞬。

 今にも消えそうな、でも確かに、その声は聞こえた。


「助けて……」


 数回しか聞いたことのない声だった。

 それでも、それがエリィさんのものであることは考えるまでもなく分かった。


 この魔法の暴走は、本意ではない。

 彼女は、魔法を制御できていないようだった。

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