キャバ嬢が消えた夜に


 うわ


 全キャストの心の声。

 客が煙草を吸いながら入ってきた。何代目風ですか? と聞きたくなる服装。しかも女連れ。こっちは同業者風だ。

 誰が接客すんだよ。誰が連れてきたんだよ。

 全員下を向き一切店長と目を合わせない。


「イツカさんマイさんお願いします!」


 戦闘開始を知らせる店長の声。ああ、やだやだ。気が重い。マイさんはツカツカと先に行く。この人に怖いものは無い。私は後に続き女性側に着いた。あゆ好きですか? と聞きたくなるようなサングラスだ。取る気は無いらしい。


 あゆはツンとすまして何代目の酒を作っていた。出た、他店で仕事する奴。


「お姉さんありがとうございます。お待たせしました。お作りしますよ」

「いいのいいの。何にもしなくていいよ」


 お前の店で同じ事してやろうかと思う。


「助かります。お食事はされてきたんですか?」

「は? 太ってるって言いたいわけ?」


 ずいぶん気合い入ってんな。


「お姉さん太ってたら私なんてゴジラですよ。あっピアス可愛い。どこのですか?」

「ヴィトン。彼が買ってくれたの、ね」


 ブランドは見たら分かりますけど、ね。


「素敵ですね。さり気ないのに存在感がある」


 すかさずマイさんがフォロー。こういうタイプはセットで相手した方が良い。二手に分かれると陰でいじめられる可能性が高い。そもそもやりにくさはレベルMAXなのでキャスト同士で協力してプレイしよう。なんちゃって。


 一触即発の空気の中、慎重に会話が行われる。まずはファッションを褒めてみる。好きなショップ、無いらしい。そうか。ならばバッグやアクセサリーは? 興味ない? なるほど。ねえ、金払うんだよね? 楽しい?


 私達が話すとあゆは何代目を見てにやにやするだけだ。酒やグラスに手を付けようとするとブロックされ一切触れさせてもらえない。

 さっきから飲むか煙草吸うでしか口を開かなかった何代目が声を出した。お前さっきマイさんシカトしやがって。喋れんじゃねえかよ。


「俺黒服と話したい」

「たっちゃんすぐ黒服と仲良くなれちゃうもんね。誰か呼ぼ。お願いしまーす!」


 一番近くにいた黒服の山下さんが振り向いた。誰の声? という顔。あゆが山下さんを手招きする。


「たっちゃんがお兄さんと飲みたいって。付き合ってあげてよ」

「あざっす! 良かったらイツカさんとマイさんも一緒に乾杯どうですか?」

「いいからとりあえず自分の酒だけ早く持ってきなよ」

「あざっす!」


 もうマイさんはモナリザの微笑だ。山下さんが酒を持って戻ってきた。


「有り難う御座います! 頂きます!」

「ねえ、エイジ君知ってる?」


 と、何代目。私とマイさんは手持ち無沙汰でニコニコするしかない。


「エイジさん……ちょっとわかんないですね。黒服ですか?」

「へえ、エイジ君知らないんだ。ふうん」


 おめえは誰なんだよと横からつっこみたくなる。


「エイジ君はこの辺仕切ってるヤクザだよ。たっちゃんはエイジ君にすごい気に入られててよく一緒にご飯とか行くの」と、あゆ。

「ああそうなんすね。勉強んなります。そしたらそのうち会うと思うんでその時は挨拶させて貰います」

「タツヤだから。俺の名前出していいよ」

「あざっす! ご馳走様でした!」


 その後マイさんが抜かれ、ユウカさんが着いた。ユウカさんなら大丈夫だ。慣れてない子じゃトラウマになりかねない。私も無事抜かれると派遣が着いた。派遣は……まあ、気楽にやってくれ。


 キッチンに直行しマイさんを捕まえる。


「いやあキツかったっすね」

「やばかったね」

「女のサングラス叩き割ってやろうかと思いましたよ」

「あれは多分キャバ嬢じゃねえな」

「え? 何でですか?」

「ずっと膝ひらいてたし。酒の作り方とか灰皿交換は頑張ってたけど、おしぼり変なたたみ方してたでしょ。店によって違うもんだけど、あれは見た事ない。たぶん見よう見まねで覚えたかな。決め手はターボライター」

「なんなんですかあのカップル」

「知らね。あー疲れた」


 キッチンからこっそり様子を見ると、ユウカさんがひとりで喋っていた。それも笑顔で楽しそうに。固まる客を置き去りにひたすら喋り続けるユウカさん。喋りながらあゆがたたんだおしぼりを奪い、目の前で広げてたたみ直していた。最強だ。


 いつの間にか一緒に見ていたマイさんが話しかける。


「ユウカすごいね」

「山下さんじゃないですけど、勉強になりました」


 なおも喋り続けるユウカさん。結局ラストまで喋り倒すと、ああ楽しかった! どうもありがとう! と言ってとびきりの笑顔で見送りに行った。帰り際の客の顔が見たかった。


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