I got my peaches out in club L
更衣室でキャストが泣いてる。誰だろう。
ひとまず私服のままキッチンに入ると先に出勤していたマイさんが煙草を吸っていた。
「はよざいます、更衣室、」
「マキ」
「どうやって着替えたんですか?」
「ドレスロッカーだから普通に入った」
お強い。
「ですよね。ていうか皆そうですよね。気まずいな。21時入り他誰だろう」
「複数で入る方が気まずくない? 気にしなくて大丈夫だから入っちゃいなよ。20時組も最初は心配して様子見てたけど、結局皆居ないものとして受け入れた」
「キッチンで泣けばいいのに」
「あんたが一番ひどい」
そうかな。
一応声をかけて更衣室に入った。
マキさんは更衣室の端っこで丸まって泣いていた。
客にいじめられたにしては時間が早すぎるし、出勤自体少ない子だから絡みが無くて泣いてる理由が分からない。
着替えを済ませてロッカーを閉めた。鍵をかけるとマキさんがふいに顔を上げ、目が合った。
げぇマジかよ、なんて言えるわけない。鼻をすするマキさんにティッシュを手渡す。
「ごめん、ねえ、大丈夫?」
マキさんはまた泣き出してしまった。困る。どうしたら良いか分からない。
「あの、ごめん、みんな来るし、良かったらキッチン行かない? 私バーテンやってたから簡単なカクテルなら作れるし、あっ道具無いから振ったりとかは無理だけど……。ワイン飲んでたよね? 冷蔵庫にフル盛りの桃切ってあったから、ちょっとくらい大丈夫だよ。桃の美味しいの作ってあげる」
ギャン泣きだ。桃嫌いらしい。もうお手上げ。
控えめなノックが聞こえる。21時入りが一番多いから更衣室が混み出す時間だ。仕方ないからマキさんを残して出て行く。すれ違うキャストが気の毒そうな視線を送ってくる。マイさんが何か言ったに違いない。
キッチンに戻るとiQOSを取り出した。マイさんが灰皿を滑らせてくれる。
「あんたが冷たいって言った事取り消すよ」
「聞いてたんですか? 助けて下さいよ」
「女が泣いてるのは無理」
「マキさん、今夜はだめだろうな」
「だろうね。じゃあカクテルあたしに作ってよ」
なんのじゃあだ。いいけど。
桃を潰しながらマキさんの泣き顔を思い浮かべた。元々マキさんは普通に可愛い。大きな瞳からぽろぽろと雫がこぼれてた。男ならああいうのにグッと来るのかもしれない。
「こういうとき山下さんいないの痛いですよね。あの元気印」
「だから今なんだと思うけどね」
「えっもしかして?」
「いやいや、やまぴーは大丈夫。代表の拾いっ子だしああ見えて固いからさ。マキが一方的に入れ上げたんだと思う」
「なるほど。若さですかね」
「あんた21時入りが多いから知らないだろうけど20時入りはみんな気付いてるよ。マキの片思い」
苦笑いで完成した酒を手渡した。ちょっと甘過ぎると言われた。
マキさんはいつの間にか来なくなってしまった。あの後すぐに飛んだらしい。
今でもフル盛りの桃を見るとたまにマキさんを思い出す。 絞れば滴る甘い汁。その味は如何に。
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