第Ⅱ章 迷いの森
その男がリザレアに訪れたのは一年の中で一番忙しい七番目の月・牡鹿の角の月、八番目の月・天壇青の月、九番目の月・鏡空の月の終わった、秋が深まろうというときであった。男はルイガと名乗った。
濃い焦茶色の髪と、狡猾そうな茶色の瞳。口元にはいつも人を嘲笑するような笑みが浮かべられており、見ていて決して愉快な男ではなかった。
ルイガは旅の魔法使いだと言った。
「……その魔法使いが、わが国にどんなご用件かな?」
微かに眉をひそめるセスラスを、まるで奴隷でも見るような侮蔑的な瞳で見返し、ルイガは顔を上げ言った。
「実は、預言を集めているので……」
「預言……」
訝しげに呟いたセスラスの顔を、アスティは今も忘れることができない。
預言とは、ローディウェールの時代、かの王国の秘密にして真髄たるものを記したという石版のことで、石版には一列から二列にわたってその内容が記され、世界のあちこちに存在するという。その順番は誰も知らぬ。ただ王国や村々などに代々受け継がれてきたものだということだけはわかっている。その内容すべてを知る者は、いない。
預言をすべて揃えた者は莫大な力を得るという。
そして必ず各国の王宮にいるのが預言者と呼ばれる者たちで、彼らは古代王国の時代からの記憶を引き継ぎ、石版を守ることがその生業だとされている。
「そういえば、リザレアにもそんなものがあったか」
自分を見てそう言うセスラスの表情にはあきらかに退屈そうなものが浮かんでいる。アスティが主君へ顔を向けると、涙滴のかたちをした青水晶の耳飾りが、あたりへ一瞬するどいプリズムを放った。
「そのためにレヴァがいるのだがな。―――――レヴァ。どう思う」
玉座のすぐ右隣に控えるアスティの隣にいつもいる、白いローブに身を包んだリザレアの預言者・レヴァが一歩進み出てセスラスに言った。
「恐れながら、わが国にもございます。石版の力は土地に力を与えます。力を失った土地の石版は土地を守護する能力を失います」
「ふむ。まああんな重いものを持ち歩けるとは思わんが……どのような理由でまた?」「陛下。私が用があるのは石版に記された、預言の内容です。その一列もしくは二列の、短い文にだけ用があるのです」
「―――――何が目的でだ」
「さてそれは……」
ルイガは無知な者を嘲笑うかのような笑みを口元に浮かべた。しかしその無知とは、誰もが知らないことを同時に知らぬ者であり、また関心のない者であり、病的なまでにそれに執着し知識を得る者にとっては、自分がいかにそのことについてを知っているかを思い知らせる、恰好の自己陶酔の対象、標的たる無知であった。
「陛下のあずかり知らぬ知識ゆえ……」
アスティは密かに眉をひそめた。
一国の王に対して、あまりにも無礼な。しかもその国の所有物に用事があるというのなら、このようなルイガの態度は必然咎められるべきであった。しかしアスティは何も言わなかったし、レヴァの隣で控えている王の右腕と呼ばれるディレムも、相変わらず無表情でいた。無論のことこういった細かいことを気にしない国王セスラスに到っては、平然としてこう言い返したのみであった。
「そうか……しかしこちらも石版の場所を知らぬ限りは、なんとも言えん」
「そうですか。それでは」
と、拍子抜けするほどにそっけない反応を見せると、ルイガは挨拶もそこそこに、さっさと玉座の間を出ていった。
玉座の間がひそかにざわめきに満ちた。そこに詰めていた兵士たちや勇女軍の者、長老たちすら眉を寄せて何事か囁きあっている。まぎれもなくルイガの態度に対しての批判の表情であった。
「アスティ。この後は?」
「今の謁見で今日は終わりです」
「そうか。よし」
呟くとセスラスは立ち上がった。それから小さくアスティに後で香茶をもってきてくれと囁くと、脇の扉から出ていった。頭を下げそれを見送った玉座の間の人間は、セスラスが出ていくとしばらくそこにいたが、やがて誰からともなくそこから去り、あとには扉の外で警備をする兵士が残るのみとなった。
「どう思う」
アスティの淹れた香茶を飲みながら、セスラスは顔を上げ尋ねた。
「どう……と仰られても」
ここは国王の書斎である。
国王ウェンセスラスが、唯一国王でもなく君主でもなく、ただひとりの男として、時を過ごすことの出来るたったひとつの場所だ。ここでは彼は、公務にとらわれず自分の時間を過ごすことが出来る。そしてこの部屋に入ることが出来るのは城内ではアスティただひとりであった。そう決められたわけではないが、これは城内の暗黙の了解であった。おかしな意味でアスティのみが立ち入りを許されているわけではない。
アスティしか入れないのは、よしんば他の人間が入ったところで、どうしても部下として「国王」の言葉を待ってしまうからである。「国王」が退室を許すまで、「国王」が何か言うまで、次の行動を起こさないからである。書斎のなかではひとりの男としてくつろいでいるセスラスには、それがどうしようもなくうっとうしいのだ。用が済んでも下がってよいの一言を待たれてはかなわないのである。
その点アスティは、自分が本を読み耽っている時は知らない間に退室しているし、香茶が冷める頃に新しいものを持ってきてくれる。部下として接しはしても、それを必要以上に感じさせない態度をとることが出来るのだ。
「今日の雲は、随分ときれいですこと」
とか、
「長雨ですわね」
とか言ったりする。しかしここで、民は安心だとか国が大助かりだとかは、絶対に言わないのだ。必然、この部屋に入ることができるのは、アスティだけとなった。
「確かに……少し危険な気もしますが、だからといって何もしないうちには」
「国外の人間の行動に対してそう制限もできまい」
「ですがだからといって何か起こったあとでは……」
「うむ」
セスラスは窓から見える砂漠を見ながら香茶をまた一口飲んだ。
アスティは傍らに立ってその横顔をじっと見ている。いつも思うことなのだが酒を飲むセスラスが、どうして自分の香茶をこうまで好むのだろう。いつか聞いた時には、お前の香茶は絶品だという答えしか返ってこず、アスティを思わず沈黙させたものだ。
「放っておくしかあるまい」
「はい」
―――――砂漠が、金色に光る時間となった。
石版……。
それは古代の秘宝。古代の至高の財産を手に入れるための秘密めいた鍵。
古代王国の滅亡と共に石版はちりぢりになり、あるものには一行、あるものには三行程度の文句が記され、……どこかへ消えていった。
石版は王国が所有する場合もあれば、小さな村に祀られていたり、または代々守られている場合もある。しかし多くの場合、それらの場所を知る者は、いない。
唯一共通していえるのは、石版の力がその土地を護っているということであり、土地そのものに力を与えているということだ。石版は他の石版の力の及ばないところに力をのばし、そうして他の石版が遠すぎてその土地に力を与えられないぶんを互いに補っているのだ。
石版の力の消えた土地は力を失う。
世界各地、石版の力に守られた土地は、色々な特徴を持って栄えている。
北のレズンドは雪に囲まれた氷の世界、東のナヴィエドは森に囲まれており、西のアハネドは草原の土地だ。これらはあくまで一例にすぎず、リザレアのようにそれは砂漠であったり、海であったり、山であったりするのだ。
とにかく石版に記されている言葉が古代王国の究極の秘密で、そのことを誰でも知ってはいても、誰も関心を持たなかったことも、敢えて秘宝を手に入れようとする者も、いなかったといっていい。
石版はそこにあってないようなもの、人々はそうして時代を繰り返してきたのである。 そう、石版すべての言葉を手に入れた者は、絶大な古代の宝を得ることになる。
しかして誰一人としてそれを成し得た者はいない。
あまりにも古く、耳慣れてしまったことなので関心がないというのも然り、場所も数も知らない石版をすべて集めるのは不可能だと考える者がいたのも然り、そして、石版を追う者には、いつも果てない危険が迫るというのも……然り……。
石版に記された言葉を預言といい、その土地その土地の石版の監視人を預言者という。 その石版に関する記憶は、脈々と受け継がれ続けている。当代の預言者が息絶えんとするとき、その意志は、必ずその後継者を選び、死と同時に記憶を受け渡すのだという。石版の守護たる力を持つ『源石』の力で魔力を得、そうやって石版を守り、共に生きてきたのである。そういう意味では預言者は、古代からの無形遺産、
いつの世も石版は人々を守ってきた。その代わりに人々は、石版に干渉しないことで均衡を保っていた。なんの均衡か、それは、現代を生きる者と、古代から生き続けそれを見守る者の均衡……。
そして今、古代王国滅亡から数千年、その均衡を破ろうとする者がいる―――――。
「ふっふっふっ。思ったとおりだ。こんなところに石版があろうとはな……」
男は……いや、ルイガは、自分の持つ小石版の文字に反応して淡く輝く文字を見ながら、不気味な笑いを浮かべた。
ここは天井も高き寂れた神殿。柱が林立し、あるところは崩れ、古代のにおいの強く漂う古神殿。
ルイガはくつくつと狂人めいた笑いを浮かべ懐から掌におさまるほどの小さな真円の小石版を取り出した。なにか言葉が刻まれているが、小さい上に並びが不規則すぎて、なんと書いてあるかはよくわからぬ。
「ふふふふふふ……これを手に入れればもうこの国には用はない……」
ルイガがその円い石版を膝まづいた先にある大きな長方形の石版に近付けようとしたとき、後ろから突然人の気配と共に、コツリと足音がした。
「誰だ」
覚めた視線でルイガは振り向いた。最初はそれは誰だかわからなかったが、自分が入り口に灯しておいた松明にその人物が近付くにつれ、次第にその容貌が明らかになった。
「―――――貴様は……」
「石版に触れてはならぬ」
厳然と言い放ったはリザレアが預言者・レヴァ。
白いローブに身を包み、フードで顔を覆い隠し、ただひとつ見えるはその口元のみ。
「その石版に触れてはならぬ」
レヴァは歩み進みながらもう一度言った。
ルイガは傲慢な笑みを口元に浮かべ、立ち上がってレヴァに言い放った。
「ふん、たかだか預言者の言葉に、私が従うとでも思ったか。私は選ばれし者。唯一石版を手に入れることを許された人間だ。
天が従い大地が追う! 風は私の心! 炎は私の力! 私は運命と歴史が生み出した天才なのだ!」
「去れ、傲れし者よ」
しかしルイガの高揚を遮って、冷然としてレヴァは言い放った。
「この砂漠の地を早々に去れ。そしてどこかでそれらしく平和に暮らすがいい。何人たりとも石版に触れることは許されぬ。セスラス王は寛大なお方だ。お前がなにもしなければ敢えて追っ手をかけることもあるまい。この国にはアスティ様もおられる。おとなしくここを去るがいい」
「ふ、知ったようなことを……」
ルイガはマントをばさりと払い侮蔑を込めて言い放った。
「噂に聞くとあの娘は
「違う。あのお二人は古代の……」
「問答無用!」
ルイガの瞳が今までと違った危険な光を放っていた。
殺気にぎらぎらと輝き、全身からは得体の知れぬ空気すら漂っている。
「これ以上邪魔をしようとするなら……」
彼の眉がわずかに動く。それに反応したように、レヴァもまた、ツイと顔を微かに上げた。
「致し方ない……」
レヴァはスッと右手を上げた。その瞳が一瞬キラリと危険に光る。
「では……」
―――――ドン!
アスティは凄まじい爆発音で飛び起きた。窓を見ると空があかく染まっている。
「!? ―――――」
アスティはわけがわからないままベッドから起き上がり、手早く着替えて剣を片手に、廊下へと出た。廊下には既に宿直の者が出ていた。
「何事……!?」
「わかりません。砂漠で何事か起こったもよう……!」
「王は!? ご無事なのっ!?」
「はい! たった今騎士団の者が確認いたしましております!」
「大変です! 場所は古神殿かと思われます!」
「なんですって……」
アスティは顔色を変えて振り返り、見張り塔へ向かった。
砂漠を一望できるこの高塔からは、なにもかもが見渡せる。そして今、アスティの黒い瞳に、はるか砂丘の向こうから、もくもくと黒い煙が上がっているのが見えた。
「!? ―――――」
(いったい―――――!?)
古神殿だと言ったか。あそこならリザレアに来た時にも修業中にも訪れたことがある。 〈移動〉の魔法が可能だ。
そう思った瞬間、アスティの体は、青い残像と共に消えていた。
「これは―――――!?」
アスティは茫然として辺りを見回した。こともあろうか、壁の一部や柱が倒れ、ただでさえ破損の著しかった神殿をいっそう寂れた風にしている。黒い煙が辺りを包み、アスティはそれを吸い込まないように袖で口と鼻を覆って、奥へ入っていった。
「これは……」
アスティは絶句した。壁の一部が、ぱっくりと穴を開けている。隠し部屋だ。アスティは嫌な予感にとらわれ中へ入った。
「―――――レヴァ!?」
倒れていたのは他ならぬレヴァだった。白いローブは今は、煤であちこちが汚れてしまっている。
「レヴァ! レヴァしっかりして!」
気絶していたレヴァはアスティに揺り動かされて、うめき声を上げて目を開いた。腹から著しく出血していて、血が見る見る内に白いローブを赤く染めていった。アスティが呪文を唱えようと手をかざした時、それを手を上げて、レヴァは制した。
「もう……そ、それより……陛下、……陛下は……」
「レヴァ! なにがあったの。しっかりして!」
「―――――あの男……昼間の……侮っていた……すっかり…………でも石版は……石版は生命にかえて……ああ陛下……陛下……は……」
「アスティ!」
背後でセスラスの怒鳴り声がした。兵の報せを聞いて駆け付けたのだ。
「王……!」
「レヴァ! しっかりしろ。何があった」
セスラスに抱き抱えられ、レヴァは傷の痛みと出血の激しさに知らずガダガタと震えながら、セスラスを見上げて声をしぼりだすようにして言った。
「あの男は……危険です……石版を狙っている―――――誰か、誰か止めないと―――――大変……なことに……」
レヴァはふところからなにかを取り出して、震える血まみれの手でセスラスに握らせた。 それは、掌におさまりきるほどの正方形の、小石版だった。
「これは……預言者に与えられた特別な力……石版の文字を集めることかなう、唯一のもの……」
「石版を……?」
息を呑み、レヴァは続けた。
「陛下……この世には三つの小石版があります……ひとつはすでに失われ……ひとつはこの正方形、そしてもう一つ、真円の小石版はあの男が、ルイガが……」
「レヴァ。しゃべっちゃだめ。今傷を……」
「アスティさん。聞きませぬ。ちからを使いきりました……陛下……この小石版は、預言者の意志で初めて形をなし造られるものです。これは預言者に与えられた最終にして最高のわざ……このちからを使う時なしに死んでいきたいと思っていましたものを……あの男……あの男に傷つけられ、このちからを使った今。このレヴァに残された力はありませぬ……陛下……目には目を。この小石版はルイガに対抗する唯一の品。これのみが石版の文字を写しとることができる……この世で……唯一……の……」
「レヴァ!」
「レヴァッ!」
ふたりが悲鳴に近い声を上げた時、それとほぼ同時に神殿の表で待っていた兵士の声が上がった。ふたりは異変を感じ、レヴァの遺体をそこに残して、表へ出た。
「あれは……」
アスティは空を見上げて絶句した。
無数の火の玉が、今リザレアをめざして一気に落下しようとしている!
(あの男……!)
アスティの心にどうしようもない怒りがこみあげてきた。レヴァの生命を奪い、あまつさえリザレアまで。
「ふははははははは。石版を手に入れられなかった報復だ。預言者よ、せいぜい天国で悔やむがいい。あの時素直に石版を譲り渡していればとな!」
ルイガの狂ったような雄叫びも、遠く離れたアスティには聞こえない。アスティは歯噛みした。
「王、ここは私が―――――!」
「よし」
アスティは呪文を唱えて一気に空へ飛んだ。街の真上まで来ると、
「!」
力をこめて印を結ぶ。
ヒュウウウ……
たちまちアスティの張った結界が火球をはねつけた。しかし無数の火球は次々にアスティを襲い、結界を破らんとせめてくる。アスティはキッと空を見上げ、滞空でそのまま左手を高々と上げた。
どこからともなく竜巻が現われるとアスティの左手が動くたびに火の玉を飲み込んでは
消していく。
火の玉をすべて消してしまうとアスティは、今度はそのまま地面に降りたち街の石畳を踏みしめると、
「誰か! 勇女軍!」
と叫んだ。途端にその声をききつけた、革鎧に剣を携えた、兵の恰好をした女数人が、アスティの元へ駆け付けた。
「市民を戻らせなさい。参謀が一昼夜の外出禁止令を出す。すぐに表に出ているひとたちを家に入らせ、厳重に街のなかに警備を敷きなさい!」
彼女たちが去ったのち、アスティは
「マンファルス!」
と叫んだ。どこからか、栗毛の女が現われてアスティの前へ出る。
「はっ!」
「これにまぎれて城内に侵入する者がいるかもしれません。すぐに数名引きつれて、騎士団と共に王城警備にあたりなさい! 魔法部隊、看護部隊は怪我人の保護を!」
アスティはすべての火球を防ぎきれなかったことに自分の過失を感じていた。
自分が表に出た時には既に、街の一部は炎に包まれていたのだから。
リザレアの夜が、こうして明けた。
「そう心配そうな顔をするな」
「―――――やはり行かれるのですね」
アスティは沈痛な面持ちで上目遣いに彼を見やった。
「まあな。あの男がなにをしようがこっちの知ったことではなかったが……預言者は殺され王国は襲われた。それだけでもオレの旅立ちの理由は充分ある」
「…………」
「その上あの男は預言をすべて集めているという。もう既に、いくつか手中にあるそうではないか。誰も立ち上がらぬのなら、オレがやるまでだ。そうだろう」
「……お供は、させて下さらないのですね」
「アスティ。国王が国を不在にすること自体に問題があるのだ。オレの留守を守れるのはお前だけだろう」
「―――――」
唇をぎゅっと噛むアスティに、セスラスは微笑んだ。
「案ずるな。すぐに戻る。そしてその時は―――――……」
その時は、また絶品の香茶を淹れてくれと言って、セスラスは笑った。
新しい預言者と名乗ってやってきたのは、まだ少年といってもいいほどの年若い者だった。
「あなたが……?」
「はい。先の預言者・レザーヴァの後継者にございます」
その若いその預言者は、ディヴァルヴェと名乗った。
「あの夜、先代の意志を受け継ぎました」
「そう、あなたが……」
アスティは彼を見て、そして亡きレヴァのことを思い出した。どことなく似ているのは気のせいだろうか。
「王は……陛下は今私室にいらっしゃいます。間もなくおいでになるから、しばらく待っていてくれる」
「はい」
ディヴァルヴェは素直にうなづくと、勧められた椅子にこれもまた素直に座った。
その、アスティを見る瞳には、憧れのような、畏敬のような。
「なに?」
不思議に思ったアスティが問うと、もじもじとしてこう言う。
「かの……マイルフィックを倒伐した方と聞いていたもので……もっと恐いひとかと思っていました」
「―――――」
一瞬きょとんとして、それからアスティは笑顔になり、
「そうね。ふふ……あんまりいい評判はないものね」
と、自嘲的に砂漠戦争のことを示唆し、アスティは香茶を入れた。新しい預言者は慌てて手を振り、
「と、とんでもないです。街のひとはみんなアスティ様のことを慕っています。
勇女軍を結成したのも、アスティ様ですよね」
「ええ……」
アスティは伏し目がちになってこたえた。
勇女軍は大陸唯一の女性戦闘部隊である。アスティがリザレアに着任して数か月が経った頃、マンファルスという女が彼女を訪ね、自分たちを雇ってくれと言い出したのである。 女傭兵ばかりが二百人ほど集まって古い倉庫に暮らしていたのだが、配属されたアスティが
そしてその頃はまだ、レヴァも健在だった。
(この忌まわしい呪われた運命を持つ私と対をなすのは他ならぬ王だと、)
(長老の言葉を聞いた彼はもう……いない……)
「アスティ様?」
呼ばれて、アスティは我に返った。
「あ……ごめんなさい。ちょっと考え事……」
「あまりお顔の色がすぐれませんけど……」
「いえ、大丈夫よ。それより……」
アスティはディヴァルヴェに顔を向けた。今までのにこやかな、光のはじけるような笑顔とは裏腹に、なにか陰いものすらその表情から感じて、ディヴァルヴェは知らず身の引き締まる思いだった。
「……古代王国からの記憶と……レヴァの記憶を引き継ぐ限り……私のことは、承知していますね」
「は、はい」
「大丈夫よ。王のお側にいるかぎりは、あなたを巻き込むようなことはないから」
言ったものの、内心は不安でいっぱいだった。
もしかして、レヴァを死なせてしまったのは自分なのだろうか?
自分がこの国にいなければ、あの男……あの元凶も、もしかして訪れなかったのではないだろうか? ―――――自分はまた、自分のまわりの親しい人間を、巻き込んでしまったのだろうか?
(―――――)
こたえは、まだ出ていない。
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