リザレア王国紀 第Ⅰ部 砂塵楼閣 預言編

青雨

プロローグ

 

 すっかり支度が整うと女は、意を決したように妙にいさぎよく、後ろを向いて見送りの者達に笑ってみせた。

「それでは、行って参ります」

 見送っていた者達はどれも五十代前半から上の人間で、それぞれの知性ある顔に、秘かに憂いを込めて眉を寄せていた。

「……お頼み申しましたぞ」

「必ずや陛下を……」

 言われて、女は強くうなづいた。

「ああなった以上、ああされるのが陛下のご性格というもの。よくわかっております。

 ただ、預言を追う者には数々の危険がつきまとういう……これだけは黙って見てはいられません。必ず見つけだして、臣下として陛下をお助けし、戻って参ります」

 東の空が明るくなってきて、晴天の夜明けを告げようとしていた。空は晴れ渡った水色で、ぬけるような美しさだ。

 砂の匂いをはらんだ風に微かに反応して、それから女は改めて向き直った。

「では、そろそろ参ります。長老方、大臣方々。私が留守の間、お願いいたします」

「なんの。陛下がいらっしゃられるまでは、ずっとこうしてきたのです。

 あなたはただ、前を向いておられよ。それがあなたにふさわしい」

 女はうなづいて、そして彼らに一礼するとくるりと背を返し、朝の新しい匂いのたちこめる街を、静かに歩いていった。

「お頼み申しましたぞ……」

 その内のひとりのつぶやきは、朝日に吸い込まれそうであった。

 女の後ろ姿は道の向こうに消えようとしており、地平線ににじむように、蜃気楼が生まれたかと思うと、スッと消えてなくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る