第97話 元の世界

 私とディディは異空間の門に出た。門の向こうには、森が広がっている。そして、その向こうにはロウの眠る妖精の泉が……。


 見覚えのある景色に私は安堵し、完成した心のカケラを手の中でギュッと握り締める。


「行こう、ディディ」

「はい」


 ディディはウサギの変身を解き、妖精の姿に戻った。ふわふわな姿を見られなくなるのは名残惜しい。でも、元の姿でいてもウサギの面影があって、余韻を楽しめるから良しとした。


 妖精の泉に向かって歩くと、小さな妖精たちが私たちに「おかえり」と言うように集まってきた。

 妖精リアも私の姿を見つけて、慌てて飛んできた。


「ご主人さま、おかえりなさい!」

「リア、ただいま」


 リアはヒシッと私の胸に抱きつく。リアの背中に指先で触れると、ずっと会えなくて寂しかったのか、彼女は顔をスリスリと擦り付けてきた。可愛い。


「心のカケラはどうでしたか……?」


 リアが心配そうに尋ねる。


「うん、完成したわ」


 私は答えて、心のカケラをリアに見せた。リアは手の中のカケラを見て、嬉しそうな顔をした。


「よかったです! やったー! これで、ロウさまを救えますね!」


 妖精たちが次々と集まってきて、私の周りを飛び回る。どうやら私たちが帰ってくるのを待っていたようだ。


「ロウさまのところへ行きましょう」


 ディディが私を急かすように、腕を引っ張った。私は頷き、リアと一緒に走り出した。


 ロウの眠る泉まで行くと、妖精王が私たちを迎えた。


「心のカケラが完成したようだな」

「はい。妖精王、無事に集めることができました。ありがとうございます」


 私は妖精王に感謝を伝える。そして、ロケットペンダントの中から完成された心のカケラを取り出し、妖精王に見せた。


「これでロウさまは目覚めるのですか……?」


 ディディが不安そうに尋ねる。私も不安な気持ちでカケラを見つめた。

 私たちの不安は的中したようで、妖精王は首を横に振った。


「心のカケラだけでは、眠りから覚めないかもしれぬ……」

「え!? どういうことですか?」


 思わず聞き返すと、妖精王は静かに語り始めた。


「心のカケラが離れていた時間があまりに長かったため、ロウの魂が戻ってくるかは確かではない」


 妖精王は泉の台座を見つめた。そこには眠ったままのロウの姿が。

 だけど、ロウが助かる見込みを信じるしかなかった。


「可能性が少ないとしても、ロウを救うにはやってみるしかないわ。妖精王、どのように心のカケラを戻したらいいのでしょうか?」


 私は妖精王に尋ねた。すると、彼は台座の上のロウに視線を向けた。そして、ゆっくりと語り始めた。


「このカケラをロウに飲ませるのだ」


「口から……?」


 私は驚いて聞き返したが、妖精王は頷いただけだった。私は眠っているロウを見た。すると、リアが私を見上げた。


「ご主人さまなら、きっとできますよ!」


 リアは得意気に胸を張って言う。その言葉に励まされ、私は決意した。

「わかったわ、やってみる」


 私は心のカケラを取り出し、ロウの口元に近づけた。


「どうしよう……口から入れられない」


 私は困ってしまった。でも、手段は選んでいられない。

 焦った私は、周囲にあった水差しを手に取り、水を口に含んだ。


 そして、ロウに口付けをして、水を流し込む。ロウの唇は冷たかった。


 と、ゴクッとカケラが飲み込まれた音がした。

 私はホッとして唇を離す。何とかカケラを彼の体内に届けることができた。

 その瞬間、ロウの体がかすかに光り始めた。


 しばらくして、ロウがゆっくりと目を開けた。


「ロウ、目が覚めたのね!」


 私の声に、ロウはゆっくりと首を動かし、私を見つめた。その瞳には、以前のロウの強さと、そして何か懐かしいものが宿っていた。


「師匠……」


 ロウはかすれた声で私を見つめた。今のロウが私を師匠と呼ぶのは、記憶が混乱しているのだろうか。

 ロウは目元を綻ばせる。その笑顔はまるで、少年ロウと別れたあの日のようだった。


「俺の初恋は……ロザリーだったんだ。魔法の師匠だった、ロザリー」

 

 ロウからそう言われて、確信に変わった。

 彼は私が師匠だったと知っている。

 そして、私が過去に行ったことも……。

 心のカケラから私たちの行動を感じ取ったのだろうか。


「師匠がロウを庇って死んだと言うのは……嘘だったのね」


 私の言葉に、ロウは苦笑しながら首を横に振った。


「突然、目の前から消えたんだ。死んだも同然だろう?」


 その言葉に、私は何も言えなかったが、ロウの目には苦しみと愛情が込められていた。私を失ったその当時の悲しみが、今でも彼の中で渦巻いているらしい。


「あの時、俺はずっとロザリーに恋をしていた。そして、師匠……あなたのことが忘れられなかった。あなたと一緒に過ごした時間が宝物だった」


 ロウの言葉に、私の胸が高鳴る。


「……ありがとう。私もあなたが好きだったわ……」


 私はそう言って、ロウをそっと抱き締めた。ロウは私を抱きしめ返す。その温もりは懐かしくて、とても温かかった。


「今は、あの時の……師匠にした告白の続きだと思ってもいいか?」


 ロウの言葉に、私は小さく頷いた。すると、ロウは嬉しそうに笑った。


「ありがとう」


 ロウは私の唇にキスをする。優しいキスだった。彼の愛情が伝わってくるような、そんな口付けに私は微笑んだ。


「……ロウの心の中は、私との思い出でいっぱいだったわ。それが、嬉しかったの」


 その言葉にロウは目を見開いた後、微笑んだ。幸せそうな笑顔を見て、私も思わず笑顔が溢れたのだった。

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