第92話 異空間の出会い②

 ディディと協力して探しても、ロウの心のカケラは見つけられなかった。

 一体どこにあるの?

 

 そうだ。気分を変えて、ロウをご飯に誘ってみよう!

 場所が変われば、心のカケラのヒントが見つかるかもしれない。魔法の練習を頑張っているから、私からのご褒美ということで。

 

 魔法学校の近くに、リトルハングリーという名の飯屋があって、どのメニューも美味しい。

 

 魔道具屋に入り浸るようになってから、ロウに連れて行ってもらったお店で、彼は毎回決まってオムライスを頼んでいた。

 彼いわく、リトルハングリーのオムライスは三度の飯にしても良いぐらい美味しいらしい。確かにそれくらい美味しいけれど……。

 

 きっと少年ロウもハマるに違いない。

 昔ながらの店なので、十年前の今でも流行っているはずだ。


「ロウ! 私が奢ってあげるから、飯屋に行こう!」

「飯屋ですか」

「そうよ! 魔法を頑張った後は、美味しいご飯。私からのご褒美よ」

 

 私がそう言ってロウを飯屋に連れていくと、店に足を踏み入れた瞬間、ロウは目を輝かせた。

 

「こういう店には初めて来ました」

 

 ロウは興奮気味に店内を見渡す。

 よかった。少年ロウも気に入ってくれたみたい!

 

 ディディは鞄から顔だけ出して大人しくしている。

 店内は満席で、私たち二人はカウンター席に通された。私はメニュー表をロウに渡して、「どれでもいいのよ」と料理を選ぶように促した。

 

「おすすめはどれですか?」

 

 ロウはメニュー表とにらめっこしながら言った。


「私の知り合いは、オムライスが絶品だと言っていたわ」

「……それは師匠の恋人ですか?」

 

 ロウは眉間に皺を寄せながら、私に尋ねてきた。

 

 こ、恋人! その人って、未来のあなたのことなんですけれど!

 でも、この質問ってどう答えるのが正解なの?

 私は動揺を悟られないように、平静を装って「そうよ」と答えた。だって恋人同士なのは本当のことだし。


 ところが、それが失敗だったとすぐに気付かされる。

 ロウは店に入るまでの嬉しそうな顔とは一変して、険しい表情になったからだ。

 

 え? なんで急に不機嫌になったの? 私、何か変なこと言った? 訳がわからなくて戸惑っていると、ロウは唇を尖らせた。


「今、師匠と一緒にいるのは俺ですから、この場を楽しむことにします」

「そ、そうね……」


 ロウはそう宣言すると、いくらか機嫌が直ったようで、オムライスを注文した。

 料理を待つ間も、彼はずっとソワソワしていた。


 そして料理が運ばれてくると、ロウはスプーンですくい、ゆっくりと口へ運んだ。

 ……一口目を口に入れた瞬間、ロウの表情が一気に綻んだ。

 どこか冷静なロウが、目を輝かせて美味しいと言わんばかりに頬張っている。


「美味しい?」

 

「……こんなに美味しいもの、初めて食べました!」

 

 ロウはそう言って、口いっぱいに頬張ったオムライスを飲み込んだ。

 私が知っているロウも美味しそうにご飯を食べる人だったな。と思い出して、胸に懐かしさがこみ上げた。

 

 そんな私の視線に気付いたのか、ロウは慌てて表情を引き締める。

 もしかして……照れてるの? 私は自分の口許が緩むのを感じた。

 

 可愛い! 可愛すぎる! 未来の大魔法使いさまのこんな姿が見られるなんて、私は幸せ者だ。

 机の上に置いた鞄から顔を覗かせるディディを見れば、彼女も微笑ましそうな顔をしていた。

 ロウはあっという間にオムライスを平らげると、追加でデザートを注文した。そして、また幸せそうな顔をして食べ始める。

 

 そんなロウを見ながら、さりげなく私は心のカケラを探したが見付からない。

 やっぱりこの時代にはないの? それとも、すでに心のカケラは回収されているのか……。

 う〜ん……と頭を悩ませながら食事を続けていると、ロウが私を覗き込んできた。

 だから! その上目遣いは反則だってば! 私は動揺を隠すように咳払いをした。


「どうしたんですか? 師匠」

「なんでもないわ。ところで、デザートはどうだった?」

 

 誤魔化すように話題を変えると、ロウは満面の笑みを浮かべた。

 

「美味しかったです!」

「それはよかったわ」

「こんなに美味しいものを食べていると、嫌なことも忘れられます」

 

 え……?

 まさかの一言に私は目を見開いた。そしてロウに尋ねる。

 

「ロウ……何か悩み事でもあるの?」

 

 私の問いに、ロウは慌てた様子で首を横に振った。

 

「いえ! そんなことはありません!」

「魔術大会も近いし、悩み事があったら私に遠慮なく言ってね」

「わかりました」

 

 ロウは頷いてくれたが、それ以上は語ろうとはしなかった。ま、詮索しすぎるのも良くないわよね。

 

 肝心のロウの心のカケラは見つからないまま……時間だけが過ぎていった。

 美味しい料理をたくさん食べることができたし、ロウが可愛かったし、ディディも満足そうだったから、これはこれでよかったのかな……なんて思いながら。

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