第22話 大蛇現る

「大魔法使いさまには他にご予定がありますので、これよりご歓談をおやめください」


 会場からストップがかかり、ようやく人垣がなくなっていく。

 後ろ髪を引かれたのは私も一緒だった。

 あ……。贈り物を渡すチャンスは来なかったなぁ。


 ステージ上では、王女がこれ見よがしに大魔法使いさまの手を取って歩いている。確か、さっき会食をすると言っていたわよね。その会食の場まで一緒に行くのだろうか。


 あああああ、ひどい! その手を離しなさい! 大魔法使いさまが困った顔をしているじゃないの!

 王族の立場を利用して大魔法使いさまにベッタリするなんて、嫌な女だわ!


 言いたいだけ心の中でぶちまけて、フーッと肩で息を吐いた。

 この先、大魔法使いさまに会える機会なんてあるのだろうか。いや、偶然でも起こらない限り絶対ない。大魔法使いさまと元聖女の冒険者である私。立場が違い過ぎるから。


 大魔法使いさまに会える唯一のチャンスだったのにな。悔しいな。

 異変にいち早く察知できたのは、王女が大魔法使いさまの手を引っ張っているのを羨ましく見ていたからだろうか。


 冒険者たるもの、いつ何時敵からの攻撃が来るかわからない。ということで、攻撃の魔道具――黒いカチューシャは今日も着けていた。


 ……空間が歪んだ?

 王女の手元がぼやけて見えたのは一瞬で、襲撃は起こった。


 空間に握り拳の大きさくらいの黒い丸い穴が出現し、大蛇が顔を出したのだ。近くで警備している王国騎士団や大魔法使いさまは、まだその異変に気づいていない。

 王女の手に噛み付かんと、クワッと口を開けた。

 考えるよりも先に手が動いていた。


「アイスアロウ!」


 氷の矢を放って大蛇に命中しかけたところで、危険を察知した大蛇は黒い穴に消えた。氷の矢は地面に突き刺さる。

 くっ、逃した!


「王女さまに向かって何をする!」


 王国騎士団に取り囲まれて、腕を捕らえられた。

 私は手を広げて弁明する。


「待って、違うわよ! 大きな蛇がいたの! 噛まれそうになった王女さまを救おうとしたのに!」

「嘘を言うな、不届き者が!」


 抗議しても聞き入れてくれない。嘘! 私、このまま捕まってしまうの?


「彼女の言うことは本当だ。その手を離せ」


 助けてくれたのは大魔法使いさまだった。

 王国騎士団は「は、はい……」と半信半疑ながら指示に従って手を離した。


「俺も大蛇を見た。あまりの速さにガードが間に合わなかったんだ。彼女が攻撃しなければ、今ごろどうなっていたか……。君、王女さまを救ってくれて感謝する。そして、騎士団の無礼を許してくれ」


 大魔法使いさまから感謝の言葉をもらって、これ以上の幸せはなかった。


「こちらこそ誤解を解いてくださってありがとうございました。ともかく、王女さまが無事でよかったです」


 大魔法使いさまは一つ頷き、警戒を解かずに視線を巡らせた。

 ずっと誰かの視線を浴びているような嫌な感じは、もしかして……。


「あの大蛇を俺は知っている。気配はまだ消えていない。またすぐに頭を出すだろうな」

「知っているというのは……?」


 気になる一言を聞き返すと、大魔法使いさまは衝撃的な言葉を放った。


「昔、俺の封印した魔獣が復活したようだ」

「封印した魔獣が復活!? それってマズイじゃないですか!」

「そうだ。マズイことが起こっている。封印した当時もかなり手こずった」


 そう言った大魔法使いさまの表情は硬い。


「さっきは王女さまの手を噛もうとしたが……過去に封印した俺へ報復しようとして狙いが外れたんだろう」


 彼は冷静にそう分析した。

 大魔法使いさまに恨みがあって報復!? 魔獣の恨みは深く、それを消すには魔獣を殺すか封印するしかない。


 黒い丸は異空間に繋がっていて、敵は標的に狙いを定めて攻撃できる。どこから攻撃が来るかわからないから、反射神経の勝負になってしまう。神経がすり減らされる分、長期戦になればこちらが不利だ。


「ここは危ないので王女さまは王宮に行ってください」

「わかったわ……」


 大魔法使いさまの指示により、王女さまは避難させられた。

 賢明な判断だ。戦闘に役立たない人がいると、足を引っ張られる。


「前にこの魔獣を封印した時は、どうやって封印したんですか?」

「好物のカエルを多数召喚して穴から引きずり出した。……魔獣も学習しているだろうし、今回は同じ手が使えないだろうな」


 うっ……。想像するだけで嫌だ。魔獣を倒すためには仕方がないんだけど。


「他には好物はないですか?」

「ネズミも喰うだろうが、餌には釣られないだろうな」

「そうですよね……」


 敵がどこから現れるのかわからない以上は、こちらから誘き出すしかない。

 餌に喰いつかないのなら、緊張の糸を張り巡らすしかない?

 大魔法使いさまを狙って襲いかかってくるんだったら……。


「私が囮になりましょう!」


 私の提案に、大魔法使いさまは信じられないものを見る目をした。だって、大魔法使いさまを救うにはこれしかない。


「賛成できないな。囮にまんまと引っかからないだろうし……第一、一般人である君を危険に晒す訳にはいかない」

「一般人ではありません。回復魔法の得意な冒険者です。――私に良い考えがあるんです」


 防御しているだけでは、魔獣に致命傷を与えられない。攻撃するしかない。そのためには、魔獣からの攻撃にカウンターを返すしかない。そこで役立つのは私の回復魔法だ。

 私が囮となれば、攻撃が来ても回復魔法ですぐに直せる。攻撃を受けても回復魔法で治るスピードの方が早ければ死ぬことはない。痛みは伴うが、大魔法使いさまの危機を救うにはこれしかない。

 私の名案を伝えても、大魔法使いさまは浮かない顔をした。


「却下だ。標的は俺だけで十分だ。君の回復魔法は聖女クラス……いや、聖女よりも上なんだろうな。魔獣は俺が仕留めるが、助けてくれないだろうか」

「もちろんです!」


 大魔法使いさまに認めてもらえて、誇らしい気分になった。さあ、真価を発揮せねば!

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