第6話 ダエモン達:1
大男が立てる金属音の正体は身に着けている鎧のパーツが擦れ合うものだった。鎖帷子の上に胸当て、肩当て、肘から先を守る小手、脛を守る具足などを装着していて腰には長剣を、右手には肩までの高さの槍を携えている。耳の所から頬、そして口までを覆うプレートが付いている円形の兜を被っており、その奥にある目は鋭かった。リョウの姿を認めると大男は目を細めて槍を握りなおした。
「おい、コイツぁ俺が隔離した奴じゃあねぇか」
口元を覆うプレートのせいで声がくぐもって聞こえる。所々で音を伸ばす、一見間抜けそうな喋り方だが、馬鹿にしようものなら鉄拳が飛んでくる。リョウはそんな印象を受けていた。自分に対する敵意のような物も伝わってくる第一声である。
「カンポクぁ何て書いてんだ?」
大男はリョウの方を注視したままで椅子に座っている男にそう問いかける。リョウはカンポクと言う言葉に一瞬戸惑ったが、すぐに簡易報告書の略語であるだろうと思い至った。さっきの言葉から察するに、このデカいのがマーズとか言う看守なのだろう。自分を妙な見た目だとして隔離していたらしい。リョウは少し不安を覚え始めた。ガズンのような冴えない奴かと思ったら、実際に会うと随分といかつい上に明らかに自分を嫌っている。
椅子に座っている男が一枚の紙を拾い上げて蝋燭に近づけると、指で文字をなぞりながら、何とも特徴のない声で読み上げ始めた。
「ええと、ダエモンの名はリオで、んー……ああ、これだ。ええと、それ故に無能だが馬鹿ではないと評価し、引き渡しに問題の無い事をここに記す、と」
座ったまま手にした紙を一度ヒラヒラさせて、男は言葉を続ける。
「マーズ、お前さん関連の特記事項がある。なお、看守のマーズ・フリストスには勝手にダエモンを隔離せぬよう言いつけ、厳重注意を与えた上で該当する週の給与の支給を半分とし、減額分をダエモンの餌に充てるものとする。2等級審問官アマネウス・ツーレ。だ、そうだ」
手にした紙を無造作に机の上に戻すと、椅子の男は意地の悪そうな笑みを浮かべてマーズを見上げる。
「審問官を
リョウの不安は確信に変わった。マーズと言うこの男がダエモンを嫌っている事は間違いない。それだけでも厄介なのに、今回は自分のせいで給与を減らされた挙句、その金額をダエモンの飯代に回されている。いや、自分のせいではなくて、マーズ本人が勝手な思い込みで行動し続けた結果なのだが、そんな事を言った所で聞く耳は持たないだろう。確実に嫌がらせが始まる。2年間服役した経験を持つユウキがそう言っていた。看守に嫌われた奴は地獄を見る、と。
リョウには内容が聞き取れなかった返事を不満げに吐き捨てたマーズがずかずかと歩み寄って顔を近づけてきた。
「審問官は騙せても、俺ぁだませねぇぞ。テメェの事ぁ見てっからよぉ、妙な真似ぇ、しやがったら後悔すっぞ」
上から覗き込むようにリョウの目を見ながらそう言い終えると、マーズは顔を近づけたまま返事を待った。これだけ近いとマーズの口からはニンニクの匂い、体からは汗と油、金属臭が感じられて、リョウは顔をしかめそうになった。
「分かったよ、何もしないって」
素直な返事に一応の満足をしたのか、マーズは無言でリョウの後ろに回り込む。
「さっさと歩けぇ」
突然後ろから蹴られてリョウは前のめりに倒れそうになったが、咄嗟に足を出して踏みとどまる。――ガズンもこいつも好き放題やりやがって、いつか仕返ししてやるから待ってろよ。看守に対しても厳しそうなところだから、給与をさらに減額させるところから始めたって良いんだぞ、こっちは。今はまだ何も思いつかないけど、後悔するのはテメェらだ――そんな事を考えながら言われた通りに歩き始める。どこに向くかは言われてないが、出口は一つしかない。リョウはとにかく一度ゆっくりと考えを整理できる時間と場所が欲しかったので、ここで逆らうつもりは毛頭なかった。
ニヤニヤしている椅子の男に見守られながら二人は奥の扉から廊下に出た。リョウはマーズに後ろから時たま小突かれながら真っすぐに進み、分かれ道に差し掛かると右の方に押された。曲がるとまた廊下が続いた。押されたり、小突かれたり、引っ張られて立ち止まらされたりしながらリョウは歩き続ける。どこも似たような雰囲気の廊下や扉ばかり。松明が燃える匂いなのか、嗅いだことのない香りが充満していてリョウは再び頭痛が盛り返してきていた。
「縄ぁ解くから止まれ」
何枚目か分からない扉をくぐった瞬間に乱暴に肩を掴まれ、立ち止まらされたリョウはため息を漏らした。やっと目的地に着いたようだ。前方には自分が目覚めた部屋と同じような鉄格子があり、その先の、広めと感じる部屋に複数の人影が見える。召喚されたのが10人だとアマネウスから聞いていたので、先にもう9人いる事になる。大部屋と言うやつだな。リョウは既にリーダーとかが決まっているのか、自分はどう迎えられるのかが気になり始めた。ユウキから聞いた話だと部屋の中にも序列があって、不文律もあって、破ったり逆らったりするとこれまた酷い事になる。ここが日本の刑務所と同じな訳は無いが、囚われた者たちが押し込まれている牢獄に大きな違いはないはず。第一印象が肝心だ。
解かれた腕をマッサージしながら、リョウが開口一番に何と言うかを考えていると、マーズが後ろの方で何かを操作して鉄格子が上がり始めた。軋みながら登っていく鉄格子に気を取られたリョウはマーズに思い切り背中を蹴られて部屋の中に転がり込んだ。何とか床との熱い口づけは回避できたが、足の指を何かにぶつけて鋭い痛みが走った。鉄格子が一気に落ちてくる音を聞きながらリョウは急いで立ち上がり、マーズに向き直る。
「ここがぁテメェの家と思って、ゆっくりしてけぇ」
全然歓迎していないのが丸わかりの口調でマーズはそう言うと、踵を返して入ってきた扉の向こうに消えて行った。扉の閉まる音が聞こえた後はもう見慣れた壁の松明がバチバチと燃える音だけが残った。
名乗ったりするタイミングを逃してしまったリョウはとりあえず周りを見渡した。鉄格子から離れたところに座ってこちらをじっと見る者。奥の壁の方で寝転がっている者。敵意は感じないが警戒はされていると感じる雰囲気であった。ここが異世界かどうかはともかく、一刻も早くここを出たい。外に出て、自由の身になって、何が起きているのかをハッキリさせるんだ。その為には情報だ。自分が連れて来られる前から居たであろう、目の前の人たち。先ずは彼らから話を聞こう。丁寧に。ウザイと思われない程度に。だが、これが犯罪者のたまり場だったなら及び腰過ぎてもダメだ。どうしたものかとリョウが悩んでいると人影が声をかけてきた。
「アンタ、アンタもダエモンって言われたのかい?ここがどこか分かるかい?言葉は?喋れるの?アンタは暴れるのかい?」
驚くことに女性の声だった。何となく男しかいないと思い込んでいたリョウは早口でまくし立ててくる声の方向に目を凝らした。松明の揺らめく光の中に浮かび上がってきたのは、長い金髪を無造作にたらし、自分と全く同じズボンとチュニックを着て床に座っている、年齢が読めない女性。ときおり左手で自分の髪を肩のあたりで掴んではグイっと引っ張る仕草が目立った。
「あ、ああ。俺もダエモンだと言われた。ここはヴァール砦だそうだ。言葉は聞いての通りで、暴れるつもりはない。手を出されなければな」
自分にちょっかいを出そうとする(かも知れない)者に対する警告も混ぜた答えを返すと、リョウはとりあえず誰の邪魔にもならず、入り口からも見えにくい、そんな座れる場所を探して部屋を見渡した。出来れば茣蓙も欲しい。どこかに使われていないのが無いかと目を凝らしていると再び声をかけられた。自分がまさに見ている先、奥の壁にもたれかかって座っている人物だ。
「若いの、ここが空いておるよ。座って話を聞かせてはもらえんか?」
年を取ってはいるが力強い、良く通る声だった。
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