第7話 マヨイガの森で過ごす夜

「ねぇ、シンスケ。これは?」

「それは、富士山って言う日本で1番高い山だよ。下に映るのは、湖に富士山が反射して見える逆さ富士って現象だよ」


7年程前に撮った写真だった。

初日の出...ここに向かっていたんだよな。


「わぁ、凄い参道だね。

これは、神様を祀っているの?」


ミネルヴァが、見ているのは山梨にある北口本宮冨士浅間神社の参道の写真だ。

石畳の参道に所々雪が積もり、背の高い松が参道を見下ろすように列を作っている。


「うん、そうだよ。神社って言うんだ。

安産や子安の神である木花咲夜姫が祭神だね。

元々、富士山周辺は富士講と呼ばれる富士山を崇める親交があった地域なんだよ…あ、日本は八百万の神を祀っているんだよ」

「世界も文化も違うと信仰する神も違うんだね」

「そうだね。俺が知っている神様の名前にミネルヴァもあるからね。

確か、ローマの神様だったかな。

ローマも日本と同じく八百万の神の国だったはずだよ。

えっと、知恵・戦争・芸術の女神で音楽・詩・医学・知恵・商業・製織・工芸・魔術を司るローマ神話の女神だったはずだよ」

「私も女神なんだ。なんだか照れるなぁ。

私。ママの娘なだけなんだけどなぁ」


神の娘なら充分神様のような気がするけど、彼女自身は納得できない部分があるのかもしれない。


「まあ、ミネルヴァはミネルヴァさ。

俺にとっては、かけがえの無い旅のパートナーだよ」

「うん、シンスケのパートナー兼ガイドだよ」


ミネルヴァは、頬を赤らめている。

たぶん、俺も頬も赤いかもしれない。

頬が熱を帯びているから。

彼女に寄りかかられるのは慣れてきたけど気恥しいのはまだ慣れない。


「さて、ミネルヴァ。そろそろ、寝ようか」

「あ、うん…ねぇ、シンスケ」

「なに?」

「ベッド近づけてもいい?」


ミネルヴァに、そう言われてまた心臓が早鐘を打つ。

彼女を突き放すことは簡単だけど、今日1日見てきたミネルヴァは人懐っこくて寂しがり屋な一面があることに気付いた。


「じゃあ、真ん中に位置をずらそう。

俺が動かすから、ミネルヴァは焚き火に薪を追加してくれるかな」

「はぁい、行ってくるね」


焚き火台から少し話した所に薪を置いてある。

今追加すれば明け方までは追加しなくてもいいだろう。

俺は、彼女の背中を見送るとベッドの位置を直していく。

ちょうど薪ストーブの前くらいの位置にベッドが来るので少し入口寄りにしておく。

シングルだったベッドも2つを揃えたらダブルベッドになった。

くっ付けただけでブランケットは2枚ある。

同じベッド、同じ寝具で寝る訳では無い。


「シンスケ、出来たよ」

「ありがとう、マーレは俺達の間でいいかなぁ?」

「うん、マーレだけ離れて寝るのは可哀想だからね」


バスケットを2人の枕の間に置く。

マーレは、すっかり寝入っている。

ただの毛玉にしか見えない。

それにしても、小石サイズの魔石を10個近く置いてあったのに無くなっている。

この小さな体のどこに入ったんだろう。

不思議だ。

テントの中には、ランタンを4箇所置いて灯りを取っている。

だから、少し明るい。


「ランタンの明かりは、どうしようか?」

「少しだけ抑え気味に出来る?」

「出来るよ」


ミネルヴァは、右側のベッドに潜る。

俺は、ランタンの灯りをそれぞれ最小にする。

だいぶ薄暗くなるが薪ストーブと焚き火台の灯りがあるのでそこまで暗くはならなかった。


「ランタン無くても明るいかもな」

「うん、確かに」


俺は、ランタンを消灯して回る。

そして、左側のベッドに潜り込む。


「シンスケ、おやすみなさい。

また、明日もよろしくね」

「もちろんだよ。明日もよろしく。

おやすみ、ミネルヴァ」


お互いの声が、耳元で聴こえる。

そして、息遣いだけが耳に届く。

俺の、そして彼女の息遣いが。

遠くでパチパチと薪が燃える音が聞こえる。

YouTubeで聞いていたASMRの様だ。

昨晩とは違って独りじゃないけれど、ミネルヴァと一緒だと寂しさは無い。

とても心地よくて、ずっとこの時間が続けばいいなと思える。

やがて、眠りに落ちていった。

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