フォトグラファーの異世界放浪記 -超快適!異世界アウトドア旅-

天風 繋

序章 景勝地『マヨイガの森』

第1話 マヨイガの森での出会い

俺、久遠くどう新助しんすけは年末年始の休みを利用して富士河口湖畔へとやって来ている。

2時間前に、年が明け新たな1年が始まったばかりだ。

俺は、写真機材を両肩に背負い山道を登っている。

まだまだ、初日の出には時間があるが良さげな場所を探さなくては。

それにしても、なかなか頂上にある展望台につかないな。

彼此、1時間程は歩いている。

そんなに距離がある訳では無いのに。

懐中電灯の光が何故か遠くを照らせない。

いつからが立ち篭める白霧に遮られているからだ。

俺は、一体どこを歩いているんだろうか。

腰に着けたカラビナに付けられたコンパスを見る。

え!指針がグルグル回り続けている。

おかしい、青木ヶ原樹海に迷い込んだ?

いや、ないだろう。

徒歩で2時間はかかる…これだけの機材を背負っていて速度が上がることはまず無いだろう。

磁場異常は、青木ヶ原樹海と富士山北西麓地域に見られる溶岩由来の土壌の所為だったはずだ。

踏み込む土壌は、至って普通の土の感触だ。

いや、まあ登山靴だから分かりづらいかもしれないがそれでも違うことは分かる。

見づらいが植生も違うと思うし。

俺は、1度歩を止める。

ん?視線を感じる。

幽霊とかじゃないよな…。

俺は、鞄からポラロイドカメラを取り出す。

視線を感じる方へ向けてシャッターを切る。

ポシュと音を立てて眩い光が放たれる。

そして、ジーと機械音が鳴り正方形のポラロイドが排出される。

ゆっくりと画像が浮き上がってくる。

俺は、じっと眺める。

やがて、くっきりと浮かんできた。


「へぇ、僕の姿が映るのか。面白い魔導具だね」


俺の背後から声がする。

首筋に生暖かい息が掛かる。

男なのか女なのか分からない中性的な声色だ。

俺は、恐る恐る振り返る。

そこには、大きな牡鹿が立っていた。

牡鹿だから、雄なのだろうか。


「やあ…ああ、君。迷い込んだ人だね。

たまにいるんだよ、『界』を越えてきちゃう人。

ああ、何を言ってるか分からないって顔をしてるね。

そうだなぁ、この『界』は君のいた…ああ、地球の『界』の人か。

確か、随分昔に地球からやってきた子が居たなぁ。

確か、彼女はパラレル…えっとワーなんだっけ。

そうそう、異世界転移とか言っていたね」

俺は、軽いパニックに陥る。

何故、初日の出を取りに出かけて別の世界に迷い込んだのか。

受け入れ難い事実だった。

俺が居なくなった職場は大丈夫なのだろうか。

撮影スタッフが足りなくならないだろうか。

帰ることは出来るのだろうか。


「まあ、無理もないね。

急にこんなところに来ちゃたんだから。

まあ、元の『界』には帰ることは不可能だから諦めた方がいいよ」

「帰れないんですか?」

「多分無理、ここは地球よりも下位の『界』だからね。

それよりも、この世界でやりたいことでもやって自由に生きなよ。

僕と出会えたのも何かの縁だ。

少しくらいなら願いを叶えてあげるよ。

もちろん、帰りたいは無理だけど」

この牡鹿は、この世界ではどのような存在なのだろう。

分からないが、俺がしたいことか…若い頃みたいに風景を撮りたいな。

色んなところに行って。


「じゃあ、このカメラ…いっぱい持っているんだが無制限で撮れるようにして欲しい」

「ほうほう、無制限か。

何か、限界があるんだね」

「フィルムとか容量の関係で撮れる枚数が限られているだ。

俺は、折角だから世界を巡って写真を撮りたい」

「なるほど、なるほど。

じゃあ、それを叶える代わりに君に一つして欲しいことがあるんだ」

「して欲しいこと?」

「その写真で世界を写したら僕の管理する図鑑に登録して欲しいんだ」


この牡鹿は、何者なんだろうか。

図鑑の管理か。

写真を使って挿絵的な物が出来るのだろうか。

面白い、急にやる気が湧いてきた。


「うん、いい顔になったね。

決意が出来たなら僕の角に触ってご覧」


俺は、その言葉に従い牡鹿の角に触れる。

ザラザラとしているのに、艶やかで滑らかな手触り。

とても不思議だ。


「よし、君に僕の加護を与えたよ」


加護?なんの事だ?


「ほら、君が持っている写真を見てご覧」


俺は、左手で持っていたポラロイドを見る。ポラロイドの白枠にメッセージが刻まれていた。

『知恵の女神 メーティス』と。

あ、女神だったのか。

何故、牝鹿でなく牡鹿なんだろう。


「メーティス様と言うんですね」

「うん、僕はメーティス。

まだまだ、年若い神だよ」

「あ、俺は久遠 新助です」

「シンスケ…シンスケ。うん、覚えたよ。

さてと、僕はそろそろ行くよ。

またどこかで会おうね、シンスケ」


そう言うと、メーティスは駆け出して行った。

俺は、再び1人になった。

ポラロイドカメラは、鞄に戻しコンパクトデジカメを取り出した。

それを首に掛けながら俺は森を散策することにした。

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