第289話 メッシュ


 俺はその声を聞いてカブの元へ走る。するとそこには、二人の人物がいた。


 一人はしっかりカブを見守ってくれているキャットの従業員で、もう一人は見知らぬ少年?が土下座に近い状態で正座していた。


 一体なんだ?


「おーい。どうした!?」


 するとそのキャットの制服を着た男は答える。

「あっ、えー……。スーパーカブ油送のカイト社長ですね?」


「うん」


 男は続けた。


「この少年が社長のカブに触ろうと近づいてきたもので、追い払っていた所です」



 少年が顔を上げる。見たところ、おそらく10代なかば位だろうと推測できた。うーん、中高生くらいかな?

 何だか分からんが一応話を聞いてみよう。



「おう兄ちゃん、このカブがどうかしたのか?」


 少年はスクっと立ち上がり驚くべき言葉を発した。



「この乗り物……僕のかも知れない!」



 は……?



 俺も含めた一同は言葉を失った。


 キャットの従業員がいるので言葉を発することができないカブは、サブリミナルのようにタブレットに様々な文を並べた。


「それってあなたの妄想ですよね!?」

「僕の持ち主はずっとカイトさんなんですけど??」

「とういか僕はあなたのこと知りませんよ!!誰ですか!?」

「あやしいお薬とかやってませんよね!?まだまだ若いので人生やり直せますよ!!」

「ちゃんと精神科に行きましょう!!」


 声を発していないのにすげーやかましい奴だ。


 ここでキャットの男が思い出したように少年の名前を口にした。



「あ、お前はもしかして『嘘つきメッシュ』じゃないか?」


 なんじゃそら?


「メッシュ……それがこの子の名前か?」


 俺は普通に男に尋ねた。


「はい。記憶を失ってしまって自分が誰か分からないと、本人は町中で言っているらしいのです。しかし唯の嘘つきである可能性が高いですが……」


「嘘じゃないよ!わずかだけど僕はこの形の乗り物に乗っていた記憶があるんだ!!元々は別の世界に住んでいたような気がするんだけど、何か大型の車に轢かれて死んで、女神みたいな人に「別の世界に転生させてあげます」とか言われて、気付いたらこの世界に来てた……ような気がするんだけどはっきりと覚えてない……。でもそんな感じの流れだった気がするんだよ!信じてよ!!」


 お前はネット小説の主人公か!?


 思わず心の中で突っ込んだ。

 しかし、同時にこういう推測もできた。



 コイツ、もしかして本当に俺と同じように日本にいて、どこかで大型の車(トラック)にはねられた……そして異世界転生したのでは……??



「はっはっは!なんだその奇妙な作り話は!?夢でも見たんじゃないか?」


 キャットの男はバカにしたように笑っていた、まあそりゃそうだろう。

 優しいミルコですらちょっと呆れ気味に苦笑しているぐらいだし……。



 だがこの俺は違う。実際に日本から、しかも家ごとこの世界に転移してきたんだ。俺以外の人間がここに来てもなんら不思議はない!



 興味を惹かれた俺はこの少年から話を聞きたくなり、キャットの倉庫から少し離れた場所に移動しようとした。

 ここでは聞けないことも多いからな。


「おい少年よ。ちょっと話がしたいからあっち行こう」

「あ、うん!付いてくよおじさん。何か分かるかもしれないし」


 俺はその少年の反応を聞いて、なんか素直そうな奴だな……という感想を抱くのだった。




 そこから俺はカブを移動させ、カブを停めて少年と向き合った。

 ちなみに皆もちゃんと付いてきている。



「メッシュだったっけ?さっきお前この乗り物、自分のかもって言ってたよな?」


「う、うん。何となくだけど……」


 俺は少しタメを作った後こう言った。



「じゃあちょっと動かしてみろ」



「えっ!?」


 メッシュを含めた皆は驚きの表情を浮かべる。


「本当に自分のモンだって言うんなら乗ったこともあったハズだろ?実際にカブに跨ったら思い出すんじゃねーか?」


 ミルコが納得したように手をポンと合わせる。


「あ!つまり彼もカイトさんと同じ世界から来たと……?」

「可能性あるぜ。じゃあメッシュ、やってみ」

「う、うん……」



 メッシュは恐る恐るカブにまたがった、そしてしばらくジッとカブのメーターを眺めていた。



「はっ……これだっ!!」



 そう叫んだメッシュがしたこと……それは、キックペダルを出すということだった!


 おおっ、近いな!



 ――シャルッ!


 しかし当然のようにエンジンはかからない。


「惜しいな。その前に忘れてる事があるぜ?」


 メッシュ少年はしばらく悩ましげな顔をしてそれを思い出そうとして、ついに正解手にたどり着いた!


「こ、これ、だったかな……?」



 ――カチッ。ピーッ!



 メッシュはカブに付けてあるキーをひねり、メインスイッチをONにした!


 そしてそのままさっきのキックの動作を行い、カブのエンジンをかける事に成功した!!



 ――ドゥルルルルルー……!


ミルコはメッシュに拍手を送った。


「ははっ。凄い、これは本当にカイトさんと同じ所から来たんじゃないっすか??」

「かも知れねえな!おいメッシュ、出来たらそのままカブ動かしてみろ」

「あ、うん!えーっと……」


 またしばらく悩むメッシュ、しかしやがて――。



 ――ドゥルルルルン!!


 盛大な空ぶかしをかました。Nニュートラルのままだぜ?


「えーっと、えーっと……」


 焦るメッシュに俺は助言した。


「左足のシフトレバー前に倒してみ?」


「……これ?」



 ――カシャッ。ドゥルルルルー!



 当然のごとくカブは前進していく。


「あはっ。カブのれたー!すごいすごーい!」


 ターニャは無邪気にはしゃぎながら後ろから追いかけていった。



 メッシュは嬉しそうな顔をしながら、しばらくその辺をぐるぐると回っていた。


 俺は衝撃が走った。


 ここで一番注目すべきはカブにコケずに乗れたってことだ!

 これは現地の人間にはまず不可能な事だ……。まあガスパルは例外として。



 やはりこの少年『転生者』――――か。



 俺はまるで少年漫画の主人公を見守る師匠のように腕を組んでそうつぶやいた。



「わわっ、な、なんか……楽しい、これ!」


 そんな感想をもらすメッシュは初めて笑顔を見せた。

 なんというか少年らしい勇ましさと幼さが混じったような表情だった。


「凄いな君!いきなりカブ君に乗れてしまうなんて……やっぱり君はカイトさんのいた世界の人間なんじゃないかな?」


「い、いやー……あはは」


 メッシュは照れ笑いしながらうなずいていた。



「本当に凄いです!僕初心者お断りなんですけどメッシュさんは普通に運転出来てて安心ですー!」



「わーーっ!な、なんか顔が出てきた!?喋った!?ええーっ!!」


 そしていつもの感じてカブはしっかりやらかすのだった。……あいつめ。

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