第118話 段ボールと商談


 ヤマッハからキルケーに向かう山道を走っていると、後の荷車の上からミルコがこんな事を言い出した。


「カブ君、またちょっと運転してみたいんだけど、いいかな!?」


 ミルコは全く悪意のないさやかな笑顔でカブに聞いている。


 ……一方のカブは、タブレットにあまりにも苦渋に満ちた渋い顔を浮かべてミルコに返した。


「あ、あの……ミルコさん、実は、その……カイトさんの自宅に自転車って乗り物がありまして……」


 あ、コイツ、ミルコにもチャリで練習させるつもりだ!!

 ……いや、でもそれもアリだな!


「自転車?カブ君と似たような車?」


 カブに変わって俺は答えた。


「ミルコよ、今日バダガリ農園往復し終わったら多分昼過ぎになってると思うんだが俺の自宅でその自転車に乗る練習しねーか?多分自転車に乗れたらカブを運転するのは楽勝だぜ?」


 ミルコは素直に応じた。


「自転車……面白そうじゃないっすか!なんでもやりますよ俺は!」

「ははは、頼もしいな。じゃあ帰ってからの予定はそれだ!」

「ほっ……た、助かった……」


 カブが心底安心したような表情を浮かべている。

 まあ俺としてもカブに不必要なストレスを与えたくはないしな……。これがベストな選択かも知れん。



 そうしているうちにキルケーの村へと辿り着いた。


「よっ、と。ここがキルケーな。ここでまずヤマッハからの物資を卸すんだ」


 ミルコは目を輝かせながら辺りを見回していた。

 廃棄された失敗作や見たこともない素材を嬉々として眺めている。

 ターニャとは対照的だな。


「へー、発明家の村とは聞いてましたが……、めちゃくちゃ僕好みの村っすねー!うはー……」


 まあ俺もちょっとは分かる気がするぜ、その気持ち。


「ま、とりあえず仕事の説明をするぞ」

「はい!」


 俺はカブを運転してこの村の長であるフランクの家の前についた。


「ここがフランクって村長の家な。納品ついでにお前の事を紹介しとこう」


「お願いしまーす!」


 俺がドアを叩いて呼び出すと、フランクはすぐに出てきた。

 そして俺と一緒に立っているミルコを見て不思議そうな表情を浮かべた。


「おっす、フランク。まだ決まってないけど今後はこのミルコが配達に来るかもしれん。よろしくな!」


 ミルコは爽やかな笑顔でフランクに挨拶する。


「こんにちは、ミルコです!よろしくお願いします」


 フランクはちょっと戸惑ったように頭を掻きながら答える。


「は、はあ。……フランクです。よろしく。……え、じゃ、じゃあカイトさんはもう来ないんですか!?」


「いや、まだまだ俺が来ると思う。だってコイツ、まだカブにまともに乗れてない状態だからな。一人で配達に行かせるのはまだ先だ」


 ミルコはちょっとだけ悔しそうに唇を噛んでいた。


「す、すぐに乗れるようになりますって、カイトさん!後10日もすればガンガン配達に出ます!」


「おう、頑張れ」


 俺はミルコの意気込みに笑顔を返した。


「あ、そうそう!カイトさん。前言ってたってあったでしょ?あれの大量生産が出来そうなんです。……コレです!」


 フランクは家のドアに立てかけてあるダンボールを俺達の目の前に掲げた。


 それは日本で普段から見ていたスーパーとかで積まれていた段ボールとほとんど変わらないクオリティのものだった!


「うわっ!コレ……凄いんじゃないっすか!?野菜もコレに入れたら上に高く積めて配送にも便利だし……!」


 ミルコは感心しながらダンボールを手に持って見回しながら感想を述べている。


 俺も同じような印象を持ったので、

「いいな、コレ、ここの配送にも使えたらなー」

 と、ボソッとつぶやいた。


 しかし完成した発明品をいきなり貰える訳がない……と思って諦め気味だったのだがフランクは意外にも快く使用を許可してくれた!


「あ、いいですいいです。全然使ってもらって構いませんよ。先日隣国のゼファールから注文していた歯車が届いたので大量生産が出来そうなのでね!」


 ゼファールから歯車……。それって絶対俺達が運んだ奴じゃねーか!はははっ!


 俺はカブを見ると、奴もニヤッとしていた。

 やっぱり何か嬉しいもんだな、人の役に立つってのは。


「じゃ、じゃあコレ、お借りして良いんですね!?」


 ミルコが確認するようにフランクに聞いた。


「ええ、どうぞどうぞ!それと……思ったんですが。この段ボールを使えば今までの2倍はカイトさんの車に積み込めると思うんです……」


 俺はフランクが言いたいことがすぐに分かった。


「なるほど……縦に積み上げられるからな。そして2倍運べれは定期便の回数も半分に出来て俺達に支払う金額も半分になるって事だな」


「……はい」


 フランクはちょっとバツが悪そうに頷く。


 ミルコを見ると、やや難しい顔をしている。


 それも当然だ。俺達の儲けが半分になるかもしれないんだ。

 フランクはそんな俺達の心情を理解してか、慌てて俺達に付け加えた。


「あ、もちろん配達物が倍になるという事でそちらの負担も大きくなりますし……配送料金が値上げされる事は受け入れます!」



 ――ここだ、ここで上手く交渉出来ないとこの先ずっと低い賃金で配送を続ける事になる。

 ちょうどミルコも見ているし頑張ってみるか!


「なあフランク。実は俺のカブなんだが、そこまでパワーのある車じゃねーんだよな、見ての通り小さいし」

「……そうですね」

「だから荷物が倍になった事で、坂道が登れなかったり最悪転倒したりするかも知れん。それにカブの車体が故障するリスクも大幅に上がっちまう」

「……なるほど」


 フランクは大人しく俺の話を聞いていた。


「だから今までの料金の1.6倍!3200ゲイルでバダガリ農園の野菜を配達させて貰いたい」


「あ、はい。良いですよ!僕もそのぐらいで妥当だと思いましたし」


 俺はちょっと拍子抜けしたが同時にホッとして笑顔を浮かべてフランクに言った。


「……良かった。まあでも今日の所はバダガリ農園の野菜は用意されたいつもの分しかないだろうな」


「ええ、次回から倍注文しておきます。カイトさん、配送は出来そうですか?」


 ゼファールのニンジャーを往復して野菜より遥かに重い鉄製品を運んだ経験上、ハッキリいって余裕だと思った。

 しかしもちろんそんな風な答え方はしない。


「まあ、……運んでみないと分かんねーな、こういうのは。ただ、期待しててくれ」


 という俺にフランクは笑顔で「はい」と答えてくれた。


 以上で商談は終わり、段ボールを持った俺とミルコは再びカブに乗り込むのだった。

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