第22話 カブに荷車をつけるぞ!
俺は一瞬身構えた。こういう提案というのは経験上、大抵が値下げの交渉に繋がる話なのだ。
しかし、――。
「ウチにかなり頑丈で高性能な荷車があるんだが、ウチとの取引がある間はそれをアンタに貸してやるから代わりにちょっと値下げしてくんねーか?ああ、もちろんウチへの配達以外に使ってもらってもいい。どうだ?」
という話だった。
俺はその「頑丈で高性能」という謳い文句が気になって詳細を聞いた。
「その荷車ってどこがどう良いんだ?ちょっと実物見せてくんねーか?」
この時の俺は、軽油の値引きとその荷車のレンタルとで釣り合いが取れるのかといった金銭的な駆け引きよりも、その荷車の工学的な性能の部分に惹かれてしまっていた。
多分俺は本質的に商人というよりは職人寄りの人間なんだろうな。
「おっ!そうか。やっぱ見たいか?ちょっと待ってな」
バダガリはそう言い残し、畑と反対側の雑木林に駆け込んで行った。よく見ると細く道が出来ていて、その先には小屋のような建物があった。
ガタン、ガタガタガダッ、……。
まだ作られて間もないように見えるその木製の荷車をバダガリは引っ張ってきた。
「はっはー。こいつだ!」
ちょっと自慢気な笑顔で荷車を持ってきたバダガリは言った。
四角形の荷台に、車輪が現代の車と同じように4隅についている。かなりしっかりした造りに見えた。
俺は気になった事を聞いてみた。
「なるほど、たしかに頑丈そうで良い荷車だ。でもどこが高性能なんだ?」
バダガリは即答えた。
「おう!そこの箱入りのお嬢ちゃん。この荷台に乗ってみな!」
ん?
バダガリの言葉に反応し、荷台を見つめていたターニャは、ボックス内で立ち上がり俺を見て腕を横にパタパタと振って見せる。お、お前乗り気だな。
「よっ……」
俺はターニャを抱え上げ、そのまま荷車の荷台に直接降ろした。
ターニャはその荷台の上の感覚に戸惑っているような顔だ。
「おう、お嬢ちゃん。飛び跳ねてみな!ぴょんぴょんって」
「ぴょんぴょん!」
ターニャはバダガリの言葉を真似して荷台の上で飛び跳ねた。――すると不思議な事にゴムもバネもないほとんど木で出来た荷台が、ターニャの跳躍の勢いを吸収するかの様な挙動を示したのだ!!
まるでタイヤとサスペンションが付いている現代の車のような動きだ!
「な、なんでこんな……ショックを吸収するような事が出来るんだ!?スゲェ……どう見てもほとんど木しかつかってねーのに……」
それを聞いたバダガリは不敵に笑った。
「ふふっ、実はウチの土地に珍しい木が生えててそれが丁度良い感じに柔らかくてな、それを荷台と車軸の間に挟んでみたらこんな風になったんだ!」
「……な、なあ?」
「ん?」
「俺も乗って良いか?」
興味が湧いた俺は自分でもその感触を確かめたくてしょうがなくなった。
バダガリはニヤッと笑うと「どうぞ」と手を前に出した。
スタッ――、ダンッダンッダンッ!
俺とターニャは荷台の上で二人して飛び跳ねた。
「ぴょんぴょんぴょんー!うふふっ、あははっ」
ターニャは無邪気に飛び跳ね、俺は軽油の配送に耐えうるか確かめるために飛び跳ねた。
そして結論が出た……。
「これ、めちゃくちゃいいな!コレでタンク8缶は積めるぞ!バダガリよ、1タンク満タン1700ゲイルでどうだ?」
バダガリは首を横に振った。
「まだ高い!1500ゲイル!」
「いや安すぎる!バダガリ、おめえ軽油大量に欲しいんだろ?ってことは今後多分何往復もする事になるんだろ?だから単価が安いほどこちらの首を締めることになる。少なくとも1600以下には出来ん!!」
俺はバダガリと顔を見合った、どちらも真剣な表情だ。
しかし、バダガリはフッ……と表情を緩めて俺の言った単価を受けてくれた。
「……ふぅーっ。1600ゲイルか、分かった、それでいい。ぶっちゃけカイトさん、アンタ以外頼めるやついねえからな」
俺はニヤリと笑って答えた。
「毎度!ありがとよ。じゃあ単価は1タンク1600ゲイルで決まりだ」
バダガリもうなずく。
そして荷車を俺のカブの近くに持ってきてこう言った。
「ただ……その前にこの荷車、アンタの車に取り付けられるか確かめとこうぜ」
「お、そうだな。結構な重量になるから車体のフレームに近いところに取り付けるべきなんだが――、とするとこのリアキャリアの引っ掛け棒か……いや、重量がかさむと耐えられずにひん曲がって外れるなこりゃあ……うーん……」
などと、俺とバダガリはカブの周りを回りながらその取り付け位置を検討した。
その間、カブは一切喋らすタブレットにも表情を出さず沈黙を貫いた。おおー、なかなか意志が強いヤツだな!俺はカブを少し見直した。
最終的にバダガリと俺が目をつけたのはシートとリアキャリアの間のすき間だった。
そこに荷車の取っ手を上からはめ入れると、――なんと丁度いい感じにスポッとハマり、上手く固定されたのだった!
そして皮の紐でちょっとゆとりを持たせて巻き付ければ右左折時にトレーラーのように上手く曲がる事も出来た!
やったぜ!!これで荷車付きのカブの完成だ!
取り外しも簡単で言うことなし!!
「よっしゃ、じゃあ俺の車の方はこれで良しとして。今度はこの軽油がちゃんとそっちの耕運機で使えるかってのを確認しよう。ぶっちゃけまだこの軽油売ったことねえからな」
そう、お互いの商品はちゃんと動作確認しとかないと後で揉める事になる。
「……お、おお。カイトさんだっけ?結構しっかりしてんだな。自分が買ったもんには文句つけるくせに自分が売ったもんには責任持たねえって奴らが多いのによ」
バダガリは本当に感心したような顔をしていた。
「あったりめーよ!俺は顧客との信頼が何より大事だと思ってるからよ。配送会社『スーパーカブ』の『カイト』をよろしく頼むぜ。バダガリさんよ?」
するとバダガリは大声で笑った。
「はっはっはっはっ。なるほどな!スーパーカブのカイトさんか、しっかり覚えとくぜ!」
「おう」
「じゃあちょっと耕運機取ってくるわ。しゃあっ!」
ダダダダッ――、ものすごい勢いで走り去っていくバダガリ。
いやー若いっていいもんだ。俺はバダガリの後ろ姿を眺めながらニヤつくのだった。
――ドドドドドドドドドッ。
約十分後、バダガリの運転してきた耕運機は見事にちゃんと動作した。
軽油の品質も問題ないということで今回の取引は無事成立!
ちなみにその場でカブに積んでいたタンク半分の軽油は800ゲイルで販売した。
そして別れ際、それまでの良い雰囲気の中でちょっと緊張感のあるやり取りがなされた。
「じゃあ至急できるだけ大量に軽油を運んでくれ。カイトさんよ」
とバダガリ。
「おう、でもよバダガリ。もし俺がこのままこの荷車だけ盗んでいくとは考えなかったかい?」
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