第20話 油売りのおっさん
……おかしい。タブレットにもいつもの顔が出てこない。
このとき俺は何となく勘のようなものが働き、コイツなりの何かがあって黙っているのでは?――という予感が頭をよぎった。
俺は指紋認証用パネルに人差し指を置き、キーONにしてスタータースイッチを押した。
ギュルギュルドゥルルルン――。一発始動!
「コンロット山地って向こうだよな?」
イングリッドに尋ねるとすぐ答えてくれた。
「はい、この道をずっと真っ直ぐ行くと世界樹と呼ばれている大木があります。そこの二股を右に行けば山の麓に畑がたくさんあるのが見えてくるハズです」
「分かったー。ほんじゃ行ってくらぁー」
カブに乗りながら左手を振り、別れの言葉を口ずさみアクセルを開けていく。
――トゥルルルルン。
軽油のポリタンクで狭くなったリアボックスからは、ターニャの小さい手が伸びて俺の服を軽く掴んでいる。
「リアボックス内の総重量は4〜50キロってとこか。っていうか……、おーいカブよ!」
俺は先程の疑問を解決すべくカブに尋ねた。
「ああ、はい。失礼しました……」
「お前さっき寝てたのか?」
「いやっ、僕は前も言いましたが寝たりしません。ちょっとあの人、セシルさんが気になって……」
は?
「え、お前ああいう女がタイプか?確かに美人でいい女っぽいけども」
「ズコー。ち、違いますよー。あの人、セシルさんさっき僕の車体をずっと見てたじゃないですか?」
「ん、おお。そりゃお前みたいなバイクなんてこの世界じゃ珍しいだろうし。……てかバイク自体まだ存在してない可能性もあるぞ」
するとカブの表情は真剣なものに変わり、ちょっと声のトーンを低くしてこう言った。
「そう、それなんです!カイトさんが今言ったようにバイク自体まだこの世界にないと仮定すると、僕の存在ってかなりレアなんですよ!」
「……確かにそうだな」
「だからさっきみたいにあんまり人に観察されたり目立ったりするといつか悪い輩に目をつけられて盗まれたりするかも知れないし……だから黙っとこうと思ったんです」
へー、コイツ結構考えてるんだなー。ちょっと感心したわ。
「はっはっはっ。良い判断なんじゃね?カブよ。だがイングリッドにはお前が言葉を喋ることまで知られてるぞ?」
「そーなんですよねぇ……」
カブは頭を抱えるようなイラストをタブレットに映してきた。芸が細かいな。
「ま、心配してもしゃーねえ、カブよ。人の多い所じゃさっきみたいに黙ってりゃいい。ぶっちゃけ最悪盗まれても俺とお前以外にカブは動かせねえしお前自分で帰って来れるだろ?」
カブは目をパチパチさせたのち、
「ま、そうですね。僕自分で動けますもんね!はははー」
と言って笑った。ふっ、単純なヤツだぜ。
俺もつられて笑顔になった。
トゥルルルルン――。
10分ほど走ったが、この辺はアスファルト舗装こそされていないが地面は硬い。恐らく他の車の往来によって踏みならされているんだろう。俺達にとっても好都合だ!
「おっ!」
そう思っていたらちょうどその車が道の向こうから見えてきた。
ドドドドドドドドッ……。
結構な音を立ててこちらに走ってくるその車は現代の軽トラより少し大きいぐらいのサイズで、その速さはせいぜい15〜20キロぐらいに見えた。
「へー、動きは遅えけど荷物はハイエースに満パンに詰め込めるぐらいあるな、ありゃ相当な重量になるぞ車輪4つで大丈夫かよ……」
するとカブがいきなり目をキリッとさせた。
「なるほど。アレが大手の配達車ってわけですね!僕らの競合相手の」
「ああ。ちょっと挨拶してみっか」
俺はその対向車と距離が30メートルぐらいになったとき、カブを止めて手を振った。
すると、その車は俺のカブとすれ違った所で停車した。
運転席に乗った俺と同じ50代ぐらいのおっさんが俺のカブを見て、不思議そうな顔をしている。
「うーっす。お宅も配達中?」
おっさんは俺に聞いてきた。俺は笑って答えた。
「ふんっ。配達じゃねーわ、営業だぜ。そちらはキャットか?それともサガーか?」
「ウチはサガーや」
「お、いいなー。大手だし稼ぎも良いんだろ?」
おっさんは顔をしかめ苦笑いを浮かべた。
「そう思うかー。……でも単価安っすいから儲からへんわ」
「へーそうなのか、意外だな。後ろの荷物はヤマッハに持ってくのか?」
「せやで。ほんでギルドの倉庫にこれ全部下ろして後はウチのヤマッハ支部の若い奴らが人力車で細かく配んねん」
「おー。効率的にやってんだなー!」
「はっ、そんなええもんちゃうけどなー。あ、もう行かなアカンわ。またなー!」
「おう!またどっかで会おう。気ィつけてな!」
俺はサガーのおっさんに手を振った。
ふとターニャを見てみると、リアボックスから俺のマネをしてかわいらしく両手を振っている。ふふ、微笑ましいぜ。
「なんか結構のんびりした人でしたね、カイトさん。もっとせっかちな人が運転してるイメージでしたけど……」
カブはそんな感想を漏らしていた。
まあ確かに俺も運転手のイメージはもっと荒っぽいイメージがあった……。
「でも考えてみりゃほとんど一直線の道を、しかもあんなクソ遅え速度で動かすワケだからああいう奴が適任かもな」
「おじ、あれ、友達?」
――とターニャ。
「おう、まあそんなもんだ」
俺は適当に答えたがターニャにも友達が出来たらいいなと思った。
それからカブを走らせること一時間程。イングリッドの言っていた巨木が見えてきた。
「うおおお!でけえ!?」
「でかいー!」
「これが世界樹ですかー!」
俺達三人は口を揃えて感想を漏らす。
しかしコイツはいい目印になるな、数10キロ先からも見えるし。
「ここを右でしたね?」
「おう、頼む」
俺はハンドル操作をカブに任せ、しばらくこの世界樹に見入っていた。
するとその奥に広大な金色の畑が広がっているのが見えた、多分小麦畑だな。その隣は野菜の畑らしく一面緑色だ。
「ここは米はねえのかな?」
試しにカブに尋ねてみる。
「帰りにヤマッハの食材屋で聞いてみましょう!」
「おう、そうだな!」
……なんて話をしながら俺達は広大な畑を目指して進んで行った。
そして、ここで俺達にとっての最重要顧客と出会うことになるのだった。
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