第7話 少女を連れて
トゥルルルルルル――。
ハイビム村には一時間足らずで到着した。
ロービム村と似たような規模の村だったが、何やら人の争う声が聞こえてくる。
ガヤガヤ……。
「だから頼んでるんだろ!」
「そんなこと言われても無理なもんは無理よ。そんな余裕ないわ!」
「でも放っておくわけにも……ねえ……」
んー?
村の中央にある寄合所みたいな建物の前で、4〜5人の男女がなにやら言い争っている様だ。そいつらの中心にはまだ幼い一人の少女がぼんやりとした表情で立っている。
俺は何となくカブをその近くに停め、話を聞いてみる事にした。
「まだ4〜5歳でしょこの子?」
「いやー、気の毒だけどウチは無理だわ」
「かわいそうに、よりによってこんな田舎で捨てられるなんて……」
どうやら子供が放置されているらしい。
その子を見ると「拾って下さい」的な内容が書かれているであろう板が首に掛けられていた。
「ひでえ話だ……」
「全くですね」
タブレットを覗くと、カブの表情は遺憾の意を示していた。
気の毒だが俺達は一旦配達を完了させねーとな。
そう思った俺はカブの案内に従い、とりあえず目の家の前までカブを走らせた。
「あの子、大丈夫ですかね?」
「大丈夫なワケねーと思うが、まあしょうがねえよ」
そう言いながら俺はリアボックスの隅に張り付いていた手紙を拾って家のドアを叩いた。
「ちわー、ゆうび……じゃない。お届け物でーす!」
「はーい」
俺の呼び声にすぐ反応して中の人が出てきた。
20代ぐらいの若い女が一人と、少し奥に同年代ぐらいの男が一人、どうやら夫婦のようだ。そしてさらに奥の方には子供がワラワラと沸いて出てきた……、何人おんねん!?
「どうもー。はいお手紙一通ね」
「手紙?……珍しいわね」
奥さんは手紙を受け取り差出人を確認すると一気に表情が険しくなり、怒りを押し殺す様な声で言った。
「またアイツ……」
夫の方も嫁さんの態度に何か感じたようで、近寄って手紙を一緒に読んでいた。
「はぁ!?あのお義兄さんまたかよ……、ホントにもぉー……!!」
二人は憤るなり家の外へ駆け出し、さっきの寄合所にポツンと一人残された女の子を凝視する。
「な、何かあったのか?ただ事じゃなさそうだけどよ……」
俺は夫の方にそう尋ねた。
「妻のお兄さん夫婦に子供が出来て養いきれないからってこちらに寄越してきたんですよ!?コレで三回めですよ!?……ホント勘弁して欲しいっすわ」
なるほどな、そりゃ怒るのも無理ないわな。
……まあこの世界じゃ避妊具もないのかも知れんが、それにしても子供が気の毒だ。
「と、とにかく……。ウチはこれ以上子供を食わせていく事は出来ない!あの子には悪いけれど……」
俺はとりあえず他にこの村に引く手はないかこの夫婦に聞いてみることにした。
「なあ、他に誰かあの子を引き取りたいって家はないのか?」
すかさず嫁さんが答えた。
「そんな家庭があったらあの子はもうあそこに居ませんよ。この村は小さいからそういう情報はすぐ全世帯に共有されますし……」
「はー、そうか。……あ、そうそうコレにサイン頼むわな」
俺はそう答える事しか出来ず、とりあえず受領書を渡しサインを書いてもらった。
「……では、遠くまで配達ご苦労様でした」
そう言って家に戻りドアを閉めようとする夫婦に最後に聞いておこう。
「その兄夫婦ってのはどこに住んでるんだ?」
すると嫁さんは、
「分からないです。知ってたらとっくに文句言いに行ってますよ!……」
と怒りを滲ませながら答えた。
手紙にはもちろん兄夫婦の住所など書かれていなかった。
――そしてドアが閉まり後には俺とこのカブだけが残された。
「……なんか後味悪りぃな」
そうつぶやき俺はカブのタブレットに目をやった。
カブは悩んだり考えたりという表情を見せている。コイツなりに解決策を探しているようだな。
「……子供はたしかに気の毒だがよ、コレばっかは無理だろ?何とかしてやりてぇのはやまやまだが、俺も自分が食っていけるかもわからん状態で子供の世話なんざ出来るわけがねえ。諦めるしかねえよ」
「……ですかねえ、フゥーッ……」
カブは心底残念そうな顔をしてため息をつく。
気持ちは分かる……。
とはいえ、コレで全ての依頼を終えたわけだ。だけどテンションは上がらないな。
――俺達はヤマッハに帰るために再びカブを走らせた。
その途中で例の寄合所を通るのだが、やはりその子は何かを諦めたかの様にまだ一人でポツンと立っている。気のせいか、その表情は今にも泣き出しそうに見える。
その小さな姿から漂う哀愁は、これから彼女の身に起こるであろう様々な悲惨な出来事を想起させた……。
「この国にはモンスターとかはいませんが――野犬や熊は普通に出ますよ」
……カブがなんか意味深なセリフを吐いている。
俺はいたたまれなくなって、その子に声を掛けた。
「おいガキ」
少女はゆっくりこちらを振り向く。
「これ、食え」
それは先程立ち寄ったロービム村で貰ったパンの残りだった。
少女はゆっくり近づいてきて、じっとパンを眺めている。……しかし一向に食べようとはしない。
「あっ!もしかしてお前、俺の食いかけだから嫌がってんのか!?しょーがねえなー」
俺はパンの自分が齧った部分を千切り、少女の目の前で食った。
モグモグ……、ゴクン!
「あーうめえ!うめえぞー!!」
俺がそう言うと少女は俺が手に持ったままのパンに齧り付いた。
ガッガッ……。
少女は相当腹が減っていたらしく、一気にパンを平らげてしまった。おっ、いい食いっぷりだ!
パンを完食したその少女の目は、さっきまでと違い明らかに光が宿っていて、そのまま何も言わず俺の側を離れないでいる。
あ、ヤベ。もしかしてもっと貰えると思われてるか……。
「もうねえぞ」
俺は少女の前で手をヒラヒラと振ってパンがない事を示したのだが、少女は微動だにせず真っ直ぐ俺を見つめている。
いや、やめろ。そんな目で見るな。
困った俺はカブに跨ると、その子はリアボックスにしがみついた。おい!
んー困ったぞ……。
「カイトさん、どうしますか?」
俺はもう一度辺りを見回した、が、やはり誰もこの子を引き取ってくれそうな奴は見当たらない。
…………決めた。
「コイツをヤマッハまで運ぶ!」
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