ゴールの先

とがわ

ゴールの先

 恋人がいる、というわけではないがわたしにはそれ以上の最愛の人がいる。彼とどうこうという関係は一切ないのだが、彼はいつでも優しくてわたしに愛をくれる人だった。交通量の多い道では絶対に歩道側を優先してくれるし、もう子どもではないというのに手を握って歩いてくれる。大好きなショートケーキをはんぶんこするときは決まって大きないちごをくれるし、わたしが悲しんでいたらいつでも隣で背中をさすって包み込んでくれた。

 彼の名前は新田京一といい、わたしの名前は新田理子という。わたしと彼は正真正銘の血の繋がった兄妹である。

 わたしが生まれるより先に京君はこの地に落ちて、わたしが落ちてくるのをずっと待っていてくれた。そうして、京君が誕生してから約二年後、彼の産声を頼りにお母さんのお腹へと宿った。

 お父さんとお母さんの出逢いを聞いた事があった。同じ大学ですれ違った二人は、互いに振り返って見つめ合ったそうだ。そんなドラマチックな、運命の出逢いを果たしたらしい。お互いの好きという想いがごく自然と結び合って恋人同士というものになった。そうして好きの想いのゴールは付き合うことではなく、結婚だった。お父さんからの盛大でバレバレなプロポーズをお母さんはうれし涙を流しながら受けたそうだ。結婚とは、家族になるということだった。

「理子も大好きな人と家族になるのよ」

 お母さんはよくわたしにそういった。大学生にもなって恋人ひとりもできたことのないわたしを案じているのだとわかった。

 恋人などいなくていい、と思っているのではない。実の兄である京君をそういう目でみているのが、世間的には異常であることも知っている。しかしそれに対して自己嫌悪や自己卑下に陥ることなど一度だってなかった。これがわたしの正常であり紛れもない正々堂々な愛だった。

 京君に好きだと言ったことはたくさんあるけど、敢えて恋愛の好きだと明かしたことは一度もない。明かしてもいいのだがきかれないからいわないだけだった。いや、それだけではない。もう一つ理由があった。

 好きならば付き合って、結婚して家族になる。それが好きのルートであると聞かされてきた。それならばとうにわたしは、生まれた時からもう既に、最終ゴールにゆきついていた。

 京君を好きになることは初めから決まっていたのだと思う。お父さんとお母さんがそうであるように運命で繋がっていた。何人か良い寄ってくる異性はいたけど、眼中の端にも入らなかった。既に愛を超えて家族の形態に京君がいたから、わたしは余裕綽々で、これから好きだと告白してどうこうというのは飛び越えたわけで、つまり告白は無意味なのだった。

 この想いはわたしの存在と同等にずっと正しくあるもので、ここから覆される何かなどないだろうと、もはや疑うこともなかった。

 疑いたくもない。

 始まりがあれば終わりがあるのだと、二十年間生きてきて、知った。始まりが無限にあるように、終わりの種類も無限にあった。しかしこの揺るぎない正方形みたいな正しさが歪むことなどないと、それは願いのように信じていた。


 来た。終わりが来た。


 いや、終わりというにはいささか聞こえがよすぎるか。想いの象徴であったその正方形ごと、存在が消えたといったほうが合っている。

 愛とは永遠ではないらしい。お父さんとお母さんはそれぞれの物語の中で出逢って好きを伝えあって証を生んで幸せを築いた末、別れを選んだ。それ自体は大したことではなかった。愛が壊れていくのをまじかで見たってわたし個人に打撃はなかった。それなのに、二人がお別れをすることは子に嫌でも影響が及ぶのである。

 京君も二人の決断に文句一つ言わず受け入れたがこれを機に独り暮らしを始め、わたしたちの住処から出て行った。完全完璧に、四人家族はばらばらになった。

 兄妹としての繋がりは途絶える事がないとはいえ、ばらばらになった家族はもう修復など不可能で、わたしたちの愛も永遠ではないのだと思い知らされた。

 好きの想いのゴールが家族だった。それが崩壊してしまえば、わたしの好きの想いも形を歪ませて、最初からなかったかのように消えていく。わたしたちは家族で、でも最早他人同然になった。これから先、きっとわたしたちは互いでないほかの誰かと、恋人同士になって家族になるのだろうと漠然と思った。

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ゴールの先 とがわ @togawa_sora

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