待ち人の来ない待ち合わせ
家庭菜園きゅうり。
見たくなかった?
もう待ちくたびれてしまった。あんなに眩しいと感じていた周りのイルミネーションでさえ、目が慣れて何も感じなくなってしまった。そのくらい。
綺麗だなんて感情を、抱けなくなってしまうくらいここはすごく寒い。
小さなベンチでひとりぼっち。ただ恋人を待ち続けて二時間。
なんの連絡も、なんなら既読さえつかなくて。最新のメッセージは、緑の吹き出しの心配メッセージから更新されることはなくて。
ずっとトーク画面を見続けているのがなんだかもどかしくて、悔しくなって。
諦めて新作ネイルの画像を調べ始めてしまった。彼はナチュラルなピンクのネイルを可愛いと絶賛していたっけ。あの艶がいいとかなんとか。
震えながらかじかんだ手でスクロールした白い画面に、上から覗いたメッセージアプリからの通知が目に飛び込んできた。
──嘘でしょ。
ただ、それだけしか浮かばなかった。
今日行けなくなった
たったそれだけが送られてきたのだ。謝罪もなく、それだけが。
今日の為に何度も練習したデートメイクも、ちょっとだけ火傷しながら頑張ったこの巻き髪も、楽しみで仕方のなかったこの気持ちも、交通費も、時間も、冷えた指先も、乾燥した手の甲だって、すべてすべて、無駄だったってこと?
冷えてしまったはずの鼻先が、熱を持つ。目頭も熱くなって、寒いのにあつくて。
なんだか喉元が苦しくて。
酷く虚しくて。
ブーツの中で凍えた足を酷使して駅へと進む。その最中も、こぼれてしまいそうな涙を我慢していた。
せめて、納得できる理由を教えて欲しかった。なら仕方ないかと思えて、埋め合わせの日にちを決めて、ごめんねって、それだけでよかったのに。
きっとそれなら私だって、こんな惨めな気持ちを味わったりしなかった。こんなに溢れそうな涙を我慢しなくて済んだかもしれないのに。
周りの目を気にして少し見渡した時。背筋がぞくりと冷える感覚がした。
うそだよね?
涙でぼやけて、滲んで、よく見えてないだけだよね。
あなたが、他の女の子と腕を組んで幸せそうに笑っているだなんて、そんなの嘘だよね。
一番時間をかけたアイメイクが崩れてしまうことも厭わずにごしごしと痛いくらい目元を擦った。
それだけの代償を払ったにも関わらず、見えたのはやっぱり紛れもなくあなたで。
綺麗な肌に、その頬にキスをされて顔を赤く染めたあなたが、隣の可愛い女の子と目を合わせて微笑んでいる。
私の心は踏みにじられて、ぐちゃぐちゃになって、もう何も見たくなくて。
気づけば駅とは反対方向に走っていた。
ずきり、足の痛みにはっと気づいた時にはもう周りにイルミネーションなんてなくて、代わりに無機質な街頭があるだけだった。
きっとメイクは涙でボロボロで、セットした前髪は走った時の向かい風でぐちゃぐちゃに崩れているのだろう。
でも、それよりも心がばきばきに壊れたような感覚が一番印象に残ってしまった。
駅に行くにはもう遠くて、寒くて、暗くて。
きっといつもならこんなことは感じないのだろうが、私の割れきった心には追い打ちにしかならなくて。
でもそんな余裕のない頭でやっと出た考えが、極端に傾いてしまったようで。
気がついたら近くにあった幼なじみの家のインターホンを押していた。
「はぁ〜い…」
「…」
「どうし…い、いま開けるからちょっと待っててね」
何も話さない様子のおかしい私をカメラ越しに見て、勘のいい幼なじみのことだ。何かを察したのだろう。
何も聞かずにドアを開けて、にこりと笑って出迎えてくれた。
「寒かったね、お風呂入ってきていいよ〜」
いつも通りのふわふわとした口調で彼は言った。
こいつは優しすぎる。
私に何があって、どうしてこんな状態なのかなんて一つも説明していないし、そもそもなんの連絡もなく突然インターホンを押して、無理やり入れてもらったようなものだ。
こんなに甘えてしまう自分に自己嫌悪で、またお風呂の中で泣いてしまった。
お風呂からあがると、用意されていたぶかぶかのあたたかそうな部屋着を着てドアを開けた。
鼻をくすぐる美味しそうな匂い。
「はぁい、幼なじみ特製のホワイトシチュー、ご
用意できましたよぉ」
あたたかくしてくれたリビングで、冗談交じりにそんなことを言う君にまた涙が出そうだった。
いただきます、と素っ気なくて不機嫌な声色で言って湯気ののぼるシチューを一口、また一口と食べ進める。
体の中心にからあたたまるようで、心地がよくて。
ふと君の方を見ると、スプーンを咥えながらこっちを見て微笑んでいた。
「…急に来ちゃって、ごめん。」
「いいんだよぉ、何があったかはわからないけど、好きなだけここで休んでいくといいよ。」
その言葉を聞いて、ついにぽろりと本音が出てしまった。
クリスマスデートでイルミネーションを二人で見るために待ち合わせしていた恋人から連絡が二時間来なかったこと。
あげく、私を裏切って他の女の子と腕を組んで楽しそうにデートをしていたこと。
すべて、すべて吐き出した。
目の前の幼なじみは眉間にしわを寄せて頷いて、うなりながら聞いていた。
何を思ったのかわからないが、怒って悲しんでくれているのが漠然と理解できた。
私のことなのに、私と同じくらい、なんなら私よりも感情を出してくれていることが嬉しかった。
「ねえ、ごめんね。ほんとはもっと、状況が整ってから言うべきだし、今言ったら弱みに漬け込むような感じになるかもしれないんだけど。」
突然真剣な表情で、私の目を見て言った。
なんだか少しむず痒くなって、ドキドキと心臓が音をたてる。
「僕だったら絶対にそんなことしないし、絶対悲しい涙は流させないから!」
「だから…」
僕じゃ、だめですか。
不覚にも、私の幼なじみってやっぱりちょっと可愛いな、なんて思った。
待ち人の来ない待ち合わせ 家庭菜園きゅうり。 @haruponnu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます