路上教習
「次の交差点、左ね」
「はい」
ウインカーを出し、バックミラー、サイドミラー、巻き込みを確認して、曲がろうとした時、
「歩行者来てる」
ガクッと身体が前のめりになった。今日、三回目のブレーキ。「歩行者いたのか」と横断歩道を見ると、おじいさんがびっくりしたように急いで歩いて行った。
「あーあ……」
正直、今日は無理だ。ついてない。三回もブレーキ踏まれてハンコが貰えるわけなかった。「あと三〇分あるけど適当にやろ」と心の中でつぶやいた。
一〇分後、街路樹のある広い道を走っていた。次の交差点を左に曲がるから、と左に車線変更しようとした瞬間、
「危ない!」
一気に上半身に圧がかかった。痛い。
「後ろ来てたよ、今。ほんっとにぶつかるとこだった。ああ、ほら。後ろのドライバーさん完全に怖がっちゃてるよ」
は? こっちは痛くて運転に集中できねえよ。息止まるかと思った。
「もう右折でいいから」
「……はい」
あー、もうやだな、運転すんの。こんなに事故起こしそうになる位なら、運転しない方がマシだろ。
少し進み、交通量が落ち着いたところで、教官が話しかけてきた。
「新田くん。なんで免許取ろうと思ったの?」
「え? えーっと……」
ぶっちゃけ、俺は車の免許に興味はなかった。親に命令されてしぶしぶ取ることになったのだ。
「特に無いです、理由とか」
少しの間、沈黙が流れた。そして、教官は真剣な声で話し始めた。
「もし誰かを乗せて走る気があるなら、聞いてくれ。車に乗る時、一番大事なのは『命を守る』という意識だ。『運転している人、一緒に乗っている人、そして同じ道路を通行している人を守る』という意識で全ての車が走ったら、事故は無くなると思わないか?」
「え、あの……」
俺は今までのことを振り返っていた。ブレーキを数度踏まれて、もういいやと投げやりに運転していた。事故が起きそうになる度にブレーキを踏まれ、その都度教官に対して苛立っていた! 俺は、守られていたのに……。ああ、なんて俺は自己中だったんだ!
「っ……! す、すみま、せん……で、した……」
俺の顔は涙でぐちゃぐちゃだった。まさかの事態に驚いたのか、教官は路側に停車するように言った。そして、教官の運転で教習所まで戻ったのだった。
「はあ……」
あの後、教習所に戻った時には終了時刻だった。急いで手帳を渡され、今受付で教習手帳を確認しているのだが、
「やっぱり落ちてるよなあ……」
冷静になって、肩を落としていた。あれだけブレーキを踏まれハンコが貰えるはずがない。そう思っていたのだが、
「あれ?」
教習手帳には、今日の日付で「佐野」とハンコが押されていた。
「……ありがとう、ございます……」
あの教官は信じてくれたようだった。俺なら「命を守る」運転ができると。それなら、その期待に応えたい。
帰り道、足は軽かった。
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