第53話
誰もいない静かな教室。生徒の声は多少聞こえるが、近くに誰かがいる気配はない。
さすがに冬になると世莉さんは屋上には私を呼び出さなくなった。なので、今はだいたい保健室か、それが無理な場合は空き教室に呼び出されている。
しかし、今日は私が空き教室に世莉さんを呼び出している。私がある相談をするために。
私はもちろん授業中に呼び出すなんて暴挙には出ず、しっかり放課後になってからラインを入れておいた。既読はついていない。
生徒会があるだろうから、いつ来てくれるか、そもそも来てくれるかさえもわからない。
だけど、待つことは苦ではない。これは私のために必要な待ち時間だから。
ふと窓から外を眺めると、男女が仲良く自転車を押しながら一緒に帰っている姿が目に入った。
あれは友達だろうか。それとも恋人だろうか。
私がそんな推察をしてしまうは、あの二人が男子と女子だからだろう。
最近はよく多様性という言葉を耳にするようになったと思う。
同性を好きになること。それは世間の常識からは外れたことであり、私はきっとその多様性という言葉に守られるような人間。
それが窮屈だ。人が人を好きになることをただの恋と片付けられないことが難しくあっていいのだろうか。
だけど、これをただの恋と捉え、私の気持ちを伝えることができれば、少しは苦しさから解放される気がしている。
ただ、解放される代わりに失うものもできてしまう気がして。
全ては私が日和に気持ちを伝えないと始まらない話。だから「気がする」としかまだ言えない。だけど、私が気持ちを伝えてしまえば始まってしまう。
そんなことを私があーだこーだ考えていると、携帯の画面が明るく光った。世莉さんから「校門の前で待ってる」とだけ、連絡が入っていた。
この教室に来ることなく、そう言っているのは下校時間まで残り少ないからだろう。
私は小さく息を吐いて、腰をあげた。
☆
「あ、椿ちゃーん!」
私は世莉さんに手を振り返す。
今日の分のキスはすでにお昼休憩時に済ませているが、そのときも生徒会の集まりがあったらしく、相談することができなかった。
「世莉さん、すみません。わざわざ放課後に」
「いーのいーの。椿ちゃんのお願いだもん」
「忙しかったら明日とかでも全然大丈夫なんですけど……」
「これから暇だから大丈夫。それで? 相談って何?」
「……立ち話もなんなんで。申し訳ないんですけど、私の家に来てもらってもいいですか?」
あまり周りに聞かれたくない話でもあるし。
「んー、おっけ」
「ありがとうございます」
「にしても、椿ちゃんの家に行っていいんだ?」
「え?」
「いやだって私が椿ちゃんの家に行くと嫌がるかなーと思って」
「あー……」
確かにそう言われてみればそうかも。
まあ私が相談したいって言い出してるから、いつもよりも気にならないんだろう。たぶん。
「もしかして椿ちゃんの中の私がランクアップしてる!?」
「……その可能性もないことはないですけど」
「ほんと!? わーい!」
ないとはっきり言いきれないのが悔しい。
でも、私の中の世莉さん像は当初よりはマシになっているのは確かだと思う。
もっと言うと、あの日、交換条件を持ちかけられたあの日から、急激に下がって、少しだけ上がったというのが正確だ。
下がってることに変わりはないんだけどね。
「ねえ、それなら今日椿ちゃんの家に泊まっちゃダメかな?」
「はい?」
「今、お母さんと喧嘩しててさあ。帰っても気まずいんだよね」
「いやいやいや。私のところに逃げてこないで早く仲直りしてくださいよ」
「それはまだムリ! ね、お願い。相談を聞くお礼だと思ってさ」
「…………わかりました。今日だけですからね」
「ええ!? そんなあっさりいいの!? ランクアップの効果すごい!!!」
……やっぱりやめた方が良かったかも。
いくら相談にのってもらうからって、世莉さんをつけ上がらせるのも良くないんだけどな。
そんな後悔と諦めの感情を抱きながら、私たちは家まで一緒に歩いていくことになった。
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