好きに必要なもの:相楽世莉
第42話
私は湯船に浸かって、ふうーっと大きく息を吐き、目をゆっくりと閉じては開き、閉じては開きを繰り返した。
まさか椿ちゃんの家に泊ることになるとはねえ。
今日の計画が少しだけ狂ってしまったが、なんならお泊りの方が私にとっては都合がよかったのかもしれない。
お湯の温かさが疲れた体に染み、心もゆったりと落ち着いてくる。
最近ずっと、恋愛ってどうやるんだろう、と考えている。
恋愛経験はそれなりにある方だ。
私は主観的に見ても客観的に見ても、顔が良く、性格も明るい方なので、まあそれなりにモテる。中学一年生の頃にはすでに彼氏がいたように思うし、一度だけ女の子と付き合ったこともあった。
だけど、それは全て相手から告白されたからであって、自分から告白したことは人生で一度もない。誰かに特別、恋愛感情を抱いたことがないからだ。
それはもちろん今まで付き合ってきた人たちも全員そうなわけで。
自分で言うのもおかしな話だけど、今までは告白されたから付き合っただけ、という本当に軽い気持ちだった。だって、わざわざ断る理由もなかったし、という言い訳は一応しておく。
でも、今は状況が違う。私が椿ちゃんと付き合いたいと思っているのだ。
そのために私に足りていないもの。椿ちゃんに対する恋愛感情である。
付き合いたいのに、恋愛感情を持っていないというのもおかしな話なのかもしれないけど。ないものはないのだから仕方がない。
ではその恋愛感情を生み出すためにはどうすればいいのだろうか。私は唯一、友達と呼べる人物に聞いてみた。
『ねえ、私さあ、恋がしたいんだけど、どうすればいい?』
『はあ? あんた、何言ってんの? 大丈夫そう?』
という感じで、初めはバカにされて呆れられたが、懲りずにしつこく聞いたところ、スマホをいじりながらではあるが、なんとか答えてくれた。
『とりあえずデートでもしてきたらいいんじゃない? よく知らんけどさあ』
『ふーん…… じゃあデートってどこに行けばいいの?』
『さあ…… まあ無難に映画とか見にいけば? その後、時間余ったら買い物にでも行けばいいじゃん。知らんけど』
『なるほど……』
『あ、そう言えば、今の彼氏と付き合う前に行ったデートで服買ってもらったわ。嬉しかった記憶があるからよく覚えてる』
『プレゼント……』
などと言ったような会話を交わしたので、それを参考にというか、ほぼ丸パクリして、私は今日、椿ちゃんとのデートを決行した。
私はまず初めに、椿ちゃんを映画館に連れていった。
とりあえず最近流行っているらしい映画をチョイスしておけば間違いないと思ったが、正直、私は面白いとは思わなかった。
よくある普通の恋愛映画という感じで、あまり感情移入ができなかったからだ。だけど、椿ちゃんは面白かったらしいからそこは全然よしとしよう。
その後はショッピングモールに行って、服をいろいろと見た。
椿ちゃんの誕生日には何も渡していなかったので、ちょうどいいやと思って椿ちゃんに服をプレゼントすることにしたのだけど、想像よりも椿ちゃんに似合う服が多くて、少しテンションが上がってしまった。
それに、まさか椿ちゃんの方からもプレゼントをもらえるとは思っていなかったので、すごく嬉しかった。
そして、思いがけず椿ちゃんの家に泊ることになったのだけど、現在の私に恋愛感情が芽生える様子はあまりない。
言う通りにしたのに……と不満を抱きながら、湯船のお湯をパシャっと勢いよく顔にかける。
「どうすればいいんだろ……」
日和のことが好きな椿ちゃんを見ていると苦しい。どうして椿ちゃんの恋は叶わないのだろうか。日和を諦められず、悲しそうな椿ちゃんを見ていると苦しくて仕方がない。
だから、私が助けてあげたいと思った。それはできるのは私しかいないと思った。
そこで、椿ちゃんを助ける方法を考えに考えた結果、私のことを好きになってもらうというものが合理的な唯一の案だった。
だけど、その提案はあっさりと断られることになってしまったわけで。
まあ私は椿ちゃんに嫌われているのだから仕方がない。
安易な気持ちで交換条件を最初に持ちかけたのは私だ。マイナスに振り切っている私の好感度を取り戻すためには、まず交換条件を辞める必要があるが、それを辞める気にはなぜかならない。
じゃあどうすればいいんだろうか。そう行き詰っている私の耳に椿ちゃんのある言葉が引っかかった。
『世莉さんが私に恋愛感情があれば──』
椿ちゃんは確かにそう言った。
つまり、私が椿ちゃんのことを好きになれば、付き合えるということだ。
あ、じゃあそれでいいじゃんと、そんなふうに道筋が見えた私は椿ちゃんのことを好きになろうとしている真っ最中である。
だけど、なかなか思うようにいかないもので……
「人間ってムズイな~」
いつもよりも低く聞こえる自分の声が浴室に響いた。
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