第33話
私はゆっくりと白いカーテンを開けた。シャッと甲高い音が鳴り響き、その音が私の心を緊張で締めつける。
中にいたのは間違いなく琥珀ちゃんだった。
体育座りをしたままベッドの上に座っている琥珀ちゃんを見て、とりあえずはほっと息をつく。二十パーセントくらいは別の人の可能性があったから。
「…………椿ちゃん」
正直どういうふうに接するのが一番なのかは分からない。相談されることも、逆に相談したこともほとんどない人生だ。
とりあえず私は琥珀ちゃんと同じベッドの上に乗り、カーテンを閉め、琥珀ちゃんと同じように体育座りをしてみた。
この行為が琥珀ちゃんの心の中にずけずけと入る行為で、嫌な思いをさせてないといいな、と願いながら、私は小さく深呼吸をした。
「ね、琥珀ちゃんって好きな人いる?」
「え…… どうしたの……?」
「いいからいいから。恋バナしようよ」
「えっと…… いない、けど……」
「そっか。私はね、実は好きな人いるんだ」
「え、そうなの?」
「うん。他のみんなには内緒ね?」
「誰……とか聞いていいのかな」
「んー、それはちょっとなあ。まあ可愛い人……かな。琥珀ちゃんはこういう人がタイプとかあったりする?」
「タイプ…… よく分かんないけど、優しい人かも」
「ほうほう、いいですねえ。あ、じゃあ好きな人できたら教えてよ。もし悪い男だったら私が守らなきゃいけないから!」
「…………ふふっ、何それ」
小さく笑ってくれた琥珀ちゃんを見て、私はほっとする。
やっぱり人間誰しも暗いところがあるものだけど、琥珀ちゃんは笑顔の方が良い。
「ねえ椿ちゃん…… 私のこと、探しに来たんじゃないの……?」
「んー、まあそうと言えばそうだね」
はっきりとした理由があるわけではないけど、その話を切り出すのは琥珀ちゃんからであった方がいいと思った。
「…………戻れって言わないの?」
「言わないよ」
「……何で?」
「私さ、皆藤くんに昔の琥珀ちゃんのこと聞いちゃったんだよね」
「え……」
皆藤心曰く、琥珀ちゃんは中学時代も演劇部に所属していただけでなく、小学生の頃から演技を習っていたらしい。
だから当然実力はあるし、昔からとにかく演じることが好きで、演技を心から楽しんでいる子だったと。そして、中学の頃には先輩を差し置いて、主役をやれるような力を持っていたとも。
そこで私はなんとなく察した。出る杭は打たれるということわざがあるように、目立つものはそうでないものから叩かれる。
もう少し詳しく聞くと、「お前は下手だ」とか「ブスが主役なんてやるな」とか。第三者から聞いているだけで耳を塞ぎたくなるような話ばかりだった。
そこから舞台に立つのが怖くなって、部活はおろか、演技自体をやめてしまったらしい。
どうも気分が悪いものだ。部活だろうとなんだろうと、きっとこんなことはどこでも起こりうることで。
環境の良し悪しは人間関係という輪の中に入ってみないと分からない。心の強い人は反抗という力を持っているけれど、世の中みんながそんな人ばかりではない。
「ごめん。私が無理やり皆藤くんに聞いたの」
「……そっか。聞いたんだ。は、はは、情けないよね、私。高校からね、もう一回頑張ろうって思ったんだよ。でも直前で怖くなっちゃって。あ、でも安心してね。今日の本番にはちゃんと出るから。もうちょっとしたらすぐ行くから……」
完全に声が揺れていた。戻ることに迷いがある声だ。
私はなんて声をかけてあげるのが正解なのか。
私には琥珀ちゃんの気持ちを理解しきることなんて無理だ。琥珀ちゃんの持つ悲しみと怒りは私の想像なんてゆうに超えていくだろう。分かろうとすることさえ、傲慢な気がする。
「……私はね、琥珀ちゃんのこと好きだよ」
「えっ……」
「話してて楽しいし、困ってる人がいたらよく助けてあげてるでしょ?」
「そ、そんなこと別に──」
「誰でもできることじゃないよ。私なんか不愛想だし、打算的なこと考えちゃうし。琥珀ちゃんは無意識かもしれないけど、それってすごいことなんだよ。だから、私はすごい人が努力してるともっとすごいって思うんだ。そんな琥珀ちゃんが私は好きなの」
「へっ……」
実際、琥珀ちゃんは人と話すときにいつも笑顔だ。周りをよく見て、無意識に人に優しくできる人。傷ついた過去があるからこそ、人の気持ちに共感しやすいのだろう。
こんな人が自分に自信をなくしていてはすごくもったいないと私は思う。
「だから私が純粋に琥珀ちゃんの演技を見てみたいの」
「椿ちゃん……」
中学の頃に琥珀ちゃんは演劇部をやめた。だけど、高校でもう一度演劇部に入ったということは、きっとそれだけ演技が好きってことだ。
「別に出なくてもいいんだよ」と言うこともできるけど、やらなかったとしても後悔するはず。やらない後悔より、やる後悔だと私には簡単に口に出すことはできないけれど。
「……ほんと?」
「うん」
「…………私のこと見ててくれる?」
「うん。絶対に」
私は琥珀ちゃんの心を少しでも軽くできただろうか。できていると嬉しい。
あ、でもどれだけ前で劇を見られるかは分からないなあ……、できれば最前で見たいけど……、なんてことを考えていたら、私は琥珀ちゃんにふわっと抱きつかれた。
柔らかい匂いが鼻腔をくすぐる。
「椿ちゃん…… ありがとう。私…… 頑張るね」
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