第31話

「ちょ、日和めっちゃ可愛いじゃん!」

「えへへー、ありがとう」


 劇の本番まで残り一時間と少し。役者を担当する各々が、教室でどんどんと制服から煌びやかな衣装に変身していった。


 日和はさすがシンデレラで主役なだけあって、他の衣装よりも断然お金がかかっていそうだ。


 ドレスは何枚もの布が重ねられ、ふわりとボリュームがある。生地にもゴージャス感があり、装飾も豪華だ。特に、頭の上につけられたティアラは窓からさしこむ太陽の日を反射して光り輝いているほど目立っている。


「いやー、我ながらいい感じにできたわー」


 衣装担当の佐藤さんがメガネをくいっと上に持ち上げながら、大きく胸をはっている。


 素晴らしい衣装をありがとうございますと心の中で佐藤さんに敬礼をしていると、簡易的に用意された試着室から王子様役の皆藤心が登場した。


「おお……」


 思わず声が出た。


 イケメン高身長にふさわしい服だ。


 白がベースでところどころにポイントで赤や金の生地が縫い付けられている。腰の辺りでキュッと閉められたベルトは皆藤心のスタイルの良さをさらに強調していた。


 他のみんなも髪型とメイクをばっちりきめて、まるで教室が丸ごと童話の世界に迷い込んだみたいで不思議な気持ちになる。


「水嶋さん、水嶋さん」


 皆藤心がひそひそと私に話しかけてきた。


「どした?」

「実は生徒会の友達から聞いたんだけどさ、俺らの劇のときに相楽さんが司会やってるらしい」

「おお、良かったじゃん。頑張って」


 頑張っても連絡先さえ教えてもらえず、全然世莉さんとの仲は進展しないというのに、なかなか諦めない。まあ最近はこの粘り強さが皆藤心の長所なのかなとも思い始めてきた。


 誰かに恋する気持ちは分かるし、頑張って欲しいとは思っている。私を巻き込まないで欲しいというだけで。


『ねえ、琥珀ちゃん知らない?』

『え、知らないけど。どうしたの?』

『さっきから見当たらなくて…… 本番まであと少しだから、早く衣装に着替えないとなのに……』


 そんなひそひそ声の会話が後ろの方で聞こえてきた。


 私は眉をひそめ、聞こえてきた会話の意味を考えてみる。


「ねえ」


 考えた結果、明らかにおかしいと思って、とりあえず衣装担当の子たちに話しかけた。


「琥珀ちゃんがどうかしたの?」

「あ、いや、実はさっきから琥珀ちゃんが見当たらなくて…… 13時になったら着替えがあるから教室に集合ねって伝えておいたはずなんだけど…… 連絡しても返信ないし……」


 私は教室をキョロキョロと見回した。


 そう言えば、さっきから琥珀ちゃんの姿を見ていない。朝は顔を合わせたから、学校には来ていたはずなんだけど。


「学校にはいるよね?」

「たぶん。カバンは教室にあるから……」

「じゃあ体調不良とか?」

「ううん。さっき保健室に行ってみたけど、誰も来てないって先生が…… 私も一応気になるところは探してみたんだけど、やっぱりいなくて…… どうしよう、とりあえずみんなに言った方がいいよね?」


 どういう……


 私は顔をしかめることしかできなかった。


 なんで琥珀ちゃんがいないのかも分からないし、いそうな場所も思い当たらない。私と琥珀ちゃんの関係がまだ深くないせいだろうか。


 一番、琥珀ちゃんのことを知ってそうなのは……


「俺が探すよ」


 皆藤心がぐいっと前に出た。


「だからみんなに言うのはちょっとだけ待っててくれ」

「う、うん。分かった。じゃあ任せるよ。とりあえず私ももうちょっと探してみるね」


 そう言うと、その子たちは教室から早足で出ていった。


「……皆藤くん、琥珀ちゃんがいるところ分かるの?」

「いや、分からない」

「じゃあなんで……」

「ここにいない原因は分かるから」


 皆藤心は眉間に皺を寄せ、目を細めている。


 どう見ても、普通の表情ではない。


「……………………ねえ」


 私は琥珀ちゃんのことも皆藤心のことも何も知らないし、面倒なことには首を突っ込まないタイプだ。もうすぐ本番なはずなのに、舞台の上で演じるはずの人が消えたというのはまさに面倒なことだろう。


 だけど。だけどだ。


「その原因ってやつを教えてよ」


 もしも万が一、面倒なことに直面してしまったとき。私は全く見て見ぬふりをするほど終わった人間ではない。


「…………ものすごい個人情報なんだけど」

「私があとで琥珀ちゃんに謝るから」

「それでもちょっとなあ」

「絶対誰にも言わないから」

「それはみんなそう言うんだよね」


 ……こいつ、口が堅いな。


 本来ならしっかりしたやつだと感心するのだろうけど、今に限ってはものすごく厄介な口だ。


「じゃあもし私が誰かに琥珀ちゃんのことを話したら死んでもいい」

「は?」

「あ、皆藤くんが私を殺してもいいよ」

「…………は、はは。そりゃヤバいね。目がマジじゃん」

「うん」

「…………………………はあ。じゃあ信じるよ? いいの?」

「任せて」


 私は真っ直ぐ皆藤心の目を見つめた。


 こういうときは言葉だけではなく、相手の目を真っ直ぐ見つめることが大切なのである。


 琥珀ちゃんがいない原因が何だとしても、誰にも言わないし。死ぬつもりなんてもちろんないけど、とにかく私を信じてもらう方が手っ取り早い。


「……時間がないから簡潔に話すけどさ。琥珀が中学のとき──」

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