文化祭マジック2

第29話

 ランプの魔人に一つだけ願いを叶えてもらえるとするなら、何をお願いするだろうか。


 宝くじに当選したい、とか、気になるあの人と付き合いたいなんて、みんないろんなものが思いつくだろう。


 かくいう私も、もしそんなことがあれば、日和にちょっとでもいいから振り向いて欲しいな、とか考えていたやつである。


 しかし、今は違う。


「椿ちゃん、あれ! 次はあれやろ!」

「いや、ちょっと休憩……」


 どこの学年も、どこのクラスも準備は着々と進んでいき、今日はついに文化祭当日。


 我が高校の文化祭は土日に開催され、今日はその一日目。私たちのクラスのメインイベントとなる劇はまだ明日なので、今日は何もないただの楽しい文化祭……のはずだった。


「じゃあそこのメイド喫茶入ろ!」


 私は「生徒会」と書かれた腕章を腕にはめた世莉さんに引っ張られながら、可愛いメイドさんたちにお出迎えされた。


 どうして私が世莉さんと一緒に文化祭を巡っているはめになっているのかというと、それは一時間ほど前に遡る。


『──ごめん、椿! 文化祭どうしても先輩が一緒に回ろうって……』

『いいよいいよ。私のことは気にしないで』

『でも……』

『せっかくの初彼氏なんだから、楽しんできてね』

『うーっ、ごめん、椿! ほんとありがとう!』


 ……なーんて悲しい会話を日和と交わしたあと、私は校内を巡回していた世莉さんに捕まった。


 その後一時間、私は巡回という名目を笠に着た世莉さんに連れ回されていた。


「ご注文をお伺いしまーす!」

「このゆるふわおむらいす、ください!」

「あ、えっと、じゃあ私も同じもので……」

「はーい! 少々お待ちくださーい!」


 お昼どきで忙しそうなのに、注文を聞き終わったツインテールのメイドさんはしっかりとニコニコの笑顔を浮かべながら、去っていった。


 うちのクラスがメイド喫茶だったら、私はたぶんクラス一の無愛想メイドになってたな。危ない、危ない。


「……で? どう? そろそろ私と付き合う気になった?」

「なってません」

「えー、こんないっぱいキスしてるのに?」

「こんなところでその話を堂々としないでください。誤解されるでしょ」

「私は誤解されてもいいんだけどなー」


 あの日から、私が世莉さんの前で大泣きした日から、付き合うだのなんだのという話がさらにしつこくなっていた。


「その話もうやめません?」

「椿ちゃんが付き合ってくれるまでやーめない」

「ほんとわけが分かんないんですけど」


 私がランプの魔人にお願いするとしたなら、世莉さんの前で泣いたという事実を消して欲しいと頼む。


 起こった事実は、どれだけ変えたいと願ったところで絶対に変えようのないことだ。


「ところで、日和は彼氏くんと楽しくしてるかねぇ」

「…………さあ、してるんじゃないですか」


 後日、日和から詳しく話を聞くと、日和は先輩の方から告白をされたらしい。


 どうにも、一度一緒に遊びに行ったのが楽しかったのと、文化祭の実行委員で顔を合わせることが多かったことが告白されたきっかけではないかと日和は言っていた。


 私が一人でお昼ごはんを食べている間や放課後の時間に、どんなイチャイチャがあったのかなんて考えたくもない。


「ま、椿ちゃんは私が幸せにするから安心してね」

「すごいこと言いますね」


 そんなときに、「お待たせしましたー!」と、はつらつな声が耳を刺激した。


 机に置かれたオムライスの上にはケチャップで不器用に「大好き♡」と書かれている。


 本物のメイド喫茶というものを経験したことがないから分からないけど、萌え萌えきゅんというものも体験してみたかった。高校の文化祭にそれは求めすぎだろうか。


「いただきまーす」


 世莉さんがスプーンを手に取って、むしゃむしゃとオムライスを頬張る。


「んー、あんまふわとろじゃないね」

「でもまあ、美味しい方じゃないですか?」


 確かにこの卵がふわとろと名乗るにはもう少し柔らかさが足りないが、味は美味しい方だと思う。


「椿ちゃん、はい、あーん」

「……私のと同じものですけど」

「まあまあ。恋人だとするじゃん」

「私たち恋人ではないんですけど……」


 そう言いながらも、私は口を開け、世莉さんのスプーンを受け入れる。


 あの日以降、自分の中で世莉さんに対する感情が明らかに緩くなっているような気がする。


 世莉さんの中にも実はほんの少しの優しさがあるのかもしれない。そう思って、私の気持ちを日和にバラす気が本当にあるのかと聞くと、はっきりと「ある」と言われてしまった。


 やっぱりあの悪魔はただの悪魔だった。


 だけど、今一緒にいるのだって、本気で拒否すれば良かっただけのことなのに、結局私は世莉さんと一緒にいる。


 キスをすることにも慣れがでてきて、最近では流れ作業みたいな感覚だ。きっと良くないことなんだろうけど。


「私、これ食べ終わったら、もう行かないといけなくて。なんで司会なんてしないといけないんだろう…… 私、生徒の中で一番偉いのに……」

「生徒の総意ですよ。頑張ってください」


 このあと、体育館でいろいろなイベントが開催されるらしい。


 世莉さんは「なんで私が司会なんか…… 放送部がやればいいじゃん……」とさっきからぶつくさ文句を言っている。


「椿ちゃんがよしよししてくれたら頑張れるかも……」

「嫌です。ほら、食べ終わったんだったら行きますよ」

「えー、行きたくないよー。椿ちゃんによしよししてもらうんだもんー」

「はいはい」


 私は駄々をこねる世莉さんを引きずるという恥ずかしい行為を周りに見られながら、メイド喫茶から出ることなってしまった。


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