第24話

「可哀想……ね」


 自分でもよく分からないけど、不思議とイライラはしない。世莉さんが今だけはヒーローのように見えているだからだろうか。


 私はただただ世莉さんの発した「可哀想」の意味を考えるだけで。


 きっと何も考えずに言ったんだろう。バカにする様子は見て取れない。これがもしも演技なら女優並だけど。


 私の心も割と軽くなっていたので、ここは許してあげることにする。そう思って、私は少し背伸びをして世莉さんにキスをした。


「……はい。これで今日の分、終わりです。私もう戻りますね」


 体の向きを百八十度くるりと回転させ、屋上のドアノブに手をかける。が、しかし、ドアを開く一歩手前で、私は世莉さんに手首を掴まれてしまっていた。


「椿ちゃんさ」

「はい?」

「私にしときなよ」

「……はい?」


 ちょっとよく意味が分からない。私の理解力のせいではなく、確実に世莉さんの説明不足だ。


 私はドアノブから手を離す。


「意味が分かんないんですけど」

「私と付き合おうって言ってるの」

「…………。…………?」


 さらによく分からなくなった。一度言葉を飲み込んで意味を考えてみたたけど、なお分からない。


「えっと、ショッピング的な? 買い物に付き合って的なあれですか? それなら、ごめんなさい。お断り──」

「違う。私"と"付き合うの」

「……? 彼氏彼女的な?」

「そう」

「…………?? なぜ??」


 もはや頭にクエスチョンマークしか思い浮かばない。


 今この人が何を考えているのか、私には本当に全く分からない。実は私の理解力不足だったりするのだろうか。


「椿ちゃんが可哀想だから」

「えっと。なんで私が可哀想だったら付き合うとかいう話になるんですか?」

「私が…… 私の方が椿ちゃんを笑顔にできるから」


 この人の心にあるのは純粋な優しさか、それとも何か巧妙な罠か。やっぱり私には判別がつかない。


「あの。別に世莉さん、私に恋愛感情があるわけではないですよね?」

「そうだけど」

「じゃあおかしいじゃないですか? 好きでもないのに付き合うとか」

「そんなことないけど」

「…………」


 そう言えば、この人、好きでもない人と付き合える上にキスとかできる人だったな。


「でも私が日和のこと好きって知ってますよね? 実は内心バカにしてます?」

「してない。私の方が日和よりも椿ちゃんのことを幸せにできるって言ってるの」

「私のことを好きでもないのに?」

「ちゃんと椿ちゃんのことは好きだよ」


 この何を言っても言い返されそうな感じ。絶対に頑固なタイプだな、と少し世莉さんの人間性が垣間見えた気がした。


 おそらくこの会話を聞かせたら、十人中十人が世莉さんに言っている意味が分からないと言うだろう。それくらいに私も意味が分からない。


「あー、えっと。とりあえずごめんなさい。無理です」

「なんで?」

「理由はまあ手の指では数え切れないほどあるんですけど。別に付き合うことに意味がないからです」

「ある。私のことを好きになれば、日和のことを忘れられる」


 ……なーにを言ってんだ、この人。頭良いんだよね? 生徒会長やってるんだよね?


 私は呆れるように大きなため息をついた。


「はあ…… じゃあもし私が世莉さんと付き合って、日和のことを忘れるくらい世莉さんのことが好きになったとして、そうしたら私、今度は世莉さんに捨てられるんですよね? なんですかそれ? 一種のいじめですか?」

「ち、違っ…… そういうことじゃ……」

「何が違うんですか。だって私に恋愛感情ないんでしょ? だったら日和のことを忘れるって目的を達成しちゃったら、私がただ傷ついて終わりじゃないですか。そんな関係にお互い何のメリットがあるんですか」


 何事も相手の弱いところに踏み込んだときが一番の攻めどき。


 私はまくし立てるように、世莉さんの言葉をねじ伏せて言った。途中、何か言いたそうにしていたけど聞いてあげない。


 私はそのままの勢いで、世莉さんに背中を向ける。


 もう世莉さんの言葉は聞きたくない。


「ねえ、椿ちゃん…… どうやったら私のこと好きになってくれる?」


 最後の最後で弱々しい声が聞こえてきた。


 動きを止めて、小さくため息をついた後、私は口を開く。


「……私が好きになるのは本当のヒーローだけですから」


 そうとだけ言い残して、私は屋上を後にした。





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