第20話
面白がっていたことは事実。椿ちゃんが日和のことを好きだと知っていて、私とキスをさせて椿ちゃんの反応を楽しんでいた。キスは誰としても気持ちいいというのも、少なからず本心だし、嘘はついていない。だけど、それが交換条件を持ち掛けた大きな理由ではない。
椿ちゃんのことが可哀想だから私に惚れさせて、日和のことを諦めさせてあげよう。ふざけているように思われるかもしれないが、私は割と本気でそんなことを考えていた。
私はきっと世間一般の女子よりはモテるし、自分への価値に自信があった。だから、ちょっとした善意のつもりだった。
それがどうだろうか。一向に日和のことは諦めないし、全く私の予想通りにならない。
「水嶋椿……」
私の意識が向いている人物の名前を口にする。
余裕のあるような落ち着きと、年齢にふさわしい可愛らしさを併せ持っているような子。不思議と椿ちゃんのことを知りたくなってしまう。
だけど、一番の魅力はやっぱりあの笑顔だろうか。椿ちゃんのあの吸い込まれてしまいそうな笑顔を向けられると、どうにも心がザワザワする。
そのせいで今日は変なことをしようとしてしまったし、少しは反省している。
あのとき椿ちゃんに止められなかったら……
「ただいまー」
私の思考を遮るようにして、リビングの扉が開いた。
両手に提げていたパンパンのビニール袋二つを床に置いて、お母さんが腰を辛そうに伸ばしている。
「日和帰ってる?」
「うん」
「じゃあ日和に誕生日の話、伝えててくれない?」
「誕生日? 誰の?」
「はあ? あんたねえ……」
今日の日付は十月三日。お父さんとお母さんの誕生日は二人とも四月で、私は七月。日和は三月だ。秋に誕生日の人なんてうちの家にはいないはずだ。
「今の時期だったら、椿ちゃんの誕生日に決まってるでしょ」
「椿ちゃんの? ああ、そっか」
そう言えば、と私は思い出す。
なぜか昔からほぼ毎年うちで椿ちゃんの誕生日を祝ってるんだった。
ここでふと当たり前の疑問が生まれてくる。
「なんで毎回うちで椿ちゃんの誕生日祝ってるの?」
「あんた、今更そんなこと…… もうちょっと他人に興味持った方がいいわよ?」
「だから今こうして持ってるじゃん」
私はそのほぼ毎年行われている椿ちゃんの誕生日会にはいつからか参加しなくなっていた。
私にとってはあんまり知らない人だった椿ちゃんの誕生日を祝うのは面倒だったし、家にいると参加しないといけないから、いつもその日は友達に家に泊っていた。
「日和の方がいろいろと椿ちゃんのことに関しては詳しいだろうし、日和に教えてもらいなさい。ついでに今年も誕生日会やるってこと、日和に伝えておいて」
「……はーい」
お母さんが教えてくれればそれでいいんだけど。でも確かに日和の方が詳しいだろうし、ここは素直に言うことを聞くことにした。
リビングのドアノブに手をかける。
他人に興味……ね。
家族は例外として、自分ではない人のことに私はあまり興味を持てない。
男子はすぐに下心で近づいてくるし、女子は私と一緒にいることで自分のステータスを上げようとしているのが見え透きすぎている。そういうのはすごく分かりやすいし、自分で気づいていないなんてバカな人たち、と密かに蔑むことでなんとか周りと上手くやっている。
みんな私のことを優しいだとか、頼りがいのある生徒会長だとかいうけど、本当は心の中で悪口ばかり言っている。
生徒会長なんてやりたくもなかったのに、勝手に友達が良かれと思って、私の名前で生徒会長に応募していて。ほんとそんなヤツらばっかり。
確かにそれなりに努力して今の学校内での地位を手に入れたけど、どうしてスクールカーストが上位の人間はこんなに心が汚れているんだろうか。私も含めて……ね。
「日和ー、入るよー」
日和の部屋のドアを二回ノックして、ゆっくりと開ける。
「お姉ちゃん…… またからかいに来たの……?」
「違う違う。今年も椿ちゃんの誕生日会うちでやるってさ」
「え、ほんと!? やった!」
日和はわざわざガッツポーズをして喜んでいた。そんなに嬉しいのだろうか。
「あ、でも喜んでいいのかな……」
「なんで?」
「なんでって。椿も誕生日は家族といたいでしょ」
私はその言葉を聞いて、日和の部屋に来た本来の目的を思い出した。
「椿ちゃんの家族ってどういう感じなの? 兄弟とか姉妹はいないっていうのは聞いたけど」
「え、知らないの?」
「知らないから聞いてるんだけど」
お母さんだけならまだいいとして、日和にまでそういうふうに言われるとイラっとする。
知ってて当たり前なのかもしれないけど、知ってたらわざわざ聞かないでしょ。それに、私だけ知らないっていうのもなんかムカつく。
「椿はお母さんと二人暮らしだよ。お母さんは仕事で忙しいから、帰るのが遅くなっちゃったり、出張が多いの」
「だからうちで誕生日会やるんだ?」
「そう。うちのお母さんと椿のお母さん仲良いみたいだから、椿のことお願いって頼まれてるみたい」
「椿ちゃんのお父さんは?」
「椿が小学生のときに離婚しちゃってるからいないよ」
「へえ……」
驚きももちろんあるが、ああ、だからなのかなと納得した自分もいた。
そういう家庭環境にあるから、椿ちゃんはあれだけの落ち着きを持っているんだろうか。
少しだけ、パズルのピースがぴったりはまったような感覚を覚えていた。
「お姉ちゃんどうしたの? 別に椿とそんなに仲良くなかったよね?」
「前まではね。最近椿ちゃんのこと気になってきたから」
「ええ、ほんとどうしたの。椿のこと好きになっちゃった?」
「いや──」
何言ってんの、と言いかけてやめた。
好きなのかな、私。椿ちゃんが日和と両想いになってくれれば、それはそれで嬉しいような気もするから、好きとはちょっと違うと思うけど。
それに……
「お姉ちゃん?」
「……ん? ああ、いや、別に椿ちゃんのことはそこまで好きってわけではないけど」
これ以上日和に詮索されるのが嫌だったので、すぐに部屋から出て行くことにした。
これはたぶん、いや、きっと恋愛感情ではない。
ただ、椿ちゃんに対して他の人とは違う何かを感じているのは確かだった。
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