アップルパイとコーヒー

@Suu_44

第1話


「すみません、その席譲ってもらえませんか??」


チーズバーガーを半分食べたくらいの頃、ひとりの女の子に声をかけられた。

20代半ばくらいか。

遅めのランチをとっていた午後2時、店内はガラリと空いている。

「えっと…」

僕は不思議そうにその女の子の方を見た。

「あの、どうしてもその席に座りたくて…」

彼女は申し訳なさそうにしつつも、その場を退く気配はない。

こだわりの強い子なのだろうか。

そういう人も世の中にはいることを僕は知っている。

「どうぞ。」

とくにこの席がいいというわけでもなかったので、僕はトレーを持ち少し離れた席へと移動した。

「ありがとうございますっ」

セミロングのつやつやとした髪がさらりと揺れ、彼女の笑顔が零れた。

このくらいで喜んでもらえるなら、とちょっと得した気分になった。

その席に特別な何かがあるのだろうかと思い、彼女の斜め後ろの席から眺めていると鞄から何かをとりだした。

コトリ、とテーブルにそれを置く。

写真立て…?

男の子が写っているようだ。

今流行りの推しと一緒にご飯食べる的なあれか。

すると、いただきます、と手を合わせ小さな声が聞こえた。

見たところ待ち合わせしてるようでもないのに、彼女のトレーには2人分のバーガーセットが乗っている。

よく食べる子なのかな。

ポテトをつまみながらそんなことを考える。

すると、バーガーを数口齧ったであろうその口から嗚咽が漏れてきた。

泣いているのか、華奢な肩が揺れている。

彼女は涙を拭く様子もなく、そのまま泣きながらバーガーを食べていた。


食べ終わった僕はトレーとゴミを片付けた。

そのまま帰るのも忍びなく、一応声をかけてみる。

「大丈夫…?」

ポケットティッシュを渡しながら彼女を見ると、涙でぐしゃぐしゃな顔をこちらに向けた。

「すみません…じつは、今日婚約者だった彼の49日で…」

彼女はぽつりぽつりと涙声で懸命に話す。

あぁ、写真の男の子は推しではなく亡くなった婚約者だったのか。

「いつもこの席でふたりでバーガーを食べてたんです。」

渡したティッシュで涙を拭きながら彼女は話す。

「そうだったんだ。」

「席、譲っていただいてありがとうございました。」

ぺこりと頭を下げると、

「よかったらこれ、食べてください。」

彼女はホットアップルパイを差し出した。

「2人分買っちゃったけどやっぱり全部は食べ切れそうになくて…コーヒーもよければ。」

バーガーセットふたつにパイもふたつ。

僕だって食べ切れるか分からない量だ。

「ありがとう、もらっていくね。」

デザートにちょうどいいと、パイとコーヒーをもらい僕は店をあとにした。

帰り道、パイを齧りながらさっきの女の子のことを考えた。

亡くなってもなお恋人のことを想い、思い出の場所で好きだった食べ物を食べる。

ぐしゃぐしゃな泣き顔だったけど、彼女の姿はとても綺麗だった。

彼の命日にもあそこにまたきてバーガーを頼むのだろう。

僕の大切な人が亡くなったとして、そんな風に悲しみ想うことなどできるのだろうか。

シナモンのほんのり香る甘いパイに反して、啜ったコーヒーはいつもより苦く感じた。

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