よっしー

ミスターパーフェクト

 私は「ミスターパーフェクト」と呼ばれている。おこがましいが、自分でもそう思う。

 まず、物凄く仕事ができる。一部の隙のないスケジュールの中、大きな成果を出すのは当たり前、部下にも的確に指示を出す。部下たちはそんな私を頼って、ひっきりなしにいろいろ聞いて来るが、決して偉ぶったり面倒臭そうな顔をしたりしない。常に紳士的な態度を心掛け、部下にも敬語で接している。その結果、瞬く間に社長の座まで登りつめた。

 見た目にも大変気を配っている。皺ひとつないワイシャツにきちんと折り目のついたズボン、爽やかな香りのコロンを残し、磨き抜かれたピカピカの靴を鳴らしての出社には、誰もが敬意を表して頭を下げる。

 そんな私が何より心掛けているのが健康だ。まだ、四十になったばかりだが、万が一病気にもなって、会社に迷惑をかけるわけにはいかない。私がいなくてはたちまちすべてが滞ってしまうに違いない。今や私は、会社のとっての頭脳であり、心臓なのだ。

「ミスターパーフェクト」たる者、私生活だって決しておろそかにしない。酒タバコをやらないのはもちろんのこと、食事の管理も有能なお手伝いさんに任せてパーエクト。夜十一時就寝、朝六時半起床、筋トレと有酸素運動で三十分軽く汗を流してからの朝飯、病気など寄せつけるはずがない。

 なのにだ。私は病気になってしまった!

 肺癌のステージ二。生まれてこの方、ただの一本もタバコなんて吸ったことないのに、意味が分からない。病院のベッドの上で途方に暮れる私は明日手術の身。もちろん頭の中は仕事のことしかないが、手術して最低一週間は入院しないといけないと医者に告げられ、ジリジリしている。最初その話しを聞いた時私は、何をバカなことを言うのか、手術など断固反対だと医者に訴えた。

「一週間ですって!そんなの無理です!無理に決まってます!もし私が助かったとしても会社が死んでしまいます!私は会社にとって頭脳であり心臓なんですよ!」

 必死だった。しかしいくら訴えようとも、手術はくつがえらなかった。

「医者は何もわかってないんです。会社がどうなろうと知らん顔です」

 私は面会に来た専務の飯沼に漏らした。

「会社運営は私共で引き受けますから、社長は癌を治すことだけを考えてください」

「頼みましたよ」

 頼んだが、飯沼に任せて大丈夫なはずがない。飯沼が会社の頭脳や心臓を引き受けるのはあまりに荷が重い。誰が見ても明らかだ。

 三日後。手術は成功し、私は今だ病床にいる。頭に浮かぶのは会社のことばかり、手術後飯沼に電話してみると「会社は大丈夫ですから、社長は安心して療養ください」との返事、てんやわんやになっているのは火を見るよりも明らかだが、現状を報告してくれないのだからどうしようもない。

 とてつもなく不安な日々。夜になると不吉な闇に飲み込まれそうな錯覚に陥り、まるで眠れない。これでは、また新たな癌を増やしてしまいそうだ。

「社長、体の調子はどうですか?」

 寝不足のところに飯沼が面会に来た。

「心配で夜も眠れなかったですよ」

 私はなんとか微笑んで見せた。

「社長、すいません」

 いきなり飯沼が重々しく頭を下げた。やはり何か深刻な事態は起きたのだ。私は冷静を装い、次の言葉を待つ。

「誠に申し上げにくい状況が発生しました」

「倒産ですか?」 

 やはり飯沼では会社の脳や頭脳にはなれなかったのだ。脱力した私が飯沼を見ていると、ようやく飯沼が頭を上げたのだが、その表情に途方もない違和感を覚えた。朝の砂漠みたいに静かで、何の感情も映していなかったのだ。

「仕方ありません。一生懸命頑張ってくれたんでしょう」

 違和感を感じながらも、私はねぎらいの言葉をかけた。飯沼たちは一所懸命してくれたに違いないのだ。ただその器がなかったというだけで。

「もちろん頑張りました。このチャンスを逃してなるものかと、かつてないほど頑張りました。おかげで新体制が整ったところです」

「新体制?」

 私は思いも寄らない言葉を前に戸惑った。私はもうすぐ退院するのだから、新体制を作る必要がないし、私なしに勝手に決めるのもおかしいではないか。

「はい。新体制です。誠に申し上げにくいんですが、社長はもう社長ではないのです。あなたが癌を取り除いている間に、会社にとっての癌を取り除いたというわけです」

 これまで見たことがない飯沼の笑顔が、私の最後の記憶だ。

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よっしー @yoshitani

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